第一章 謎の住人玄さん③
険悪なムードになってしまった帰り道、かなでにどうやって謝ろうか考え込みながら通り過ぎる奈緒を、玄さんが呼び止める。
「お帰り、今日も一段とビューティーフルだね」
ニカッと笑った玄さん。
相変わらず前歯がないその笑顔に、奈緒は思わず涙をほろりとこぼしてしまう。
「どっか痛むのかい?」
どうしたんだろう。
カーッと顔が熱くなった奈緒は手で仰ぎながら、何でもないんです。といったものの、涙が一向に止まる気配を見せずにいた。
「おいらで良かったら、聞くよ」
その言葉が温かく、奈緒はうんうんと何度も頷き、かなでとの一件を、つっかえながら話した。
玄さんは短くなるまでタバコを吸いながら、それを黙って聞いてくれていた。
「ねえちゃんは悪くない。考え違いなんてもんは、誰にだってある。だけど、大事な友達に、バカっていうのはいけないな。そこはきっちり謝んな」
まだヒックヒック言っている喉で、奈緒ははっきりとはいと返事をして、その場を離れる。
特別な言葉なんて何一つない。黙って耳を傾けてくれる。そして一言だけのアドバイス。
どうしてなんだろう。
不思議な気持ちで、かなでに電話を掛ける。
かなではまだ少しだけ怒っているようだった。
もう知らないと言っても、いつも心配をしてくれているのは、かなでだけ。家を出ると言った時も、そうだった。
給料出たら、たらふく焼肉を食べさせてあげる約束をして、かなでは機嫌を直した。
電話を切りながら、本気で心配して叱ってくれる一人の友達がいればいいと、奈緒は心からそう思った。




