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魔法適性ゼロの辺境貴族、前世の剣術で無双する~木刀一本で最強魔獣を瞬殺したら、公爵令嬢と特待生が弟子入りしてきました~  作者: 黒崎 隼人


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第7話「理不尽の刃」

 黒い甲殻に覆われた魔獣の巨体が、夕闇の迫る中庭の空気を押しつぶすように迫っていた。

 ガイルの頭上に開かれた巨大な顎から、腐肉と泥の混じったような生臭い息が吐き出される。

 だが、その鋭い牙が青年の首筋に触れるより早く、下段から跳ね上がったレオンの木刀が、魔獣の顎の下、硬い鱗の継ぎ目を正確に捉えていた。

 木と鋼鉄が激突したとは思えない、水風船を破裂させたような重く鈍い音が周囲の空気を震わせる。

 レオンの両腕は、激突の瞬間にのみ手首と肘の関節を硬直させ、自らの体重と地面を蹴る反発力のすべてを木刀の先端一点へと集約させていた。

 魔法を完全に弾き返すはずの強固な甲殻は、表面を破壊されることなく、内部に伝わった凄まじい衝撃波によって内側から弾け飛んだ。

 魔獣の頭部が、まるで透明な巨人に顎を殴り上げられたかのように真上へと跳ね上がる。

 首の骨が複雑に砕ける嫌な音が連続して鳴り、巨体は空中で完全に制御を失った。

 緑色の体液が宙を舞うが、レオンは首をわずかに傾け、足幅を半歩だけずらしてそのすべてを躱す。

 ズドォン、と腹の底に響く重低音とともに、魔獣は背中から石畳に叩きつけられ、二度と動かなくなった。

 遅れて巻き起こった突風が、散らばっていた紙細工の花を空高く舞い上げる。

 中庭に、耳鳴りがするほどの静寂が落ちた。

 ガイルは地面に伏せた体勢のまま、見開いた目で目の前の動かない肉塊と、静かに木刀を下ろすレオンの背中を交互に見つめている。

 セリアの震えていた手から金属製の杖が滑り落ち、石畳を叩く甲高い音が響いた。

 彼女の唇はわずかに開かれたままで、声帯は言葉の形を作れていない。

 レオンは小さく息を吐き出し、木刀の刃筋に歪みがないことを指先でなぞって確かめた。

 魔力を一切帯びていないただの白樫の木刀だが、打突の瞬間に軌道と重心を完璧に一致させれば、鋼を砕いても傷一つ付くことはない。


「立てるか」


 レオンが振り返らずに声をかけると、ガイルは弾かれたように身を起こし、何度も大きく頷いた。

 その時、校舎の二階の窓枠に身を潜めていた黒装束の3人が、一斉にレオンへ向けて杖を突き出した。

 彼らの周囲の空気が急速に熱を持ち、チリチリという微かな焦げた匂いが風に乗って鼻腔を突く。

 詠唱の完了と同時に、3発の巨大な火球が、夕闇を赤々と照らし出しながらレオンの頭上へと降り注いだ。

 セリアが悲鳴にも似た警告の声を上げようと息を吸い込む。

 だが、レオンの動きのほうが早かった。

 彼は魔獣の足元で砕けていた握り拳大の石の破片を、つま先で軽く蹴り上げる。

 空中に浮いた石を、腰の回転を乗せた木刀で野球の球を打つように真上へと弾き飛ばした。

 石の破片は空気を引き裂く甲高い音を立てて弾丸のように跳ね上がり、最も前を飛んでいた火球の中心を正確に貫く。

 魔力の構成を物理的に破壊された火球が空中で暴発し、その爆風が後続の2発を巻き込んで中空で巨大な花火のように散華した。

 熱風がレオンの前髪を揺らすが、彼は瞬き一つしない。

 黒装束の男たちが驚愕に目を見開いたその一瞬の隙に、レオンの足元から土が爆ぜた。

 垂直の壁を3歩で駆け上がり、窓枠に立つ男たちの懐へと音もなく滑り込む。

 男の一人が慌てて短剣を引き抜こうとしたが、その手首を木刀の柄頭が冷酷に打ち据えた。

 骨にヒビが入る嫌な感触とともに短剣が落ちる。

 そのまま手首を返し、レオンは横薙ぎの軌道で男の側頭部を峰打ちした。

 白目を剥いて崩れ落ちる一人目を踏み台にして跳躍し、空中で身体を捻りながら残り2人の首筋に立て続けに手刀を落とす。

 3つの身体が重なり合うようにして廊下の床に倒れ伏すまで、ほんの数秒の出来事だった。

 レオンは音を立てずに廊下に降り立ち、乱れた呼吸を整えることもなく中庭の2人を見下ろした。


「怪我がないなら走るぞ。ここはすぐに火の海になる」


 淡々とした声が、パニックに陥りかけていたセリアとガイルの意識を現実に引き戻す。

 ガイルは転がっていた角材を武器代わりに拾い上げ、セリアは両手で自身の頬を強く叩いて気合いを入れた。

 祭り囃子に包まれるはずだった学園の空気は、硝煙と血の匂いに完全に塗り替えられていた。

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