第十七話. 冒険者ギルドにて(一)
宿屋の女将さんから言われた通り、冒険者ギルドの建物はすぐに見つかった。
『栄光の通り道』の標識を掲げた大通りの道――商人や冒険者たちが大勢行きかう中を、わたしたちは真っ直ぐに進む。
すると、突き当たりにそれが大きく聳え立っていた。
その施設こそ、冒険者ギルドだった。
さながら神殿のごとく不可侵さを感じられる佇まいは、おそらくは街でも一番大きな建物ではなかろうか。
外観でいえば、わたしのいた世界での国会議事堂みたいなイメージを抱かせる。
ある意味――その表現は適切かもしれない。
ここダルカナにおいて、冒険者ギルドは全てを司る存在といって過言じゃない。その威容は、ただ単に冒険者たちの勤め先というだけではありえないのだ。
その入り口たるや、余所者であるわたしにとって、さながら地獄の一丁目に通じていそうな魔境じみた雰囲気さえ湛えている。
ファンタジーの世界らしく、クリスタルを掲げた門柱を潜り、わたしたちは荘厳な入り口に足を踏み入れたのだった。
*
一階ロビーは、小奇麗だった。
市役所みたいに整然としており、カウンターの奥では、いかにもホワイトカラーめいたギルドの職員が事務作業で奔走している。
わたしのイメージするファンタジー世界の冒険者ギルドといえば、半分酒場みたいな場所という感じで、粗暴そうな冒険者が屯していたりするのだが、ここではお酒を飲んでいる人間など一人もおらず、静粛な雰囲気があった。
とはいえ、やはり冒険者たちの根城であり、事務職員以外の人間は、武装をした戦士や魔道士風の恰好が大半であった。
見るからに実力者ぞろいであり、全員が堅気の人間とは思えない剣呑な雰囲気を携えている。
そんな中で、わたしたちはまっすぐ受付へと向かって進む。
途中、大勢の人間たちがわたしたちに視線を向けるのを、気配だけで感じ取った。
まあ――無理もないことだと思う。わたしたち全員、冒険者って風貌には到底見えないだろうし、全員が十代の半ばもそこそこの女の子だ。
こんなもの、さながら猛獣の群れの中をウサギが堂々と歩いているようなもので、完全に浮きまくっている。
加えて、クリスもシルフィも美少女だし(この際、わたし自身ことは考えないようしている)、実を言えば、ここに来る途中でさえ、すれ違う男性から視線を感じることが多くあった。
まあ、そんなのは今更なので、あまり気にしないようにしているのだけど――
「――すみません」
わたしは、カウンターまでやってくると、受付をやっていたギルドの職員に声をかけた。
背の高い眼鏡をかけた成人男性で、どことなく融通の利かなそうな印象が見受けられる。彼はわたしたちを見ると、アルカイックな表情を浮かべた。
「はい。ギルドに対する依頼でしょうか?」
「いえ、そうではなくて、『次元迷宮』に入りたいのですけれど……」
「え……ギルドに登録志望でしょうか? どなたがですか?」
「わたしたちですけど」
ざわ、と周囲が騒めく。
わたしたちの会話に聞き耳を立てていたのか、周囲からの注目が殺到する。
もっとも――半分は、明らかにわたしたちを馬鹿にするような眼差しだったのだけど。
「あなたたちが……ですか?」
目の前の受付の人も、怪訝そうに目を細めてわたしたちを見ている。
……そりゃまあ、そうかもしれない。
冒険者たちのドレスコードがどんなものかは知らない。
けれど、黒衣の鎧を着たクリスはともかく、シルフィの姿恰好はどう見ても戦闘向きじゃない。わたしに至っては、なんも変哲もない村娘風の服装なのだ。
こんなもの、ラフな私服で企業の面接に行くようなものだろう。受付の人が怪訝な顔をするのも無理からぬことだった。
「せっかくですが、今日は試験日ではないため、ギルド新規登録は受け付けておりません……その辺りは、入り口のボードにも記載あったと思いますがね」
「そうなんですか」
――なんか、露骨に受付の人の態度が変わった。
「あなた達……『次元迷宮』を舐めているのではないですか? さしずめ、家出少女たちが仕事を欲しくて冒険者になったのとお見受けします。どこの世間知らずのお嬢さん方かは知りませんが、ここは遊び半分で来る場所じゃありません」
「――む」
なんとなく、目の前のギルド職員の言い方が癪に障った。
そりゃ、試験日を知らずに来たこっちも悪いけれど、そんな風に上から目線で言うこともないのではないか。
「……ちょっとまって」
唐突に、横手からクリスが割って入った。
「これを読んで欲しい」
そうして、懐から蝋の押された封筒を取り出して、ギルド職員に差し出す。
「なんですか、これは? えっと、なになに……紹介状?」
職員は、クリスから渡された封筒に記載された名前を読み上げる。
すると、あんぐりと口を開け、さぁーっと音すら立てて青ざめていくのが見て取れた。
ギルド職員は、陸に上がった魚みたいに口をパクパクとさせ、水死体もかくやというくらいに顔を青くし、先ほどとは打って変わってユカイなほどに慌てふためる。
「し、ししし、失礼いたしましたっ! 少々お待ちください!」
言って、脱兎のごとく奥の方へと姿を消してしまった。
「……ぶいっ」
クリスはクールな表情のまま、わたしたちに向かってピースサインをする。
先ほどの宿屋にて『試験はどうにかなる』と言っていたのは、こういう訳だったのか。
今渡したのは、おそらくは『セフィラの盾』からの書簡だと思うが、一体どんな偉い人の名前が入っていたのか。
――ざわざわ。
それまで取り巻いていた周囲からの視線が、ハッキリと興味の色を帯びるのを感じ取った。
そんな中でしばらく待っていると、先ほどのギルド職員が顔面蒼白の様子で戻ってきた。
額にダラダラと冷や汗を垂らしまくり、まるで突然リストラ宣告を受けた中年サラリーマンのように恐縮していたりする。
「先ほどは大変失礼いたしました……」
さっきまでの偉そうな態度はどこへやら、わたしたちに平身低頭して阿ってきた。
「ギルドマスターがお待ちです。どうぞ、こちらへお越しください」
そうして、奥へと案内しようとする。
わたしたちは彼に連れられるままに、ギルドの奥部へと足を踏み入れた。
瀟洒な廊下を歩き、階段を昇って三階へと向かう。
三階の廊下は非常に静かで、一般は立ち入り禁止の区画なのだろう。おそらくはギルドの中でもかなりの権限を持った者しか入ることが許されていないのではないだろうか。
廊下の途中では、左右に見事な冒険者たちの肖像画が並んでいる場所があった。
察するに、冒険者ギルドで活躍した歴代の英雄だろうか――
そうして、奥の部屋の前へとたどり着く。
「こちらがギルドマスターの執務室です。どうぞ、お入りください」
ギルド職員が遠慮がちに扉を開ける。
わたしたちが中に入ると、部屋の中では一人の壮年の男が待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。『セフィラの盾』のみなさん」
優雅な仕草で構えつつ、男が柔和な笑みを浮かべた。
見たところ、年齢は四十代半ばほどだろう。
渋みのある整った顔立ちに、瞳には知的な光を湛えた人物である。
髪には白いものが混じっているが、衰えを知らぬほど恵まれた体格をしており、かつては極めて能力の高い冒険者であったことが窺えた。
仕立てのいい服装を身に纏っており、胸元にはかなりの身分を示すバッジを掲げている。
「当方は、ギルドマスターを務めております。ハワード・オルブライトと申します。どうぞよろしく、可憐なお嬢さん方」
そういって、ハワードさんは握手を求めてきた。
「こちらこそ――」
そのあまりの自然体に、わたしも差し出された手を握り返す。
――非常に硬い手だった。
もはや疑いようもなく、目の前のギルドマスターは、過去に優れた冒険者だったのだろう。否、下手をすれば今でも現役で戦えるのかもしれない。
その後、わたしたちは互いに自己紹介を交わす。
「わたしはテイルです。こちらは、シルフィとクリスになります」
わたしは後ろに控えているシルフィとクリスを紹介する。
ハワードさんは、わたしたちを見回した後、
「以前より、『セフィラの盾』から迷宮調査の要請がありました。それにしても――ここまで年若い方々が来られるとは思いませんでしたが……」
「ええ、まあ……」
本来の調査班の人たちは死んでいた、とは言えない。
「早速ですが、話を進めたいと思います。紹介状には、あなた方が『次元迷宮』に挑むのを許可してほしいと記載ありましたが」
「はい。その通りです。実は――」
わたしは、グレイズ総帥から説明を受けたことを話す。
帝国の異世界転生者たちが、征服した国々の『次元迷宮』を調査していることを説明した。
『次元迷宮』の奥には一体何があるのか――『セフィラの盾』としては是非とも突き止めなければならないのだった。
「ふむ……事情は分かりました。良いでしょう、あなた方に『次元迷宮』への立ち入りを許可します」
わたしたちは顔を見合わせ、やった、と内心で声に出し、頷きあう。
「こちらを見ていただきたい」
ハワードさんは、机の上に地図を広げた。
それは、ダルカナとその周囲の一帯を記したものだった。
「ダルカナ周辺には、全部で三つの『次元迷宮』が存在しています」
見れば、地図にはダルカナを中心として、三角形を結ぶように三つの印が取り囲んでいた。
ハワードさんはその内の一つに指で示す。
「一つがこちら――『常闇の洞穴』です。
常に光なき闇が支配する洞窟で、挑む際には松明といった光源が必須となります。迷宮には、 D.D.ゴブリンやD.D.オークといった闇の眷属が跋扈しております」
「でぃーつー?」
「ディメンション・ダンジョンの略称です。『次元迷宮』にのみ生息するモンスターに対し、我々はそういう呼称を付けています」
次にハワードさんは、地図にあるもう一つの印を指さした。
街の東の方に、地図の上からでも分かるほど広大な森が広がっている。
「もう一つがここ――『ファノグの樹海』。
深い木々に覆われており、迷い込んだものを喰らうという、静かなる人喰い樹海です。一説には、樹海そのものが生きているとさえ言われています」
そうして最後に、街の南西にある山間の印を指した。
「最後がここ――『氷晶華の渓谷』です。
地の底まで続くような深い谷で、水晶で作られた花のような鉱物が採れる、非常に美しい場所となっております。ですが――その美しい景観とは裏腹に、挑んで戻ってくる者は非常に少ないとさえ言われています」




