第十八話. 冒険者ギルドにて(二)
――以上、三つ。
ハワードさんは、それぞれの次元迷宮に対して、手短かに説明してくれた。
「次元迷宮には、階層というものがあります。入り口に足を踏み入れれば一階となる空間から始まり、空間内のどこかにある別の空間へと渡る『穴』を見つけることで、次の階層に進むことができます。記録の上では、各迷宮の最高到達階数は次の通りです」
常闇の洞穴――最高到達フロア、五十五階。
ファノグの樹海――最高到達フロア、四十階。
氷晶華の渓谷――最高到達フロア、三十五階。
「それ以上の階層に進んだ人はいないのですか?」
わたしが尋ねると、ハワードさんは静かにかぶりを振った。
「正確に言えば、それ以上の階層に進んで、生きて帰った人はいないのです。次元迷宮は奥に進めば進むほど、強力なモンスターが生息しています。それ以上の階層に何が待ち受けているのか、まったくの未知数なのです」
「なるほど……。ところで、最高到達フロアが少ない程、難易度の高い迷宮になるということでしょうか? そうなると、一番簡単なのは常闇の洞穴で、一番難しいのは氷晶華の渓谷ということになりますよね」
「そうなりますね……もっとも、一番簡単といっても、一般人が碌な準備もなしに入り込めば、まず生きて帰ることは不可能です。それくらいの危険度は弁えてください」
もちろん、わたしとしても、今までの話からそこまで侮るつもりなんてない。
挑むときにはしっかりと準備を整えてから突入するつもりだ。
「うーん……」
いくつか疑問点があった。
わたしの心情を表したのか、尻尾もハテナマークを描くようにくねっている。
この際、質問は全てハワードさんにぶつけることにした。
「思ったのですが――あなたたち冒険者ギルドでも、迷宮の最奥を目指そうとしたことはないのですか?」
尋ねると、ハワードさんは厳かに反応した。
「無論、あります。ですが、誰一人として帰ってこなかったということもあり、今となってはそれ以上の階層を攻略しようとするパーティはおりません。そもそも我々冒険者ギルドでは、冒険者たちに対して一定以上の階層に踏み入ることを禁じているのです」
「え……それって、冒険者たちに冒険するなってことですか?」
わたしは目を見開いてハワードさんに尋ねる。
壮年のギルドマスターは、当然のように重々しく頷いた。
「……ある程度の低階層でも、貴重なアイテムを回収したり、価値のあるモンスターの素材を手にしたりすることは可能です。例えば漁師などは『いかに安全に、効率よく魚を捕る』ことに注視するべきで、海の奥底に何があるのかまでは知る必要はありません」
ハワードさんは更に熱弁を振るう。
「本来、ギルドとはそういうものです。ギルドとは最大利益を得るための協同体であり、このギルドにとって価値のあるものは、迷宮の奥で手に入るアイテムよりも、実力のある冒険者たちであると私は考えます。私はギルドマスターとして、実力に見合わないような危険度の高い冒険に彼らを送り出し、無駄に死なせることを許すわけにはまいりません」
「――――」
含蓄のある言葉だった。
この人が、いかに自分のギルドに所属する冒険者たちを大切にしているのか理解できる。
もしも、こんな人がわたしのいた世界で社長をやっていたら、その会社はさぞホワイト企業になっていたことだろう。
「わかりました……もう一つ、基本的な質問ですみませんが、森や渓谷は空からの進入はできないのでしょうか?」
すると、ハワードさんは即答した。
「それは無理ですね。たとえ上空からの突入だろうと、不可思議な力で一階に強制転移されてしまうのです。階層といったところで、物理的に階が連なっているわけじゃないのですよ。だからこそ『次元迷宮』と呼ばれているのです」
「そうですか……馬鹿な質問をしてすみません」
そもそも、そんな単純な方法で奥の階層に行けるのなら、苦労なんてあるはずもない。ちょっと考えれば分かることだった。
ギルドマスターは朗らかに微笑んだ。
「いえ、大丈夫です――他にご質問は?」
沈黙が落ちる。
わたしだけでなく、シルフィやクリスもひとまずは質問がないようだ。
ハワードさんは一つ頷いた。
「あなた方に、これらの次元迷宮への立ち入り、および特例として、深層へ進むことを許可します――ただし、我々側にも条件があります」
「条件ですか?」
「はい。我々ギルド側の冒険者とパーティを組んで、協同で迷宮攻略に挑むことです」
その申し出に、わたしたちは顔を見合わせる。
「……構いませんが、それはどうしてでしょうか?」
「理由としては二つありますね。一つは、我々のメンツの問題です。失礼を承知で申し上げますが、仮にあなた方が次元迷宮の奥で死んでしまい、それを座視していたとあっては、立ち入りを許可した我々としても面目が立たないのですよ。この調査の成否に関わらず、ギルド側としても精一杯の協力をしたという形を示さなければ、『セフィラの盾』に対して申し訳が立ちません」
「なるほど……」
「もう一つは、純粋にあなた方に調査を成功させてほしいのです。この調査がもとで迷宮の謎が解明されれば、それらは我々にとっても利になります。そのためには、迷宮を熟知した冒険者の協力がきっと役に立つでしょう。ようは、我々もあなた方を応援したいのですよ」
「――――」
それは――願ってもないことだった。
正直に言えば、どれだけ準備しようと、わたしたちだけで迷宮を攻略することには一抹の不安があった。
だからこそ、これから挑む迷宮を知る冒険のエキスパートが協力してくれるのなら、それはこの上なく頼もしい限りである。
――ただし、それはあくまでハワードさんの言質を鵜呑みにしてのことだ。
あくまで直感に過ぎないのだが――ハワードさんの意図は別にあるような気がする。
それが何なのかは分からない。
けれど――条件と言われている以上、ここは呑むしかなかった。
「分かりました。人員の選出は、あなた方がしていただけるのでしょうか?」
「ええ、それはお任せください……」
ハワードさんは、朗らかに笑った。
そこで彼は、「もう一つ」と条件を付け加える。
「あなた方の中でリーダーを決め、その者がパーティを指揮してください」
「パーティの指揮……ですか?」
「はい、これは複数人で迷宮に挑む際の決まり事のようなものです。迷宮では、各自が勝手なことをしては、それだけで被害が大きくなってしまう。それを防ぐためにも、パーティの指揮権をリーダーに委ねるのです――それで、あなた方の内、代表となる方はどなたでしょうか?」
「はい、それは彼女です」
クリスはびしっ、と指を向けた。
――わたしの方を。
(――ええええっ!)
わたしは心の中で驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっとクリス――」
ヒソヒソ声で彼女に抗議する。
すると、クリスは淡々とした表情のまま、小声で応えた。
「リーダーの仕事はテイルに全部任せる。そういうの、私はめんど――苦手だから」
本音が漏れてるぞ、このダメ聖騎士。
と――そこに横手から、シルフィが追い撃ちとばかりに意見を述べる。
「その、私も……リーダーはテイルがいいと思います」
期待に満ちた眼差しを向けてくる。
そこまで言われたら、わたしも受け入れるしかなかった。
「はぁ……もう、わかったわよ」
こうなったらヤケクソである。
わたしはハワードさんに向き直った。
「わたしがリーダーです」
「了解しました――それでは、こちらを持って行ってください」
ハワードさんは執務机まで行くと、引き出しから折り畳まれた書状を取り出した。
それをわたしに差し出してくる。
「ギルド発行のこの書簡を持っていれば、ダルカナに存在する全ての武器防具店や、ギルドと提携する施設を利用することができます」
「ありがとうございます」
わたしは深々と礼をしてそれを受け取る。
そうして、場はお開きになろうとしていた。
「明日、またこちらに来てください。我々ギルドの冒険者を紹介いたします」




