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 昼休みの教室は、いつもより騒がしかった。

「なぁ、もし条件満たしたらさ……」

「異世界、行けるらしいぞ」

「選抜制って言ってたよな」

 会見から数日。

 異世界の存在は、もう“特別なニュース”じゃなくなりつつあった。

 話題は、次の段階へ移っている。

 ――「行けるのか」「行きたいか」。

「……俺、行きたい」

 教室が、静まった。

 声の主は、前列に座っていた男子生徒だった。

 特別目立つタイプでも、探索者志望でもない。

 ごく普通の、

 成績も体力も平均的な生徒。

「異世界」

 彼は、少しだけ言葉を詰まらせてから続ける。

「向こうで、人生変えられるなら……

 今のままより、マシだと思うんだ」

 誰も、すぐには笑わなかった。


「……分かるかも」

 別の席から、小さな声。

「才能あるやつしか、上に行けねぇし」

 冗談交じりだった声が、

 いつの間にか、冗談じゃなくなっていた。

「異世界なら、スタートライン一緒だろ?」

「努力が報われるかもしれない」

 教室の空気が、

 ゆっくりと、確実に変質していく。

「……でもさ」

 真田が、珍しく慎重な声で割って入った。

「異世界って、危ないんじゃないの?」

「それでも」

 最初に声を上げた生徒は、目を逸らさなかった。

「ここで何もできないより、マシだ」

 その言葉に、

 悠真の胸が、わずかに締めつけられた。

「お、おい……」

 外村が、いつもの調子で茶化そうとする。

「さすがに軽く考えすぎじゃね?

 俺はノリだけどさ……」

 でも、誰も笑わなかった。冗談に、ならなかった。

 悠真は、何も言わなかった。

 言えなかった。

 行けば、強くなれる。

 でも、死ぬかもしれない。

 戻れなくなるかもしれない。

 その全部を、

 この教室の誰も、知らない。

(……簡単に“行きたい”って言えるのは)

(まだ、向こうを知らないからだ)

 チャイムが鳴り、

 教師が入ってくる。

 話題は、強制的に打ち切られた。

 けれど――

 「行きたい」

 その一言は、

 確実に、教室に根を張っていた。



G.O.D本部、円卓型会議室。

ホログラムには、世界各国の代表者たちの顔が並んでいた。

軍服、スーツ、民族衣装――

そのどれもが、疲労と苛立ちを隠しきれていない。

議題は、ただ一つ。

「異世界への渡航を、誰に、どこまで許可するのか」

だが、その問いに、誰も明確な答えを出せずにいた。

「選別基準については……引き続き検討中です」

法務部門の代表が、硬い声で告げる。

「現行法では、異世界渡航という行為そのものが想定されていない。

 国籍、責任、死亡時の扱い……どれ一つ、明文化できていません」

研究部門が続く。

「身体強化、未知のエネルギー汚染、帰還後の影響。

 科学的にも、リスク評価がまだ足りない」

軍事顧問が腕を組んだまま低く言った。

「……一般人を送るなど、論外だ。

 だが、完全封鎖も長くは持たん。

 既に“行かせろ”という圧力が各国で噴き出している」

誰かが、机を軽く叩いた。

「だからといって、今ここで基準を決めればどうなる?」

その言葉に、会議室の空気が一段、重くなる。


ホログラム越しに映る各国代表の背後では、

街頭インタビュー、デモ映像、SNSのトレンドが断片的に流れていた。

「チャンスは平等であるべきだ」

「なぜ選ばれた者だけが行ける?」

「異世界は国家の私物じゃない」

誰もが分かっていた。

――下手に線を引いた瞬間、世界は割れる。

行ける者と、行けない者。

選ばれた側と、切り捨てられた側。

その分断は、門よりも危険だ。

円卓の中央で、篠原がゆっくりと口を開いた。

「……現時点での結論を言う」

全員の視線が、彼に集まる。

「選別は、保留する」

一瞬、ざわめきが起こりかけ――

だが、誰も強く反論できなかった。

「決めない、という決定だ」

「今、基準を定めれば、それは“正義”ではなく“火種”になる」

篠原は、疲れた目で円卓を見渡す。

「これは逃げではない」

「世界が耐えられる準備が、まだできていないだけだ」

誰もが、内心では同意していた。

「当面はどうする?」

誰かが、ぽつりと尋ねる。

「現状維持だ」

「異世界活動は、G.O.D管理下の限定部隊のみ」

「情報公開は段階的に」

「そして――」

篠原は、ほんの一瞬だけ言葉を切った。

「時間を稼ぐ」

それは、あまりにも正直な答えだった。

篠原の最後の言葉が、会議室に残った。

「……門より厄介なのは、人間の欲だ」

静まり返った円卓の上で、

世界はまだ、答えを先送りにしたまま――



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