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闇の広間に、覇王オル=マギナの声が響いた。
玉座はない。
彼は玉座に座る魔王ではなく、侵略を歩く魔王だった。
「報告する」
集められたのは、側近級の魔族たち。
侵攻軍を束ねる者、策を練る者、世界を渡る者。
「門で“ゼロ”と接触した」
その名に、空気がわずかにざわつく。
「結果から言おう。
戦えば勝てぬ」
即断だった。
配下の一人が思わず口を開く。
「……覇王様。
まだ本格戦闘では――」
「分かっている」
オル=マギナは遮る。
「だからこそだ。
本気を出す価値すらなかった」
彼は指先を見つめた。
「あれは、防いだのではない。
耐えたのでも、相殺したのでもない」
低く、噛み砕くように言う。
「拒絶した」
魔力が届かなかったのではない。
攻撃が効かなかったのでもない。
「“意味を失った”のだ」
刃は届いた。
威力も十分だった。
都市を消せる規模だった。
「だが、あいつの前では――
最初から存在しなかったことにされた」
沈黙。
魔族たちは、言葉を失う。
「勇者ではない」
「英雄でもない」
「魔王ですらない」
オル=マギナは、静かに結論づけた。
「――世界側の存在だ」
理に属しながら、
理そのものを歪ませる。
「力を振るっていないのに、世界があいつを通して応答している」
口元が歪む。
「危険なのは、強さではない。
未完成であることだ」
誰かが呟く。
「……育つ、ということですか?」
「そうだ」
オル=マギナは即答した。
「今はまだ“個”だ。
だが、世界と完全に噛み合った瞬間――
侵略という概念そのものが否定される」
だから。
「正面侵攻は愚策だ。
地球を攻めれば、必ず“ゼロ”が出る」
彼はゆっくりと視線を上げる。
「ならば、やり方を変える」
「地球は奪う。だが、今ではない」
「先に割る。
世界を、内部からだ」
・十支族の動向を利用する
・地球側の欲を煽る
・門を巡る争いを加速させる
「“行きたい者”と“行かせたくない者”をぶつけろ」
配下が頷く。
「ゼロは……?」
その問いに、オル=マギナは笑った。
「放っておけ」
「追えば警戒される。
だが――」
声が低くなる。
「いずれ、必ず来る」
「世界が割れれば、
あいつは“止めに来る”」
だから。
「その時までに、
こちらは世界を喰う準備を整える」
覇王オル=マギナは、最後にこう言った。
「刈るには早い」
「――育ててから、喰う」
闇が、ゆっくりと閉じた。
闇の広間。
覇王オル=マギナの判断が下された直後だった。
「刈るには早い。
――育ててから、喰う」
その言葉に、配下たちが一斉に頭を垂れる。
――その瞬間。
空気が、壊れた。
空間が歪む、ではない。
魔力が溢れる、でもない。
“殴り込まれた”という感覚だけが、広間を満たす。
「ははッ!」
笑い声。
重く、荒く、楽しげな声が、会議室に割り込んだ。
次の瞬間、
床が砕けるような音と共に、一人の魔王が立っていた。
上半身は鎧すらない。
剥き出しの筋肉に、無数の戦傷。
背には巨大な武具――いや、武器と呼ぶには荒々しすぎる“塊”。
闘天王《ガル=ヴァルド》。
侵略派でもなく、統治派でもない。
戦うためだけに存在する魔王。
「いやぁ、聞こえちまってよ」
ガル=ヴァルドは、楽しそうに首を鳴らす。
「“ゼロ”だの、“拒絶”だの……
なんだよそれ。最高じゃねぇか」
側近の魔族が、慌てて声を上げる。
「ガ、ガル=ヴァルド様!
ここは覇王様の――」
「うるせぇな」
一歩。
それだけで、魔族が壁まで吹き飛んだ。
ガル=ヴァルドは気にも留めない。
「で?」
彼はオル=マギナを見る。
「育てる?喰う?」
歯を剥き出しにして、笑った。
「回りくどい」
拳を握る。
「俺が行く」
広間が静まり返る。
オル=マギナは、初めて表情を変えた。
「……理由は?」
「決まってんだろ」
ガル=ヴァルドの瞳が、爛々と輝く。
「あいつは強えんだろ?」
「そんな人間、初めてだ」
歓喜だった。
狂気ではない。
戦士としての純粋な喜び。
「逃げるなら追う」
「強くなるなら、もっと楽しい」
「死んだら? そりゃ残念だが――」
肩をすくめる。
「だから殺さねぇ」
オル=マギナが低く言う。
「……世界を壊すぞ」
「壊れたら直せばいい」
即答。
「世界なんて、戦うためにあるんだろ?」
闘天王は、悠然と踵を返した。
「安心しろよ覇王。
侵略なんて興味ねぇ」
振り返り、笑う。
「ゼロと戦ってくるだけだ」
次の瞬間、
ガル=ヴァルドの姿は、衝撃波だけを残して消えた。




