第六十六話「それはゆとりの象徴ですの、おほほほほ」
「ちょっとハルカ嬢、この記事見ましたの?」
実際はIPチャットであるが、画面越しに血相を変えたアカリの声が聞こえてきそうだ。
例のアジャイリア日日新聞オンラインの記事のURLが貼られている。
掲載された写真は公開訓練開始直後と思われる。
アジャイリアとの時差を考えると、こういう写真を撮影して朝刊の記事にすることは最初から計算済みで、記事も大体の骨組みは最初から作られていたと考えるのが妥当だろう。
ほぼ最初から、アジャイリアの世論がマリアの心中に気づいていて、応援していたのである。
「ついこの間まで侵略に怯えていた国の新聞にこんな記事が載せられるというのは、国民の心情にゆとりが出てきた証拠でしてよ、おほほほほ」
ハルカが『かなたの大陸』でナールハヤと戦っている間、アカリはずっとアプリシアにいた。
いや、ハルカがクラウディアに追放留学に処されている間もであるが。
詰まるところ、アカリは現地の事情を知らない。
ハルカの一言を聞いて、そのアジャイリア日日新聞の記事が浅薄に二人の仲を囃し立てるゴシップではないのだと気付かされた。
マリアは山の中の農村で生まれ育った。
その土地は街道から外れていて、諸侯同士の争いでもまず軍勢が通過することない土地であった。
もちろん100年の内戦初期は小競り合いがあったが、小さい勢力圏が有力な諸侯に飲み込まれていくと次第に忘れ去られた。
なので、今回の内戦では特に自分自身が内戦に巻き込まれたわけではない。
ただ、「こんな小さな農村ですら問題は話し合って解決しようとしているのに、なぜ政治家であるはずの諸侯たちは意見が食い違うと殺し合うのか」という疑問を、皮肉たっぷりに毒を吐きながらノートに書き殴った。
それが村長の目に留まった。
農村の少女が読み書きができて、まとまった文章を書いたというだけでも周囲は評価したが、内容が正論すぎで、村長が「これはみんな読むべきだ」と、書き写して周囲の村に配った。
それが連鎖的に続き、気がついたら一部が勝手に加筆された正式な本として木版印刷されていた。
「これだけの事を考えられる人物ならさぞかし良い政を行ってくれるだろう」
国民の期待が高まり、持ち上げられ、勝手に国王にされてしまった。
それから4年の任期を3回。
マリアの青春時代は民主主義に逆煽動されて溶けていたのである。
もちろんハルカはそんな事情も知らないし、初対面で口にきんつばを押し込んだのも、アカリの時と同じで「顔色が悪かったから」という単純な理由だった。
『星の裏側の思い人』演説も、ヨシチェックをゼロトラストの教材に仕立て上げたのと同じくらいの軽い冗談を含んだ単なる比喩のつもりであった。
結局のところ、ハルカはマリアの心中には全く気づいていなかった。
そしてアカリも二人の様子を見ていてそれを理解していた。
「どうたらし込んだら、こんなことになるんですの?」
画面越しにアカリの困惑した声が聞こえて来そうだった。
「え、何のことですの?」
「まあ、ハルカ嬢はインフラに恋しちゃってますものね」
「………???」
王都の夜は更けゆく。




