第七十六話「それは指でしてよ、おほほほほ」
昔の記憶の夢だ。
「もうB-29は飛んで来ないんだよ」
三番目の兄が言った。
戦争は終わったらしい。
……が、そんなことより、いろいろなものが足りない。
配給が無くなったので、返って生活が苦しくなってしまった。
そこで、三番目の兄と都会まで買い出しに行くことになった。
駅に着いて唖然とした。
皆考えていることは同じで、買い出しに行く人たちが汽車に殺到して、乗り切れない人たちが屋根に乗り始めていたのだ。
「ガキは危ねえから、中に乗れ」
汽車の中にいた人がスペースを譲ってくれた。
その人は窓枠にしがみついて「俺はここでいいからよ」と言った。
「…全然良くありませんわ!
落ちたら死にますのよ?
あなたが良くても汽車の運行会社が責任を取らされますわ」
その場に存在しないはずの人物の声が聞こえた気がした。
その声に返す。
「…ですがお嬢様、この汽車に乗って買い出しに行かないと、みんな飢え死にしてしまうのです」
「房子、どうした?」
「……なんでもない…」
やがて都会に着く。
……いや、都会だった場所だ。
今は一部の残った建物か、建て直された建物以外は全部瓦礫だった。
いわゆる焼け野原というやつだ。
その中、駅の近くだけが賑わっている。
「闇市」というらしい。
瓦礫の中を漁っている人がいる。
「兄さん、あれは…?」
「瓦礫の中に何か良い物が残ってないか探してるんだろ」
「…つまり、泥棒?」
「うるせー!」
その瓦礫を漁っている人に怒鳴られた。
暑い。
数日前からろくに食事をした記憶がない。
闇市に行けば何かしら食料を買えると買い出しに来たが、「ここはガキの来るところじゃない」と追い返された。
途方に暮れて、兄と瓦礫の中を歩いてみる。
…いや、さっきの泥棒のように探しても、流石に食べ物はないだろう。
瓦の破片に躓いて転んだ。
「房子、しっかりしろ」
……兄の声が遠くなっていく。
「顔色悪いですわね…」
代わりに存在しないはずの人の声がはっきりと聞き取れるようになっていく。
そしてその声の主が何かを口に突っ込んできた。
「………塩ようかん…??」
「…痛いですわ、フサさん!
いい加減に起きてくださらないかしら…。
寝ぼけてわたくしの指を噛まないでくださいまし…。」
塩ようかんではなく、ほんのり手汗をかいたハルカの指だった。




