第十三話. フォルボア峠の道
その日のうちに、わたしたちは旅支度を終えると、『セフィラの盾』が用意してくれた馬車へと乗り込む。
屋根付きの立派な馬車だった。
わたしたち三人を乗せると、馬車は御者に率いられ、聖都イデルヴァリスを離れてダルカナへと出発する。
ひとたび都市を離れれば、後はなだらかな平原が続くだけだった。
長閑に伸びる平原の道を、一台の馬車がゆったりと進んでいく。
たとえ代わり映えのない光景の連続だったとしても、広大な景色が流れていく様は、見ていて心躍る。わたしは旅を楽しむ心地で窓から外を見ていた。
「迷宮都市ダルカナか……どんなところだろう?」
途中、何気なしにわたしはそう口にする。
すると、正面に座るクリスが応じた。
「かなり大きな街。イデルヴァリスには及ばないけれど、商業が発展していて、ちょっとした自治都市と同じくらいの規模がある」
その言葉に、わたしは気になって訊いてみる。
「クリスは行ったことがあるの?」
「ううん、ない。けれど、有名な場所だから」
「ダルカナなら、私も聞いたことがありますよ」
わたしの隣に座っているシルフィが口を挟んだ。
「西方大陸の冒険者にとっては憧れの地です。かの地には、迷宮の奥に眠る神秘を求めてやってくる人が後を絶たないとか……。一攫千金を夢見る者や、名を上げようとする冒険者たちが日々『次元迷宮』に挑んでいるそうです」
「ふぅん……。そういえば、その『冒険者』っていうのはそもそもどういった人たちなの?」
そう尋ねると、シルフィは少し考える仕草をした。
「えっと、一般的には未開の地や危険地帯を探索して、危険な魔物を倒したり、稀少度の高いアイテムを持ち帰ったり、調査データを公表したりする人たちのことですね。財宝などを発見すれば、身一つで財を築くこともできるので、多くの若者が冒険者を夢見ているといわれています」
「へえ……」
わたしの脳裏には、ハリソン・フォードの映画がイメージとして浮かんでいた。素直にカッコいいとさえ思う。
「けれど、一口に冒険者といっても、ピンキリだから」
そこに、クリスが無表情のまま付け加えた。
「冒険者は、ある程度の実力さえあれば、どんな人間だってなることができる。だから、罪を犯したならず者や、職を失った食い詰め者が仕方なしに冒険者になる場合もある。これから向かう迷宮都市には、当然、そういった人たちが紛れていることもあるから、それは忘れないで」
「そっか……うん、わかった」
わたしは頷いた。
つまり、これから向かう街は、必ずしもすべてが夢に満ちて煌びやかというわけではないのだろう。
「大丈夫。あなたたちは、私が守るから」
若干表情を固くするわたしに対し、クリスはそう断言した。
それは絶対の自信だった。
黒衣を身に纏った少女の騎士は、ただ事実としてその言葉を口にしている。
それは、わたしたちが抱く不安すらも切り捨ててしまうほどの説得力を含んでいた。
「――――」
ふと、わたしはクリスの隣に立てかけられている物体に目をやった。
クリスが馬車に乗り込むときに持ち込んだものであった。
黒く塗りつぶされた長方形の立方体。さながらギターケースのような大きめの箱は、まるで棺のようにも見受けられる。
気になってはいたが、訊く機会もなかったため、わたしは尋ねることにした。
「ねえ、クリス。それって一体なんなの?」
すると彼女はきょとんとして答えた。
「私の武器」
「武器……って、その中に剣とか入っているの?」
「そんなところ」
それ以上、クリスは説明しようとしなかった。
妙に会話が途切れてしまい、わたしは話題を変えることにする。
「クリスは、どうして『セフィラの盾』に入ったの?」
質問ばかりで申し訳ないと思ったが、クリスは気にした風もなく応えた。
「別に、騎士の仕事ができるならどこでもよかった。国を追い出されて、他にやることなんてなかったし」
一国の王女が身一つで国を追放されるなんて、相当な困難だと思うが、彼女は本当に気にした風もなく答えたのだった。
「最初は退屈だと思っていたけれど……今はよかったと思っている。こうしてテイルと出会えたから。……うん、やっぱり、私はテイルのことが好き。あなたが私のことを友達としか見てなくても、私はあなたのことが好きだから」
真っ向からわたしを見つめ、臆面もなくそのように口にする。
改めて見れば――やはりクリスはとんでもない美少女である。そんな彼女に見つめられて、そんな風に言われたら、たとえ女の子同士でも気恥ずかしい気持ちになってくる。
「えっと……その、ありがと」
わたしは窓の外に目を逸らして、それだけを口にした。きっと今の自分は、傍目にも分かるほど赤面していることだろう。
――どうして窓側に目を逸らしたかというと、反対側ではシルフィが、むーっとふくれっ面を見せて睨んでいたからであった。
シルフィの気持ちが分かっているだけに――ヤンデレの包丁もかくやというくらい、その視線はかなりわたしにグサグサと刺さっていた。
放っておけばシルフィの瞳からハイライトが消えかねない事態になると察して、わたしは内心慌てて話題を変えるべく努めた。
「そういえば、クリスはそもそも、どうして騎士になろうと思ったの?」
「それは――」
クリスが応えようとした、その時である。
ヒヒィン――と、馬が大きく嘶き、馬車が急停止する。
突然の停止による大きな揺れがわたしたちを襲うが、クリスはこの揺れの中でも平然とバランスを保っており、一方でシルフィが体勢を大きく崩そうとしたところを、わたしが咄嗟に庇ってその細い身体を受け止めた。
「き、騎士様ぁ!」
御者の人の悲鳴が聞こえる。
わたしは馬車の窓から外の様子を伺った。
周囲は切り立った崖に囲まれて人気のない場所であり、そこで馬車は十数騎もの武装した男たちに囲まれていた。
(――野盗!?)
かつて、ファクトの村に訪れた無頼漢たちと同等の気配を、その剣呑な男たちは身に纏っていた。
目の前にいるクリスは、この状況でもクールな表情を崩さない。
はぁ、と彼女は小さくため息をついた。
「おかしいなぁ……。この辺り、治安がいいと思っていたけれど、帝国の侵攻がこんなところにも影響がでているのかな……」
「クリス……」
「二人はここにいて。……私一人だけで終わるから」
そういって、クリスは黒い棺を背負って馬車の外へと出ていった。




