第二十一話. バスタードソード
「この……剣――」
わたしは呆然と呟いた。
店に出品されていた数々の武器の中――
隅の方で、埋もれるように展示されている一振りの長剣があった。
見た目の形状は典型的な西洋剣である。
ただし、今まであまり人の手がつけられていなかったのか、うっすらと雪のような埃が堆積しており、どこか悠久の年月を経た印象を残していた。
けれど――なぜだろう。
わたしにはその剣が、どこか神聖で尊い印象を宿しているように見えたのだ。
例えるなら、おとぎ話の森の中で、静かに眠りに付くお姫様のようだった。
「ああ、その剣ですか? それは『バスタードソード』ですよ」
「バスタードソード?」
店員さんの紹介に、シルフィが問掛けを返す。
「片手剣としても両手剣としても使える武器のこと――実際に使っている人は少ないけど」
抑揚のない声でクリスが説明する。
一方でわたしは、じっと食い入るようにその剣を見つめていた。
その様子が気になったのか、店員さんが声をかける。
「それ、実は迷宮での発掘品なんですよ。かなりの曰く付きで、ウチの店でも処分に困っていた品なんです。どういうわけか、全く刃こぼれもしないんですが、打ち直すことも研ぐこともできないんですよ」
「打ち直すことが……できない?」
と、これはシルフィの声だった。
「はい。どんな力を加えても、どのような魔法を使っても、全く歯が立たないほど頑丈なんです。一流のドワーフ鍛冶師やエルフの魔術師ですら白旗を上げるほどでしてね。しかも、よほど高度な製法で作られたのか、魔法による鑑定も解析も不可能ときています」
「え……それって、すごくないですか。ようするに、とても丈夫な剣なんですよね」
シルフィがそのように尋ねると、店員さんはホトホト参ったような表情を浮かべた。
「んー。剣としてはちょっと困りものなんですよ。実際に手に取ってみたら分かるんですけどね……」
店員さんに言われて、わたしはその剣を手にしてみた。
そうして間近で観察して、その意味が理解できた。
「ナマクラだ……」
わたしは呟いた。
剣の刃は潰れて、切断武器としては使い物にならなくなっていた。
もはや剣というよりも鈍器といった方がいいかもしれない。
マシュマロですら斬るのに一苦労しそうなほど、刃が死んでいたのである。
「そうなんですよ。刀身が潰れていて、切れ味が全くない状態なんです。研ぎ直すこともできないので、実質的には剣の形をしたオブジェでしかありません。見た目も正直良いとは言えませんし、おかげで全く買い手が付かないんですよね」
店員さんの言葉も、わたしにはどこか上の空だった。
ただ――はっきりと判っていることがあった。
「これをください」
わたしは迷いなく言葉を口にした。
「え――本当ですか!?」
「はい、この剣がいいです」
自分でもどうしてそう思うのかは分からない。
ただ――この武器は、ここでわたしに出会うためにあったのだと、そう予感じみたものが存在していたのである。
「その……いいんですか? 先ほど言った通り、それは剣としては使えないですし……というか、そもそもバスタードソードは素人が簡単に扱えるような武器じゃ――」
その言葉を遮るように、わたしは片手でその武器をクルクルと振り回してみせた。
さながら新体操選手のバトンのごとく、流麗な動きで剣が舞う。
するとどうだろう――先ほどまで、古びた印象だった剣が、まるで息を吹き返したような鋭さを見せて大気を切り裂く。
ビュッ――と、烈風を唸らせ、最後にはピタリと正面に構える。
実に、精密機械めいた精度の動きをもってして、剣は制止した。
店員さんも、シルフィも、クリスも、三者三様に驚いた様子を見せている。
ともあれ、全く問題なく扱えることが、これで証明された。
「どうですか? わたし程度じゃ、この剣には見合いませんか?」
わたしは店員さんに笑顔で念押ししてみせる。
店員さんは、ただただ開いた口がふさがらないように。
「……………………お買い上げありがとうございます」
文句はないようだった。
「へえ……意外。テイル、けっこう剣も使えたんだ」
先ほどの剣舞を見たクリスが、嬉しそうに声を漏らした。
「いえ、その……今のはけっこうとかいうレベルじゃ――というか、お客さま、何者ですか? 今の太刀筋、明らかに達人の域ですよ」
「ん…………」
わたし自身、どうしてこのような芸当ができるのか不可思議ではある。
これもまた――わたしの失われた記憶が関係していることなのだろうか。
「――それはわたし自身が、一番答えを知りたい問いですね。今のわたしは、ただのキツネ。人を化かすのは、割と得意みたいです」
わたしは冗談っぽくそのように言った。
店員さんはしばし呆気に取られた後――
「ふふっ」
今のが気に入ったように、愉快そうに笑い声を漏らした。
「不思議な方ですね。モリバドの水着に布鎧、そしてそのバスタードソードと――こうも癖のある売れ残りを纏めて購入されたお客さんは初めてですよ……失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「テイルです」
わたしは柔らかい声で応えた。
その名前を心に刻み込むように店員さんは頷く。
「テイルさんですか。私はソニア・ヴァル・ドーリアっていいます。迷宮で何かを手に入れたら、またここに来てください。お手頃価格で鑑定いたしますよ――それでは、今後ともご贔屓に。そして、どうかご武運を」
*
その日、武器屋を後にしたわたしたちは、ダルカナにある図書館へと向かった。
ダルカナ周辺の迷宮に関する記録を集めるためである。
これから次元迷宮に挑むうえで、何に気を付けるべきか調べようと思ったのだ。
こんな時、シルフィは読書に滅法強かったので、調べ物ではかなりの力になってくれた。
クリスもまた、若干めんどくさそうにしつつも、わたしの言う通りに一緒に調べ物を手伝ってくれた。
そうしてどっぷりと日が暮れた頃になって、わたしたちはようやく宿に戻る。
食事や着替えはそこそこに、二人はぐっすりと眠りについた。
三人のベッドが並ぶ部屋にて、クリスやシルフィが睡眠を取っている横で、わたしだけは図書館から借りた本を、引き続き調べ上げている。
――別に、仕事を押し付けられているわけじゃない。
わたし自身が、できるだけのことをやりたくて、やっているだけの事だった。
*
次の日――わたしたちは再びダルカナの冒険者ギルドへと訪れていた。
受付の人に話を通すと、ギルド側が用意したという冒険者たちと早速会うことになる。
「アンタらか? 俺らと一緒に迷宮に挑むってヤツらは」




