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魔法適性ゼロの辺境貴族、前世の剣術で無双する~木刀一本で最強魔獣を瞬殺したら、公爵令嬢と特待生が弟子入りしてきました~  作者: 黒崎隼人


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第8話「死線の歩幅」

 特務高等学園の広大な敷地内は、あちこちで上がる黒煙と魔力の閃光によって不気味な影絵の舞台と化していた。

 レオンを先頭にした3人は、渡り廊下の壁に沿って足音を殺しながら進んでいた。

 セリアの荒い息遣いと、ガイルの握りしめた角材が微かに軋む音だけが、耳元でやけに大きく聞こえる。


「足裏の外側に体重を乗せろ。踵から落ちれば石畳が鳴る」


 レオンは背後を振り返ることなく、短い言葉で2人の歩法を修正した。

 前世の記憶の中で、彼がどのような修羅場を潜り抜けてきたのかは誰にもわからない。

 ただ、今の彼の背中から発せられる冷たく澄んだ気配は、日常を共に過ごしていた気怠げな青年のものとは完全に異なっていた。

 角を曲がった先、大講堂へと続く広い吹き抜けのホールで、十数人の生徒たちが黒装束の集団に追い詰められているのが見えた。

 生徒たちは未熟な防壁魔法を重ねて盾にしているが、敵の放つ連続した風の刃によって、光の壁にはすでに無数の亀裂が走っている。

 防壁が砕けるのは時間の問題だった。


「兄貴、あいつら……っ」


「待て。正面から突っ込んでも的になるだけだ」


 はやるガイルを片手で制し、レオンはホールの構造を視線だけで素早く計算する。

 敵は5人。

 等間隔に広がり、互いの死角をカバーし合う陣形を組んでいる。

 全員が長杖を持ち、魔力の残量にもまだ余裕がある。


「セリア。一番左の男の足元に、一瞬だけでいい、氷の床を作れるか」


 突然名前を呼ばれ、セリアは肩をビクッと跳ねさせたが、すぐに唇を噛み締めて強く頷いた。


「やります」


「ガイルは俺が動いた3秒後に、右の壁に向かって持っている角材を全力で投げつけろ。音を立てるだけでいい」


「おう、任せとけ」


 役割を与えられたことで、2人の顔から恐怖の色が薄れ、明確な意志の光が宿る。

 レオンは木刀を右手にだらりと下げ、深く息を吸い込んだ。

 肺の奥底に冷たい空気が満ち、全身の筋肉の緊張が限界まで解き放たれる。


「……今だ」


 レオンの低い声と同時に、セリアの杖の先から透明な冷気が地を這って伸びた。

 左端の黒装束の男が、足元が唐突に凍りついたことでバランスを崩し、詠唱を中断して体勢を立て直そうとする。

 その男の意識が下へ向いた一瞬を、レオンは逃さなかった。

 石畳を蹴る音すら残さず、彼の身体は弾丸のようにホールの空間を横断した。

 敵の視界の端に黒い影が映り込んだ直後、ガイルの投げつけた太い角材が、反対側の壁に激突して凄まじい破壊音を響かせる。

 残りの4人の意識が、反射的に大きな音がした右側へと引きずられた。

 完璧な死角の連鎖。

 レオンは氷で足を滑らせた最初の男の懐に潜り込み、木刀の柄で鳩尾を正確に突き上げた。

 防具の上からでも内臓を揺らす重い一撃に、男は悲鳴を上げる間もなく意識を刈り取られて崩れ落ちる。

 その男が倒れるよりも早く、レオンはすでに次の標的へと歩みを進めていた。

 音に気を取られていた2番目の男が振り返ったときには、レオンの木刀が真横から迫っていた。

 首筋の動脈を峰で軽く叩き、脳への血流を一瞬だけ遮断する。

 崩れ落ちる2人目の身体を盾にするようにして、3番目の男が放った炎の槍をやり過ごした。

 熱風がレオンの頬を掠め、髪の毛が焦げる特有の匂いが鼻を突く。

 視界が炎で塞がれた状態から、レオンは床に手をついて低い姿勢のまま前転し、3番目の男の足の甲を木刀の先端で容赦なく砕いた。

 骨の折れる鈍い音と、男の絶叫がホールに響き渡る。


「な、なんだこいつは……魔法使いじゃないのか」


 残された2人の男が、パニックに陥った声を上げながら杖を乱打する。

 狙いも定まらない無数の魔力の弾が飛んでくるが、レオンは首を傾け、上体を反らし、最低限の体重移動だけでそのすべてを紙一重で躱していく。

 彼の目には、焦りに満ちた相手の筋肉の収縮と、杖の傾きがスローモーションのように見えていた。

 ただ歩くように間合いを詰め、レオンはすれ違いざまに2人の腕の関節を正確に打ち抜いた。

 カキン、と硬い木が骨を叩く音が連続して鳴り、男たちの手から杖が床に転がり落ちる。

 両膝をついてうめき声を上げる5人の暗殺者たちを見下ろし、レオンは乱れた襟元を直して木刀を肩に担いだ。

 戦闘開始から、わずか10秒足らずの出来事だった。

 防壁の向こうで震えていた生徒たちが、言葉を失ってその光景を呆然と見つめている。

 レオンは彼らの方へ歩み寄ると、いつもの気怠げなトーンで短く告げた。


「怪我がないなら、中庭を通って旧校舎へ抜けろ。あそこなら結界の残骸がまだ生きているはずだ」


 背後から駆け寄ってきたセリアとガイルの顔には、安堵とともに、レオンの底知れない実力に対する深い畏敬の念が刻まれていた。

 周囲に漂う焦げた匂いの中、レオンはため息を一つ落とし、さらに奥から聞こえる微かな戦闘音へと耳を澄ませた。

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