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警告音が、アルセリア中央区に低く鳴り響いた。
耳障りな非常ベルではない。
ARC関係者だけが知る、無音に近い警告。
観測官ノヴァが、即座に立ち上がる。
「……来たわね」
ホログラムに映し出されたのは、都市外縁部の魔力分布図。
一点――異様な“盛り上がり”が発生している。
研究主任エルスが眉をひそめた。
「魔力量……魔王級。
しかもこれは……侵略型ではない」
軍顧問ハルドが、即座に噛みつく。
「侵略でなくとも、都市に近づく時点で脅威だ。
迎撃準備を――」
「待って」
ノヴァが遮った。
彼女の視線は、数値ではなく“揺らぎ”を見ている。
「この反応……
彼は“都市”を見ていない。
人間一人を見ている」
会議室が、静まり返る。
「……まさか」
エルスが、言葉を選びながら口にした。
「“ゼロ”?」
「ええ。間違いないわ」
ノヴァは、断言した。
「これは――
《闘天王 ガル=ヴァルド》
戦うためだけに存在する魔王」
ハルドが、歯噛みする。
「最悪の相手だな……」
「ええ。でも同時に――」
ノヴァは、静かに続けた。
「彼は都市を壊しに来ていない。
相原悠真だけを求めている」
ホログラムに、新たな表示が重なる。
都市結界:健在
侵入ルート:未確定
目標推定:単一個体
エルスが決断する。
「都市防衛は維持。
挑発は一切しない」
「だが、ゼロを差し出すわけにも――」
「ええ」
ノヴァが、ゆっくりと頷いた。
「だから――
“彼に選ばせる”」
全員が、息を呑む。
「ゼロが戦うか、
ガルが引くか。
選択権は――本人にある」
ARCは、初めて
“都市よりも、一人の意思”を優先した。
楽しくて仕方がない。
ガル=ヴァルドは、立っていた。
背後で、空間がきしむ。
「はは……はははは!」
腹の底から、笑いが込み上げる。
「間違いねぇ……
こいつは当たりだ」
数刻前。
ほんの一瞬。
――“向こう”が、こちらを見た。
逃げない。
隠れない。
震えもしない。
ただ、在った。
「いいねぇ……
ゼロ」
ガルは、空を仰ぐ。
「俺を拒絶した?
違うな」
ガルの口元が、裂ける。
「完成途中だ」
拳を握ると、空間が軋んだ。
「いいぜ。
すぐには殺さねぇ」
むしろ――
「もっと強くなれ。
俺を“殺せる”くらいにな」
都市の結界が、遠くに見える。
「今日は、挨拶だけだ」
ガルは、背を向けた。
「ゼロ。
次は――
逃げ場のねぇ場所で会おう」
その瞬間、
闘天王の姿は、戦場の気配だけを残して消えた。
同時刻。
悠真は、胸を押さえていた。
「……行った」
理由は分からない。
でも、確信だけが残る。
あれは、また来る。
黒瀬が、唾を飲み込む。
「……なぁ。
今の、マジでヤバかったんじゃね?」
悠真は、静かに答えた。
「ヤバいよ」
そして――
「でも……いいな、俺が出る。」
レオンが、苦笑する。
「ははは、らしくなってきたじゃねえか」
戦いは、まだ先だ。
だが――
物語は、明確に次の段階へ入った。




