第2話「強さの証明」
魔獣の一件以来、レオンを取り巻く環境は一変した。
誰もが遠巻きに彼を観察し、ひそひそと噂話を交わしている。
廊下を歩けば視線が突き刺さり、食堂で席に着けば周囲の空気が妙に張り詰めた。
レオンは手にしたサンドイッチを口に運びながら、深くため息をついた。
「平穏な学園生活、早くも終了のお知らせか」
パンの乾いた食感を飲み込みながら、彼はこれからの面倒事を予想して肩を落とした。
その予想は、昼休みが終わる前に早くも的中することになる。
食堂の入り口から、足音を荒らげて近づいてくる人影があった。
「おい、レオン・バルディアだな」
現れたのは、日に焼けた肌と鋭い眼光を持つ青年だった。
平民特待生のガイル・バーストンだ。
彼はレオンのテーブルに両手をつき、挑戦的な視線を向けてきた。
「魔法も使えねえ貴族のお坊ちゃんが、まぐれで魔獣を倒したって噂だぜ」
ガイルの声は大きく、食堂にいた他の生徒たちの視線が一斉に集まる。
「まぐれなら、俺と勝負して証明してみろ」
実力主義を地で行く彼にとって、魔法が使えないレオンが注目を浴びるのが我慢ならないのだろう。
レオンは手元のカップから紅茶を一口飲み、静かにガイルを見上げた。
「面倒だ。他を当たってくれ」
「逃げる気か」
ガイルが拳を握りしめ、テーブルがガタりと揺れた。
カップの水面に小さな波紋が広がる。
このままでは落ち着いて食事もできない。
レオンは残りのサンドイッチを口に放り込み、ゆっくりと立ち上がった。
「わかった。すぐ終わらせる」
◆ ◆ ◆
学園裏の林は、人気がなく静まり返っていた。
木々の隙間から差し込む光が、落ち葉の積もった地面にまだら模様を描いている。
ガイルは両拳を構え、闘志をむき出しにしてレオンを睨みつけていた。
彼の足元から、微かな魔力の光が漏れ出ている。
身体能力を魔法で強化する技術だ。
対するレオンは、いつものように木刀を右手に下げ、自然体で立っていた。
「いくぞ」
ガイルが地面を蹴り、弾丸のような速度で間合いを詰めてくる。
強化された拳が空気を切り裂き、レオンの顔面を狙って真っ直ぐに放たれた。
だが、レオンの目にはその軌道が止まって見えるほど遅く感じられていた。
彼は上体をわずかに左へずらし、拳の直撃を避ける。
ガイルの姿勢が前に崩れたその瞬間。
レオンの木刀が、下から跳ね上がるようにガイルの腹部を叩いた。
鈍い音が林の中に響く。
強烈な衝撃に、ガイルの目が見開き、口から肺の空気が一気に吐き出された。
彼は膝から崩れ落ち、枯れ葉の上にうずくまる。
勝負は、文字通り一瞬で決着がついた。
レオンは木刀を肩に担ぎ直し、苦悶の表情を浮かべるガイルを見下ろした。
「呼吸を整えろ。すぐによくなる」
「……あ、あんた」
ガイルは腹を押さえながら、荒い息を吐き出して顔を上げた。
そこにあったのは敵意ではなく、圧倒的な力に対する純粋な驚愕だった。
彼はよろよろと立ち上がると、突然レオンに向かって深く頭を下げた。
「すまなかった! 俺が間違ってた! 兄貴と呼んでいいか」
「いや、遠慮しておく」
即答して背を向けたレオンだったが、ガイルは目を輝かせて後をついてくる。
面倒な犬に懐かれてしまったようだ。
レオンは頭を掻きながら、足早に林を抜けようとした。
その時、木陰から静かに進み出てくる人影があった。
銀色の長い髪を揺らし、完璧に整えられた制服を着こなす少女。
ローゼンバーグ公爵令嬢のセリアだ。
「見事な動きでした」
彼女の凛とした声が、風の音を遮って耳に届く。
セリアはレオンの前に立つと、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「私に、その身体の動かし方を教えていただけませんか」
彼女の瞳の奥には、焦りと必死さが隠しきれずに揺らいでいた。
魔法の天才と呼ばれる彼女が、なぜ魔法適性ゼロの自分に教えを乞うのか。
だが、その真剣な表情を前に、無碍に断るのも憚られた。
「……怪我をしても知らないぞ」
レオンのその一言に、セリアの顔に小さな安堵の色が浮かぶ。
後ろでガイルが「俺も頼むぜ兄貴!」と叫ぶ声が響く。
目立たず平穏な生活は、完全に軌道から外れてしまったらしい。
レオンは空を見上げ、深く長くため息を吐き出した。




