2450年1月31日 JST 24:00 天箭
沖縄、旧キャンプ・シュワブ跡地。
かつてアメリカ軍の基地だったこの場所は、現在では自然環境研究施設として利用されていることになっていた。
その地下施設の一室で、数十人の軍関係者を集めたブリーフィングが行われていた。
壁面の大型ディスプレイには、中国国内の航空写真が表示されている。
「これが、1月7日に我々にもたらされた情報だ」
ブリーフィングを担当する将校が画面を切り替える。
そこに映し出されたのは、広大な工場施設と、その周辺に集まる大型トラックだった。
さらに画像が拡大される。
トラックの周囲には、四本の脚を持つ機械が数体写っていた。
「青海省に存在する旧核関連施設だ。長期間凍結されていた施設だが、1月7日以降、再稼働したと見られる動きが確認されている」
室内の空気が変わった。
誰も口を開かない。
「さらに、華北および中国内陸部の山間地域に保管されていた廃棄済み核兵器が、移送されたと見られる証拠も発見された」
別の航空写真が表示される。
解像度は低く、車両らしきものと、その周囲を移動する機械の姿が、かろうじて確認できる程度だった。
「問題は、ここで何が行われているのかだ」
将校が画面を切り替える。
「核兵器の製造が再開されている可能性がある。我々は、これを放置するわけにはいかない」
何人かの将校が手元の資料へ目を落とした。
確実な証拠があるわけではないが、確認のために誰かを送り込まなければならない。
次の画面には、二つの部隊名が表示された。
RAVEN-9
Robotic Assault & Vanguard Engagement Network
IRON WOLF
Autonomous Combat Group
Fort Bliss, Texas
「今回の作戦には、この二つの部隊を投入する」
「RAVEN-9は施設周辺の偵察および先行制圧を担当する。IRON WOLFは重装甲機を中心とした地上戦力として、施設そのものを確保する」
「両部隊は同時に投入される。目的は青海省に存在する核関連施設の制圧。可能であれば、施設内部の設備とデータを確保する」
画面上に作戦地域の地図が表示され、将校が地図上の一点を指した。
「降下地点はここだ」
施設から約500メートル手前。
そこには比較的幅の広い道路が交差しており、施設まで一直線に続いている。
「施設への直接降下は行わない。敵の防御設備が集中している可能性が高いからだ。部隊は施設から約500メートル離れた、この道路上に降下する」
「遮蔽物がないため、降下後、RAVEN-9は速やかに侵攻し、敵を排除する。その間にIRON WOLFが展開し、施設へ進入する」
「今回の作戦では、速度が重要になる。敵が態勢を整える前に施設を確保する」
将校は一度言葉を切り、室内を見渡した。
「我々が持っている情報は十分とは言えない。だからこそ、現地で確認する必要がある」
最後に、作戦日時が表示された。
「作戦開始は2日後。2450年1月31日、日本標準時24時」
将校は室内を見渡した。
「それまでに各自に詳しい資料と作戦の細かい指示を渡す。以上だ」
ブリーフィングが終わり、軍関係者たちが次々と部屋を出ていく。
その中の二人が、手渡された資料を眺めながら廊下を歩いていた。
一人が印刷された航空写真を持ち上げる。
「しかし、なんだってこんなに解像度が低いんだ?」
「聞いた話じゃ、最新の量子センサーを使うと敵の迎撃システムに探知されるからって、日本の博物館から光学式の古い地図作成用カメラを持ってきたらしいぜ」
「博物館?」
「ああ。電子回路の入ってないカメラを載せて。レーダーをかいくぐって行って帰ってくる航空機の操縦まで完全アナログで行ったとか」
男は写真をもう一度眺めた。
紙の上に広がるのは、数十年前なら何の変哲もなかったはずの航空写真だった。
今となっては、それを使うこと自体が特別な作業になっている。
「……どうやってやったんだろうな?」
「さあな」
しばらく歩いてから、もう一人が笑った。
「メイド・イン・ジャパンだろ?」
「何だそりゃ」
「あいつらは、何でも作るさ」
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2450年1月31日 JST 23:50
コンパクトに折りたたまれたIRON WOLF 6号機の中で、ルシアン・ランデル少佐は暗闇の中、降下作戦の開始を待っていた。
敵に察知されることを避けるため、機体に搭載された電子機器はすべて停止している。通信に使われているのも軍用の暗号通信ではなく、オープン回線のアナログ無線機だけだった。
普段なら、機体自身が高度や位置を計算し、周囲の状況まで自動で把握している。
しかし今、その機能はすべて切られている。
暗闇の中で頼りになるのは、機体越しに伝わってくる振動と、自分の腕に巻かれた時計だけだった。
ルシアンは何度目かになる時刻の確認をした。
作戦開始時刻が近づいている。
やがて、輸送機のコンテナ内に鋭いブザーが3回鳴り響く。
ルシアンは腕時計を確認した。
「降下開始まで、30秒」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
程なくして、コンテナ内にレールの作動音が響き始める。
1号機から次々と射出されていく音を聞きながら、ルシアンはその回数を数えていた。
一つ。
二つ。
三つ。
機体が揺れるたびに、遠ざかっていく仲間の存在を音だけで確認する。
五回目の音が響いたところで、身体を縮めて降下に備える。
次の瞬間、激しいショックとともに身体がふわりと浮き上がった。
6号機が輸送機から射出されたのだ。
ルシアンは無線機のスイッチを入れた。しばらくすると、短いシグナル音が3回、無線から聞こえてくる。
全機の射出完了を知らせる合図だった。
「高度500。地上まで約10秒」
無線機から隊長の声が響く。
同時に、着地に備えてスラスターが噴射され、機体が減速を始めた。
やがて激しい振動が機体を襲い、IRON WOLFは地上へと着地した。
全機の着陸を確認するシグナルが鳴る。
ルシアンは有視界での行動に移るため、コクピットを上昇させた。
内陸部特有の刺すような冷たい夜気が機体の周囲を流れていく。
正面には、目標である核関連施設が見えている。
遠くに建物の輪郭が浮かび、その周囲にはほとんど明かりがない。
あまりにも静かだった。
その瞬間だった。
前方の空に、まばゆい光点が現れた。
ルシアンは反射的に空を見上げた。
ただ、一つの光だけが空に浮かんでいる。
「星?」
ルシアンがそう思った瞬間、光点は数秒のうちに直視できないほどの明るさへと変わった。
次の瞬間、激しい衝撃がIRON WOLFを襲った。
大地が跳ね上がったような感覚とともに、機体ごと空中へ吹き飛ばされる。
何が起きたのか理解する暇すらなかった。
ルシアンの視界が暗転し、そのまま意識は途絶えた。
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ルシアンは、暗い部屋の中で目を覚ました。
最初に感じたのは、頭に巻かれた包帯の圧迫感だった。
身体を動かそうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
遠くで誰かが話している。
低い声と、聞き慣れない言葉、ぼんやりとした視界が少しずつ戻ってくると、すぐ近くに同じIRON WOLFの隊員がいることに気がついた。
彼もまた頭に包帯を巻いていた。
「大丈夫か、少佐」
「……ああ」
声を出すだけでも喉が痛んだ。
ルシアンはゆっくりと周囲を見回した。
そこには、見覚えのない東洋人たちがいる。
軍の医療施設には見えない。
古びた建物の一室を、そのまま簡易的な治療場所として使っているようだった。
壁際には薬品や包帯が並べられ、部屋の隅には負傷者らしい人影もある。
照明も弱く、時折、明かりがわずかに揺れていた。
「ここは?」
「彼らはレジスタンスだ。俺たちを助けてくれた」
同僚の説明によれば、中国国内で活動するレジスタンスは数多く組織され、それぞれが独自のネットワークを持っているらしい。
攻撃の後、彼らのメンバーが瓦礫の中から二人の兵士を発見し、ここまで運び込んだのだという。
生き残ったのは、ルシアンと、目の前にいるもう一人のIRON WOLF 5号機隊員だけだった。
RAVEN-9を含む他の部隊については、生存を確認できていない。
「残念ながら、生き残ったのは俺たちだけのようだ」
ルシアンは目を閉じ、短く息を吐いた。
「そうか……俺たちは何故、いや、何にやられた?」
同僚は、部屋の隅にいるレジスタンスの男たちへ視線を向けた。
彼らが言うには、あの攻撃は【天箭(Tianjian)】と呼ばれているらしい。
大気圏外からの質量兵器ではないかと推測しており、その攻撃によってレジスタンスの仲間も数多く命を落としたという。
ルシアンは、天井を見上げてつぶやいた。
「リバモアをやったのもこれか」
悔しさや怒りよりも、自分たちが何も成し遂げることが出来なかった。
全米でも屈指と言われた部隊が一瞬で壊滅させられたという事実が、ただむなしく思えた。
しばらくして、レジスタンスのリーダーらしい男が歩み寄ってきた。
男は少し迷うように言葉を選び、たどたどしい英語で語り始めた。
「私たちの仲間……たくさん死にました。友達も……私の妻も娘も、たくさん、たくさん、殺されました」
男は苦しそうに一度言葉を止める。
それでも視線を逸らさず、ルシアンに伝えようとした。
「それでも、私たちは戦っています。アメリカが……いつか助けに来てくれる。そう信じています」
男の声は震えていた。
「あなたたちは、アメリカの兵士です。だから……お願いです。あきらめないでください。私たちも、まだ戦っています」
そして最後に、男は深く頭を下げた。
「どうか、この国を……あの悪魔から取り戻してください」
男は顔を上げ、ルシアンをまっすぐに見つめた。




