第十六話. クリスの提案
――話は数日前の事だった。
ここダルカナの路地裏にて、複数人の他殺体が発見されたそうだ。
死体の損壊は酷く、また、街の人間ではなかったため、当初は身元不明として処理されかけていたが、最終的には宿屋の記録と証言から、イデルヴァリス出身の神殿騎士であることが判明した。
何を隠そう、その者たちこそ、グレイズ総帥が用意した『セフィラの盾』所属の迷宮探索班であった。
けれど、話が不可解なのはここからである。
犯行時刻は夜間だと推測されているが、目撃証言の少なさから犯人は全くの不明だった。
そもそも、被害者の騎士たちは全員武装しており、誰もが並外れた戦士である。
そんな彼らが、ろくに戦闘をした痕跡すら残さず、まるで強力な一撃を浴びせられたように全身バラバラとなっていたのだ。
それを可能とする下手人とは、何者なのか。
また、彼らはどうして路地裏で殺されていたのだろうか。
一体何が目的で殺されたのだろうか。
全てが謎に包まれたこの事件は、未だに解決の糸口が見えていないらしい。
――以上が、街の衛兵から事情を聴いた話である。
*
――『林檎と妖精亭』は酒場兼宿屋みたいな場所だった。
まだ日が高いゆえに、店の混雑具合は疎らであったが、一階の酒場はそれなりに繁盛しているようだ。仕事上がりの冒険者や商人たちが、騒々しく酒を酌み交わしている。
わたしとシルフィは、そんな彼らを横目に見つつ、隅っこの席で待機していた。
一応、テーブルの上には軽食程度の食事が注文されている。けれど二人ともあまり食欲は湧かず、沈鬱とした空気の中、唯一ここにいない人物を待つばかりだった。
クリスは現在、『セフィラの盾』本部に連絡を入れている。
合流するはずだった迷宮攻略班が全員死んでいたとあって、本部に指示を仰ぐためだった。
「……お待たせ」
そうこうしている内に、疲れたような顔でクリスが戻ってきた。
わたしは隣に座った彼女にさっそく尋ねることにする。
「どうだった?」
「うん、遠話盤で連絡してきた。そうしたら、人員の補充が必要だけど、すぐには無理だって言われた。今回殺されたのが『セフィラの盾』でも実力者ばかりだから、代わりとなる人材なんてすぐに用意できないって」
淡々とした口調で説明する。
「そうなんだ……」
「ここに来るまでの距離もあるから、本部から人員が来るとしても、早くてひと月はかかると思う」
クリスは冷静に見解を示す。
増援がすぐに来られないとなると、『次元迷宮』の攻略はいきなり頓挫してしまうわけだが――
「あの……クリスさん、それだと私たちはどうすればいいですか?」
不安を集めたような目で、シルフィが尋ねる。
問われたクリスは、平然とした表情のまま答えた。
「ん……本部としても、どうするべきかは決めかねているみたい。私たちにどうしろとは言わなかった」
そこで一度切ると、クリスは粛然と続ける。
「私たちが取れる行動は三つある。一つは、増援が来るまでダルカナで待機。二つ目は、一旦イデルヴァリスに引き返す。そして三つめは……」
「――三つめは?」
わたしが先を促す。
クリスは得意げな表情を浮かべ。
「――わたしたちだけで迷宮を攻略する」
「「ええっ!?」」
わたしとシルフィが声をハモらせて反応した。
「……駄目?」
クリスは子犬みたいな目で問うてくる。
「いや、ダメというか……。というか、いいの? わたしたちだけで勝手に挑んで」
「大丈夫……さっき、許可はもらった」
「あ、そうなんだ」
「『アホか、勝手にしろ』って言われた」
「――って、呆れられているだけでしょ、ソレ」
「待ってください、危険ですよ!」
反対票を出したのはシルフィだった。
「『次元迷宮』の最奥に到達できた人間なんて、西方大陸の歴史上存在しないっていわれています。奥に何が待ち構えているのかも分からないのに、私たちだけで調査なんて無理ですよ!」
シルフィは必死に考えを改めるよう言っている。
それは無理からぬことだった。
わたしは自分の記憶を取り戻すという目的上、『セフィラの盾』に協力しているけれど、シルフィは目的があって今回の任務に同行している訳じゃない。
彼女はあくまでわたしの付き添いとしてここに来ているだけなのだ。
だから、危険な橋は渡れないという彼女の考えも理解できる。
わたし自身、『セフィラの盾』の十分なバックアップがあるならばともかく、シルフィをそんな危険なことに巻き込みたくはなかった。
そういうわけで、わたしもシルフィに同意する。
「うん、『次元迷宮』には、ただでさえ危険なモンスターがウヨウヨしてるんだよね。わたしたち三人だけだと、いくらなんでも無謀なんじゃ――」
「それは問題ない」
クリスが嘯いた。
「? どうして?」
彼女は、さも当然のことを口にするように。
「モンスターは、私が全部斃すから」
確固たる自信と根拠をもって、断言した。
「――――」
わたしとシルフィは言葉を無くす。
背筋が寒くなるどころの話じゃない。
なぜならば、クリスの言葉は大言壮語じゃない。
底知れないほどの実力に裏付けされた事実を口にしているだけなのだ。
確かに、クリスは強い。
それは先日の野盗との遭遇戦で実証済みだ。
それに――これはあくまでカンだけど、あの戦いですら、クリスは全く手の内を明かしていないように見えた。
この娘の実力は、きっとわたしたちの想像の範疇を超えているのだろう。
「大丈夫――『次元迷宮』なら、以前にも一回だけ挑んだことがある……この街じゃないけれど」
そう言って、クリスはわたしの目を真っ直ぐに見据えた。
「テイル、あなたはどうなの? 『次元迷宮』の奥に何があるのか、確かめたいと思わない?」
「それは――」
危険かもしれない――けれど。
帝国の異世界転生者が興味を持つという迷宮の奥――もしかしたら、わたしの記憶にも関わりのある、何かがあるかもしれない。
考えたって何かが出るわけじゃない。
まずは行動を起こすべきなのだ
「……うん、わかった。行こう」
「――テイル!」
シルフィが悲鳴に近い声を上げてわたしを見た。
「ごめんなさい、シルフィ……。けれど、異世界転生者に関係あるのなら、わたしは確かめたいと思う。せめてシルフィだけは、地上で待っていて欲しいんだけど……」
そう言うと、シルフィは黙り込んでしまう。
やがて観念したように。
「……そんなの、酷いですよ。テイルが危険なところに行くって判っているのに、私だけ待っているなんてできません。私も行きますよ」
「ありがとう、シルフィ」
わたしは万感の思いで、シルフィに礼を述べた。
そしてすぐに、クリスへと向き直る。
「ねえクリス、わたしたちだけで行くのはいいけれど、二つだけ条件があるの」
「うん、何?」
わたしは指を一本立てて言った。
「一つ。安全第一、全員が無事帰還できることを優先して調査する事。ちょっとでも危ないって思ったら、引き返すようにしてほしいの」
「うん、わかった。もう一つは?」
「ちゃんと準備してから行くこと。事前知識や装備を十分にしてから挑むこと。これは絶対」
そもそも、こうした死地をナメて挑むなんて、漫画や映画などにおける死亡フラグの典型ではないか。
某ゴブリン殺しの漫画然り、準備不足のために悲惨な末路を迎えるなんてゴメンである。
「うん……それでいい」
クリスもわたしの言葉を承諾してくれたようだった。
その時、不意に横手から声がかかる。
「あんたたち、余所者かい? 『次元迷宮』に挑むとか言っていたけど」
見れば、宿屋の女将さんらしき女性がそこにいた。
「ええ、まあ、ちょっとした事情があって」
わたしは曖昧に笑って応対する。
女将さんは気の良さそうな笑みを浮かべた。
「あー、アンタらお上りさんだね。よくいるんだよ、『次元迷宮』に挑んで一旗揚げようって若い子たちが」
「へえ、そうなんですか」
「一応言っておくけどね。ダルカナ周辺の迷宮は、全部冒険者ギルドの管理下だから、許可がないと入れないよ」
「冒険者ギルド?」
「そうさ。それどころか、都市内の武器防具の店を利用するにも、ギルドの許可が必要なんだから」
「武器を買うにも、ギルドの許可が必要なんですか?」
「そりゃまあね。この街じゃ、冒険者ギルドが全て支配していると言っても過言じゃないさ。何しろ、ここは冒険者の街なんだから。だから、ギルドに登録しないと、迷宮にすら入ることができないんだよ」
「わかりました。ありがとうございます」
素直に助言を受け入れて礼を言った。
すると、女将さんは気を良くしたようだった。
「威勢がいいねぇ。じゃあこれは知っているかい? ギルドに入るにも、それなりに厳しい試験を受ける必要があるのさ。何も知らずにやってきた者の半分以上は、試験に合格できずにすごすごと引き返すことになるんだけどね」
「試験……ですか?」
「最低限の実力さえないヤツに迷宮に入られても、かえって死者を増やすだけじゃないか。ギルドとしては、誰でもウェルカムってわけにはいかないのさ。この街じゃ、基本的に実力第一でね。やってくる者の素性まではとやかく言わないけれど、棒にも箸にもかからない足手まといはいらないんだよ」
すると、クリスが口を挟んだ。
「試験は何とかなると思う……」
クリスがそう思う根拠は不明だったが、ともかく、行ってみなければ始まらないのは確かだった。
「うん、そうとわかったら決まりね。冒険者ギルドに行こう」
すると女将さんは呆れ半分の心配顔を浮かべた。
「大丈夫かい? ハッキリ言って、『次元迷宮』はアンタらみたいな女の子が気軽に挑めるもんじゃないよ。しんどいし、危険は多いし。命を落とすことだってある。それよりも、三人ともせっかくそんなキレイな顔立ちなんだし。仕事先が欲しいんなら、ウチのところでウェイトレスをやらないかい? きっと売れっ子になると思うけど」
忠告はありがたいが、ここまできて引くことはできなかった。
「ありがとうございます。けれど、わたしたちにも事情があるんです」
わたしがそう言うと、宿屋の女将さんはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「冒険者ギルドに行きたいんなら、『栄光の通り道』っていう街の中心にある大通りをまっすぐ行けば、すぐに見つかるさ。けどまぁ、やめときゃいいと思うけどねぇ」




