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 最初に異変を感じたのは、結界だった。

 アルセリア外縁部――

 都市を覆う巨大結界が、軋むような音を立てた。

「……?」

 警備塔の観測員が、顔を上げる。

「結界圧、急上昇――!?

 侵入反応、なし……!?

 な、何だこれ……!」

 次の瞬間。

 空が、割れた。

 比喩ではない。

 雲が裂け、空間が歪み、巨大な“何か”が落下してくる。

 轟音。

 衝撃。

 地面が震え、郊外の荒野にクレーターが穿たれる。

 煙が晴れた、その中心。

 立っていたのは――

 一人の男だった。

 裸の上半身。

 無数の古傷。

 背負った異形の武具。

 闘天王《ガル=ヴァルド》。

「――はは」

 男は、深く息を吸う。

 次の瞬間、魔力が爆発した。

 だがそれは、暴走ではない。

 整えられ、研ぎ澄まされた、戦うためだけの魔力。

「……あぁ」

 楽しそうに、呟く。

「いいな。

 ちゃんと“世界”がある」

 視線が、結界都市アルセリアへ向く。

「ゼロ……

 お前はこの中か?」

 その瞬間――

 結界の“奥”。

 アルセリア市内。

 同時に、別の男が顔を上げていた。

 冒険者連盟の訓練場。

 レオンは、急に拳を止めた。

「……」

 周囲の喧騒が、遠のく。

 理由は分からない。

 だが――身体が先に理解した。

「……チッ」

 歯を鳴らす。

 空気が、違う。

 魔力の“圧”が、今までとは質が違う。

「……来やがったな」

 隣にいた冒険者が、怪訝そうに見る。

「どうしたんだ? レオン」

「いや」

 レオンは、ゆっくりと笑った。

 だがその目は、まったく笑っていない。

「久しぶりにさ」

 拳を握る。

「殴り合わなきゃ終わらねぇタイプの奴が来た気がしてな」

 次の瞬間。

 遠方から、衝撃波が届く。

 建物が揺れ、警報が鳴り始める。

《警告。結界外縁部に未確認高位存在を確認――》

 レオンは、即座に理解した。

「……あぁ、なるほど」

 小さく、しかし確信を込めて呟く。

「相原」

 脳裏に浮かぶ、あの顔。

「あれは――お前の客か」

 レオンは、武器を手に取った。

「悪いな。

 今回は“静観”できそうにねぇ」

 闘争の気配。

 それは侵略でも、戦争でもない。

 “戦いたいだけの存在”が、

 ついに世界へ降り立った合図だった。


 最初に気づいたのは、胸の奥だった。

 アルセリアの宿舎。

 夜。

 窓の外では、都市の魔導灯が静かに瞬いている。

 ――なのに。

「……?」

 悠真は、無意識に胸を押さえた。

 痛みじゃない。

 鼓動が速いわけでもない。

 ただ――“引っ張られる”感覚。

 まるで、見えない糸が胸の奥に結ばれていて、

 それが遠くから、ゆっくりと張り詰めていくような。

「……なんだ、これ」

 息を整えようとしても、落ち着かない。

 不安……ではない。

 むしろ、逆だ。

 胸の奥が、妙に静かで、澄んでいる。

 その感覚に、覚えがあった。

(……門の前に立ったときと、似てる)

 異世界へ初めて足を踏み入れた、あの瞬間。

 恐怖よりも先に、“理解”が来た感覚。

 ――ここは、行くべき場所だ。

 あれと、同じだ。

「……来た、のか?」

 誰が、とは言わない。

 だが、答えは分かっていた。

 悠真は立ち上がり、ゆっくりと外へ出る。

 夜風が、頬を撫でた。

 都市の結界は、いつも通り空を覆っている。

 だが――“音”が違う。

 魔力の流れが、ざわついている。

 横に立つ黒瀬が、眉をひそめた。

「……おい。

 結界、鳴ってねぇか?」

「鳴ってる、というより……

 押されてる感じだな」

 神谷が、低く答える。

 レオンは、既に遠くを見ていた。

「……来てるな」

 その一言で、空気が締まった。

「魔王、か?」

 悠真の問いに、レオンは首を横に振る。

「違ぇ。

 あれは……戦うためだけに来た奴だ」

 その瞬間。

 ――悠真の世界が、切り替わった。

 視界が、わずかに“深く”なる。

 魔力の流れが、線として見える。

 空間の歪みが、呼吸のように脈打つ。

 ゼロシンク。

 発動した自覚はない。

 だが、“繋がった”のは分かった。

 遠い。

 だが、はっきりと――視線を感じる。

「……見られてる」

 ぽつりと、悠真は言った。

 黒瀬が振り向く。

「は?」

「俺を、探してる」

 理由は分からない。

 名前も知らない。

 だが、確信だけがある。

 ――あいつは、俺と戦うつもりだ。

 恐怖は、ない。

 代わりに、胸の奥が静かに熱を帯びていく。

「……不思議だな」

 悠真は、自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。

「逃げなきゃ、とは思わない」

 レオンが、口元を歪めて笑う。

「だろうな」

 そして、言った。

「それが“本物”ってやつだ」



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