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魔王領への遠征が決まってから、アルセリアの空気はどこか張りつめていた。
ARC本部の一角。
第零班に割り当てられた作戦室には、簡易地図と魔力分布図が並べられている。
「魔王領深層に向かうなら、補給は最低三日分。
向こうで現地調達は期待しないで」
ノヴァが淡々と告げる。
地図の赤く染まったエリア――
そこが、魔王たちの支配圏だ。
「……ほんと、見るだけで嫌な場所だな」
黒瀬が首を鳴らす。
「空気が濃いっていうか、悪意が詰まってるっていうか」
「魔力密度が高すぎる」
既に三人は“覚悟”を済ませている。
今さら引き返すつもりはないらしい。
悠真は、その様子を静かに見ていた。
――本当に、ついてきてくれるんだな。
「相原」
ノヴァが声をかける。
「あなたには、特別な準備がある」
机の上に置かれたのは、小さな魔導結晶。
「これは?」
「魔王領用の座標アンカー。
あなたが生きている限り、帰還ルートを保持する」
つまり――
命綱だ。
「……使わなくて済むのが一番だな」
悠真は苦笑しながら、それを受け取った。
「よし」
黒瀬が立ち上がる。
「準備はいいとして……最後に一個だけ聞いていいか?」
「なに?」
「俺ら、生きて帰れるよな?」
一瞬、空気が止まる。
誰も軽口で誤魔化さない。
この問いだけは、冗談にできなかった。
悠真が、ゆっくりと答える。
「……分からない」
正直な言葉だった。
だが、続けて言う。
「でも、俺は――
全員で帰るつもりだ」
黒瀬は一瞬きょとんとし、
次の瞬間、吹き出した。
「ははっ、言うようになったじゃん主人公」
神谷も小さく笑う。
「なら、信じるしかないな」
そのとき、扉がノックされた。
入ってきたのは――レオンだった。
「準備はできたか?」
炎を纏う男は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべている。
「魔王領は久しぶりだ。
向こうも、きっと歓迎してくれるぜ」
歓迎、という言葉に
誰もツッコミを入れなかった。
悠真は立ち上がり、全員を見渡す。
「……行こう」
それは命令じゃない。
号令でもない。
ただの、一言。
けれどその言葉には、
戻れない場所へ進む覚悟が、確かに込められていた。
こうして第零班は――
魔王の世界へ向かう準備を、すべて整えた。




