第六十話「犬の格闘ですわ、おほほほほ」
その日の晩、フサは昔の記憶の夢を見た。
小金房子は田んぼの中を歩いている。
常に持たされている水筒と防空頭巾は嵩張って邪魔で仕方ない。
モンペが擦り切れてきた。
「当て布しとかなきゃ、おいねぇな…」
のどかな田園風景の中に、異様なコンクリート製のかまくらがある。
田んぼの畦道は、農道というには異様に踏み固められている。
コンクリートのかまくらは掩体壕というらしい。
敵の機銃掃射で壊されないように飛行機をしまって置く場所と二番目の兄が言っていた。
畦道は滑走路として使っているせいで踏み固められている。
まだ3月上旬なので、田植えはされていないが、春先から初夏の農家にとっては邪魔な存在だった。
警報のサイレンが鳴った。
防空壕に移動する。
今日、我が家は燃やされてしまうのだろうか…?
………数時間後、何も攻撃された気配がないことに疑問を持って外に出た。
夜だというのに、西の空が真っ赤になっているのがはっきり見えた。
それが、遥か遠く離れた帝都が火の海に包まれている色だと数日後に知った…。
そこで目が覚めた。
ハルカが「宣戦布告」という言葉を用いたのが昔の記憶を呼び起こしたらしい。
軍事演習ということは、輸送用と哨戒用に加えて、『戦闘用』も作るのだろうか…。
昔の記憶のあの悪夢が、この世界で再来してしまうのではないか?
どうにも頭の中でよくない考えが渦巻いて寝付けなくなり、厨房で水を飲もうと部屋を出るとハルカの部屋が明るいことに気がつく。
ちょっとだけ明かりが漏れているとかいう状況ではない。
フサはハルカの部屋の隣の客用寝室を使うよう言われていた。
相変わらず使用人への待遇がバグっていた。
邪魔しないようにこっそり通ろうとしたが…。
アカリの声もする。
部屋を覗くと、ハルカが拳銃を持ってアカリを狙っている。
「準備はよろしくて?おほほほほ」
「いつでも良いですわ」
ハルカが引き金を引くと、少し離れたコンピュータの画面に「HIT」と大きく表示され、「ピー」という音が鳴った。
「HIT」…『敵国の言葉』ではあるが、このくらいであれば一応知っている。
当たったということか。
「撃墜ですわ、おほほほほ」
「やられましたの」
どうやら、弾を使わず訓練するための機械らしい。
「あ、フサさん、見てたんですの?」
アカリに見つかった。
「暗い顔をしていますわね…。
確かに戦争ではありますが、『よりいいものを作るための競争』ですのよ。
わたくしは、パチモンで度を越して人の努力を横取りする魂胆が許せないのですわ。」
「…ハルカお嬢様がそういう人だというのは、知っています…。
それに国同士が戦争するのも仕方のないことだと思います。
ですが、そのための道具を、今戦争中ではないのに、必要に迫られる状況ではないのに、作る必要があるのでしょうか…」
「『Si vis pacem, para bellum(平和を望むなら、戦いに備えよ)』ですわ、おほほほほ」
おいねぇ
方言。「よくない」「ダメだ」のような意味。




