第三十七話「在りし日の父上なのですわ、おほほほほ」
アズマ・S・P・ベニー公爵は頭を抱えた。
妻であるジンジャー・S・P・ベニー公爵夫人との夫婦仲は良く、子宝に恵まれたが、5人産まれて、全員女子だった。
そして医師から「夫人の体力的に次が最後」と言われて、たった今産まれたのが、女児であった。
「なんで男を産んでくれないんだ」
公爵は少し夫人に八つ当たりした。
尤も…後にこのことをその我が子に
「出生する子の性別はは父親の染色体…因子で決まるのですわ。
しかもどの因子が勝つのかはほとんど運なのですわよ。
妻を責めるのは筋違いでしてよ」
と大真面目に説教されたのであるが。
仕方なく、ある程度育ててから適性があれば無理やりこの子に家を継がせよう、ダメなら養子を迎えようと考えて5歳の誕生日を迎えた。
そろそろ決断の時であった。
子を贔屓して見てしまう親目線を抜きにしても、娘は聡明で優しく多彩であった。
これは脈ありかと思ったら、本人から言われた。
「家を継げというなら、そのための教育を甘んじて受け入れますわ。
ですが父上、わたくしは願わくばこれから悪い子になりたいのですの」
………は?
悪い子になりたいというのもさながら、家を継がせようとしてたのが悟られている。
そしてそもそも5歳児の語彙ではない。
というか「悪い子」って何?
本当に悪事を働く者はそんな宣言を最初からしない。
それに、「当たり前のことを言ってますが?」という表情である。
「ブッキョーにおける輪廻転生の概念のない社会においては、わたくしのような子供は『悪魔憑き』扱いなのでしょうね。
何を言っているかわからない?
わからなくて構いませんわ。
簡単に申しますと、わたくしは特別な知識を持っていて、それをあまねく全ての人々のために活かしたいのですわ。
そのために、まず権力が必要ですの」
……………んあ???
権力を持って何をするのか?
まるで権力そのものには興味がなく、権力はあくまで目的ではなく手段だという言い回しに、いよいよ何を考えているのか、我が娘ながら全くもって理解不能だ。
「ハンナさん、ノートを…」
娘は乳母のハンナにノートを持って来させた。
それを見せられる。
文章はほとんどが見たことのない言語で書いてある。
しかし、その文字は活字並みに丁寧に書かれていることが公爵にもはっきりわかる。
図面はものすごく緻密。
公爵に読める文字で書いてあるのは、『魔力を生み出すもの』であった。
後に娘が言うには、
「エレクトリック・ジェネレータを意訳しようとした」とのことであるが…。
5歳の誕生日プレゼントに図面のそれを作る費用をせがまれた。
5歳児では金だけ渡しても周囲が動くまい。
公爵が一緒に、得体の知れない『魔力を生み出すもの』作ることを約束した。
単純に公爵が娘を溺愛していたのもあるが、娘の言う「特別な知識」を見極めるための賭けでもあった。
いや、そうではなく、ただ娘の見ている世界に興味が湧いてしまっただけなのかもしれなかった。
数年後、あっけなく利益回収した。
と言うか、「これは国営にすべき案件だろ」と国王から散々怒られた。
「領内で採掘した『炎の魔石』を領内でどう使おうと自由のはずですわ。
それに確かに公共事業ではありますけど、『市場の失敗』を引き受けているのですから、感謝されるべきなのですわ!」
娘はご立腹だった。
「『市場の失敗』を引き受けるのは、ノブリス・オブリージュみたいなモノか?」
「いいえ、『社会に対する投資』ですのよ。
そして運用次第ではちゃんと利益も出ましてよ、おほほほほ」
そんな経緯で建てられた発電所が、今日もアプリシアの電力需要の90%を賄っているのであった。




