第一章 謎の住人玄さん④
木枯らし一番が吹き荒れ、いよいよクリスマスに向けて奈緒の仕事は忙しさを増していた。
帰りが遅く、玄さんとはなかなか会えずじまいでいる。
また地方へ行っているのだろうと思ったが、前に、行先を教えておいて欲しい。とそのことで話したことがあった。
黙って何日もいなくなると、心配になるという、奈緒に玄さんは顔をくちゃくちゃにして喜んだ。
「ん、ねえちゃん可愛いこと言ってくれるねー。よっしゃ。そうしたらこうするべ。地方へ行くときは、誰かに一言言って行く。そうさなぁ、あそこの駄菓子屋、あそこの坊主もばあさんもおいらのダチだから、ねえちゃんと行き会えなかったら、あそこに行って行く。そうするんべよ」
そう言ってくれた日から、玄さんはちゃんと約束を守ってくれている。
それなのに……。
誰に聞いても知らないの一点張りで、奈緒は胸騒ぎがしてならなかった。
もう姿が見えなくなって、一週間以上経っている。
休みを利用して、それとなく顔見知りの人に聞いて歩くが、全くと言っていいほど情報が得られずにいる。
ふと、走り去るバイクを見て、奈緒は閃く。
毎日、ここを通る新聞配達の人なら、分るかもしれない。
奈緒は腕時計を見て、がっくり肩を落としてしまう。
気が付くのが遅かった。もうすぐ6時半になろうとしていた。
それに、大きな問題にぶち当たる。
夕刊を配る時間が、新聞を取っていない奈緒には全く分からないのだ。意識して、配達をしている人を見たこともなかった。
悲しい気持ちになった奈緒は、いつも玄さんが座っている辺りを見る。
今日を逃すとしばらくは、忙しく、だいぶ先まで休みはないのだ。
散々迷って、団地の入り口にある交番の前まで行って、奈緒はそれでも中に入れずに来た道をUターンしてしまう。
玄さんとは、何のゆかりもない身分。違法営業。どう考えても、警察導入はまずいことになる気がしてならなかった。
住んでいる場所も、名前も知らないのは厄介だ。
そんなことを、つくづく痛感した奈緒は、今度会ったときはきちんと聞かなくっちゃと思いつつ、最後の望みである新聞配達の人と行き会えることに掛けることに決め、渋々家に戻る。
待っている時というのは、会えないもので、あっという間に一週間が過ぎ、二週間目の半ば、ようやく配達を終え階段を下りてきた配達員に声をかけることに成功した奈緒は、少し顔をこわばらせる。
依然見かけた人と、様子が変わっていた。
もっと若かった気がするが……。
「あのすいません。ここを毎日配られている方ですよね」
不安を入り混じらせて聞く奈緒に、その配達員はニコニコと答える。
「そうだけど、新聞とってくれるの」
「いえいえ」
胸の前で両手を小さく振りながら言う奈緒を見て、配達員はさっきまでの笑顔をしまい、バイクに跨る。
「ごめんなさい。新聞はとれないんですけど、今、人探ししていて。あそこの路地で自転車の修理とか刃物とぎをしているおじさん、知っていますよね」
そう言われ、配達員はそちらに目向ける。
「ああそう言えばいたね。そんな人」
「あのおじさん、どこへ行ったか知りませんか?」
配達員は顔を戻すと、申し訳ない表情を浮かべる。
「生憎、最近までここら辺を配達してたもんが辞めちまって、代配なんだわ。俺」
「そうなんですか」
「悪いね」
走り去るバイクをむなしく見送った奈緒は、途方に暮れてしまう。
望みを絶たれ、奈緒がとぼとぼ歩いていると、懐かしい声が背後から聞こえ、振り返る。
「玄さん」
思わずそう叫ぶ奈緒を見て、玄さんはない歯を見せるように笑う。
「どこへ行っていたんですか?」
涙目で聞く奈緒を見て、玄さんは眩しそうに目を細める。
「ちと、風邪をこじらしちまって」
「入院でもしていたんですか?」
「いや、そんな大げさなもんじゃなくて」
言葉を濁す玄さんに、奈緒は抱き付かんばかりの勢いで駆け寄る。
安堵から、涙がとめどなく流れ落ちる瞳を見て、玄さん、奈緒の頭を撫でる。
「あんたはいい嫁さんになるな」
そう言って、また歯がない笑顔を見せた。




