序章③
再編集してみました
「奈緒、打ち上げの出し物決まったよ」
かなでがシナリオを片手に数人でやって来るのが見えた。
「うちら三年生が抜けたら、五人しか残らないんだよ。演劇部」
背が高く、いつも男役ばかりやらされていた不満げに言う望美から、シナリオを受け取りながら、奈緒は苦笑してしまう。
「まぁまぁ。新しい一年生に期待しましょう。それより、奈緒、あっちの結果はどうした?」
奈緒はかなでに、オーディションの話をしたのは失敗だったと、後悔させられていた。
翌日にはクラス中どころか、学校中に知れ渡ってしまったからだ。
かなでのおしゃべりは天下一品。
その速さときたらマッハ。と誰かが言っていたけど、まさしくその通りだと思う。
好奇心いっぱいの目を向けられ、奈緒はどんな顔をしていいのか分からず、目を泳がす。
こんなバカ騒ぎが出来るのも、残りわずか。
そこかしこにどことなく寂しさが募る。進路もほぼ決まり、見えない距離を感じながら誰しもが話をしている。卒業実行委員なるものが、文集の最終チェックに飛びまわっている。賑わう教室の片隅、奈緒は改めて皺くちゃになったいる一次通過通知を眺める。これが自分の夢だと、胸を張れるような代物ではない。いやになってしまうくらい乏しい未来が待っているのは、痛いほど身に染みて分かっている。卒業とともに社会人として、研修が始まる。そのほんのわずかの隙間を埋めるものが欲しかったのかもしれない。
学校帰り、かなでたちとアイスを食べ、手芸店へ立ち寄った後、帰宅した奈緒は、大きく息を吐き出す。
縫いあがったばかりの衣装に袖を通してみる。
我ながら、上出来の出来栄えだった。
奈緒はこの手の服が好きで、良く普段着として身に付ける機会が多い。買うお金があまりないため、飽きやすいかなでから譲り受けた服を、自分好みに縫い直すというものだ。これも部室の隅に置き去りにされていたものだった。
かなでにファッション学校へ行けばいいのに。と薦められ、その気になって見学にも行ったことがある。奨学金を借りてという手も考えなかったわけではない。しかし奈緒が出した結論は、いつも同じだった。
そんな余裕、我が家にはどこにもない。それに、あの母親が許すはずがない。である。
なんでロミオとジュリエットなんだろうと思いながら、奈緒がドレスのレースをもう少し増やそうかどうか悩んでいると、電話が鳴る。
家の電話はあまり取りたくはない。大概は嫌な話を訊かされる。奈緒はしばらく呼び出し音を聞いてから受話器を取った。
「もしもし。藤崎奈緒さんのお宅でしょうか? こちら、劇団けやきですが……」
甲高い切れのある喋りで話す声に奈緒の手は震えた。
「先日はオーディションを受けていただき誠に有り難うございました。結果なのですが、おめでとうございます。合格です。つきましてはレッスン費用等の御説明などがありますので、明日、改めまして書類などを郵送させていただきます。で、つきましては、お母様かお父様は御在宅ですか?」
本人を確認してからの彼女はテキパキと話を進め、最後には未成年者ということで親の承諾がいると言い出され奈緒は焦った。
親には内緒である。受かるかどうかも分からなかったというのもあるが、受かったとしても反応は分かっていた。
「今はいません」
「何時ごろお帰りですか?」
奈緒は押し黙ってしまった。
「一応ね、詐欺ではないかと思われると、こちらも困りますし、選考審査の時にも説明しましたが、レッスン費用も発生しますし、そう言った説明をさせていただきたいのですが……」
「……どうしても親抜きではレッスンは受けられないのでしょうか?」
「そうですね。皆さんにこれだけは徹底して守っていただいています」
奈緒が困っていると、ちょうど、母親の絹代が仕事から帰ってきた。
絹代は珍しく家の電話で話している娘を不審がって、誰と聞いた。
「劇団の人」
奈緒はふてたように言うと、受話器を絹代に渡す。
「うちは無理です。才能もお金もありませんので、他の子を合格させてあげてください」
そう言うと、相手の有無もきかずに受話器を置き、次の瞬間奈緒の頬を叩いた。
「何するのよ」
「こんな馬鹿な真似するなんて、危うく大金を巻き上げられるところだったじゃない」
頭ごなしに言う母親にカッとなった奈緒は、罵声を浴びせるとそのまま椅子に掛けてあった上着を手に飛び出した。
奈緒はこんな家も家族も好きではない。
父親は酒びたりで給料の殆どをギャンブルに使い、母親は文句を言いながらそのダメ亭主と別れようとはせずに朝から晩まで働き通しでいる。今までの不満が一気に込み上げ、拭っても拭っても涙が止まらなかった。




