序章②
Wish。と重複部分あり。
オーディション会場は思いのほか混雑していた。
書類を送ってきた人、全員が一次通過されたんじゃないか、と疑いたくなる。
かなでも付いてきたがったが、奈緒はそれを頑なに断った。
「受付番号、162番の……、藤崎、藤崎奈緒さん」
奈緒は自分の名前を呼ばれ、緊張が一気に高まる。
通された部屋にはカメラが置いてあり、長机に三人の審査員が並んで座っていた。
「では、オーディションを始めます。カメラの前に立ち、受付番号とお名前を言ってから、電話をかける演技をしてください」
右端のメガネをかけた初老の審査委員が優しくそう言うと、カメラの人に無言で合図を送る。
奈緒は上ずった笑顔で自分の名前を言うと、頭の中が真っ白になってしまっていた。
審査員がジッと奈緒を見ている。
既に緊張で、演技どころではなくなっていた。
「……もしもし。あぁ、かなで? 私、奈緒。今ねどこにいると思う? オーディション会場よ。うん、そう。えぇ? そんなの分からないよ。どっちに転んでもちゃんと報告するわよ。はい。はい。あっ、わたしの番、来たみたいだから切るね」
「はい、ありがとうございました。では、二、三質問します。今の電話の相手は誰ですか?」
「友達です」
「どんな?」
真ん中の女性がすかさず訊く。
「腐れ縁の友達です」
「相手の話の内容を聞かせてください」
左端の渋い声をした中年男性審査委員が、紙を見たままの質問に、奈緒は一瞬、言葉を詰まらせてしまう。
耳の裏まで赤くなっているのが、嫌になるほど分かる。かなでが、自分だと思って連れて行ってと手渡してくれた、手つくりのマスコットを奈緒は強く握り締める。
「私が一人で、オーディションを受けたことに怒っていました。何で、ずるいって。受かったら映画とかテレビとかバンバン出ちゃうんでしょっ。人気者になっちゃてさ。私なんか相手にしてくれらなくなっちゃうんでしょっ。て言うから、困ってしまいました。でも、かなでの良い所は、受かったらおごりで、駄目だったら、私がおいしいものを奢ってあげるからっ。て笑って心から言ってくれるんです」
「良いお友達なんですね」
渋めの声をした男性の審査員は、今度は真っ直ぐと奈緒のことを見ていた。
「はい」
「では最後に、そのお友達に合格だった時の報告と、駄目だった報告をしてみてください」
真ん中の女性審査員が言うと、奈緒はその人をかなでに見立てて演技を始める。
大きく息を吐き出した奈緒は、少し間を置いてから、ニッと笑ってVサインを出した。次に腕を組んで、少し怒った顔を見せる。
そうなんだ。かなではこれだけで何でも通じ合える大切な友。頬を膨らませながらも、こんな可愛らしいお守りなんか作ってくれて、駅までの道中を共に歩いてくれるような優しい子。きっと、合格と知ったら自分以上に涙するだろうなと、奈緒は笑みを溢しそうになる。だから……。
「審査員は、私の良さが分かってないよね。これだから無知な大人は困る。さぁ、かなでの財布を空にしに行くよ」
こんなセリフもいらないと思う。
審査員、全員がどっと沸くと、奈緒はおじきを深々とする。
退室しようとする奈緒に初老審査員が、でも、本心は? と不意をつく。
笑顔で奈緒は振り返る。
「どちらの結果が出たとしても、たぶん二人で大泣きすると思います」
にっこりと微笑まれ、照れ臭くなった奈緒は一礼をしてその場を後にする。




