第十一話. 記憶の在処
修道院の敷地内にある鬱蒼とした森の中。
クリスに連れられて、わたしとシルフィはその森へとやってきていた。
それほど広くもない森であり、あたりには建物一つも見当たらない。
「――――」
若干、不安になる。
周囲に人の気配はない。そもそも、このような見どころもない場所、用もなければ誰も好き好んで来ないだろう。
前を歩くクリスに遅れて、わたしとシルフィはその後に続いていた。
「ねえ、本当にこんなところに異世界転生の研究所があるの?」
怪訝に思って問いかける。
「ん……来ればわかる」
すると、クリスは森の中心にいくと、突然しゃがみ込み、手をかざした。
一言二言、何か呪文のようなものを呟く。
途端――
ガコン、と音を立てて、地面にぱっくりと大きな穴が出現した。
「――わわっ!」
驚いて目を見開くわたしとシルフィ。
サンダーバードの秘密基地もかくやという仕掛けに、若干面食らう。
見れば、そこには地下へと続く階段があり、その先には光届かぬ闇だけが広がっていた。
「ついてきて」
クールな装いを崩さず、クリスは階段を降りていく。
わたしとシルフィは一度顔を見合わせるも、意を決し、クリスの後を追った。
階段の半ばくらいまで進むと、再び音を立てて背後の穴は閉まる。
すると、燐光のようなものが浮かび上がり、階段を照らし始めた。
円環状に続く階段は長く、まるで地の底へと続いていくような錯覚さえ覚える。
「なんていうか……ずいぶんと大仰な仕掛けね」
「研究している内容が内容だから」
そうして、階段を降り切った先の行き止まりに辿り着く。
そこには扉が一つあるだけであり、重苦しく来訪者を拒んでいた。
クリスはやはりここでも何か呪文を唱える。
すると、扉は独りでに開き、中から溢れた光に一瞬視界を奪われる。
「わぁ……!」
視力が機能を取り戻すと同時に、わたしは驚いて声を漏らした。
せわしなく動き回る研究員たち。
数多くの書物や、用途不明のカプセルが並ぶ光景。
広大な研究施設が、わたしたちの目の前に現れたのだった。
*
研究所にいた人にクリスが話をつける。
そうして、わたしは医務室のような小部屋に通された。
部屋には年かさの女性研究員が一人座っていた。
ファンタジーの世界っぽく、魔法使いっぽいローブを着込んだ研究員だった。
よほど多忙なのか、女性は手入れの足りない肌を露出しており、白髪交じりのぼさぼさの髪を後ろに雑に纏めただけである。
いかにも物臭な感じは否めないが、その双眸は知識欲に溢れて爛々と輝いており、外見を着飾ることではなく、自分の仕事によって自信を積み重ねたタイプの女性であることが伺えた。
シルフィやクリスは別の部屋にて待つこととなり、わたし一人だけ女性と対面する。
年かさの女性研究員は椅子に腰をかけつつ、やってきたわたしを眺めていた。
「総帥から話は聞いている。アンタの記憶喪失をどうにかしてほしいってね」
「はい」
わたしは頷いた。
いかにも権威のありそうな相手に対して、物怖じせず真っ向から視線を返す。
女性はひとつ頷くと、値踏みするようにこちらを見た。
「いいだろう。……ただし、こっちからも条件がある」
「条件ですか?」
「なあに、ギブアンドテイクってやつさ。お前も聞いていると思うが、ここは異世界転生の研究所だ。そしてアンタは異世界転生者、いうなれば、生きたサンプルだ。アタシたちがアンタを診る代わりに、アンタもこっちの研究に協力してほしいのさ」
「協力って、いったい何を……?」
わたしは不安になって尋ねる。
女性は、ニヤリとギャンブルに挑む賭博士のような笑みを浮かべた。
「まあ、そんな難しいことをさせるつもりはないよ。とりあえず最初は、アンタの身体を調べたい。血液をいくらか取らせてほしいのと、簡単な診断を受けてもらう。追々、別の事にも協力してもらいたいが、今はまだいい。拒否権はその都度与えるつもりだ。どうだい?」
「――――」
わたしは一瞬返答に詰まった。
危険な研究のモルモットになれという提案なら即答はしかねるが、しかしどの道、ここまで来て他に選択肢なんてあるはずもなかった。
「――わかりました。協力します」
「よし、話は決まった! それじゃ、こっちにきてくれ」
*
わたしは魔道士に連れられて別室に行くと、まずは注射針で採血される。
裸になるように指示を受け、わたしは服を脱いで下着だけの姿となる。
その後は、なにやら珍妙な道具や魔法を使い、身体の検査を受けた。
さながら学校の健康診断のような感じではあった。幸いというか、測定するのは女性の研究員であり、わたしはホッとする。
とはいえ、ジロジロと裸を見られるということに恥ずかしさを覚えたのは事実であり、わたしは無心になって諾々と指示に従い、測定を終えたのだった。
そうして一通りの検査を受けて、元の部屋に戻ると、再びあの女性研究者と対峙する。
「さて、アンタの記憶について話をする前に、少しだけ説明しようじゃないか。そもそも、異世界転生の術とはいったい何なのかについてだ」
女性はおもむろに立ち上がり、さながら教師のように解説を始めたのだった。
「異世界転生には、大別して二種類存在する。『異世界転生』と『異世界転移』の二つだ。前者は、別世界の死んだ魂がこの世界の新たな命に宿ることで、まあ、一般的にイメージしやすい生まれ変わりはこっちだな。そして後者は、生前の肉体を保ったままこの世界にやってくることのことだ」
「だから、『転移』っていうのですね」
「そうだ。ただし、転移といっても、生前と同じ肉体をこちらの世界にも再構築して、魂を移し替える行いなのだから、実質的には生まれ変わりといって差し支えない」
そこで一度言葉を切る。
「さて――ここまでの話を聞いて、異世界転生にはある共通点が存在する。それはなんなのか分かるか?」
もったいぶった言い方に、わたしは一瞬回答に詰まる。
考えを巡らして、わたしは冷静に答えを口にした。
「どちらも『生前の魂』を使っている――ということですか?」
「その通り、魂、これこそが今回の話の核だ。よく覚えておくといい」
女性はチョークを持つと、部屋の壁に設えられていた黒板に力強く図を書き出した。
「では、魂とはいったい何なのか? 人間とは、『肉体』、『魂』、『精神』の三つから成り立つといわれている。ウィル・ファザードでは古今東西、魂に対する研究が数多く行われてきたが、未だに明解な答えには至っていない。ただ分かっているのは、それが個々の人間を機能させる上で重要な役目を担っているということだ」
「――――」
話がややこしくなってきた。
加えて、魂だなんて抽象的過ぎるし、哲学的な命題も関わってくる。
女性研究員は、更に話を進めた。
「人間が死ぬと魂はどうなるか。一説には、『大いなる一』と呼ばれる場所に行くとされている。まあ、いうなればあの世だな。魂はあるべき場所へと還り、そして再びこの世界に生まれ落ちる。そうやって世界の魂は循環すると言われている」
黒板に、二つの世界を書き出して、ぐるぐると円を描く。
わたしはじっと傾聴して、理解しようと努めた。
――正直、このような一方的な講義は聴いている方も疲れるのだけど。
「そうなると、普通の転生と、異世界転生には一体どのような違いがあるか。どうして異世界転生者は強大な力を持ってこの世界に生まれ落ちるのか。――ここでポイントとなるのは『異世界』という点だ。我々はある仮説を立てた。すなわち……個々人の持つ魂の力は世界ごとに違うのではないか、とな」
「それは……どういうことでしょうか?」
「魂は、肉体や精神と密接な結びつきがある。だから、もし仮に魂の力が強大である世界から、魂の力が小さい世界へと魂がやってきた場合、新たに宿った肉体を強大に作り変えてしまうのさ。例えるなら、ドラゴンの魂がアリンコに宿ることで、アリンコの肉体がドラゴンの強さになるようなものだ」
ふと、わたしはガリバー旅行記の話を思い出していた。
ある日突然、小人の国にやってきた主人公。
あれと同じように、魂の力が強大な世界の住人が、そうでない世界にやってきたとしたら、見た目は同じ人間であっても、持っている力に絶対的な開きがある。
「つまり、異世界転生者が総じて強大な力を持っている理由は、魂が原因ですか?」
「あくまで仮説だ。そもそもこれだけでは説明がつかないことがいくつもある。何かしらの手が介入しなければ成し得ないことだ。あるいはそれが――『神』と呼ばれる存在の仕業なのかもしれない」
「神……」
「あるいは、神もどきの悪魔かもしれんな。少なくとも『セフィラの盾』――ミール教の信者は、そんなものを神などとは認めぬだろうさ」
そこで女性研究員はチョークを置いて、言葉を切った。
「さて、ここで少し話を変えて、記憶の話をしよう。そもそも、記憶とは何か。アンタは、人間の記憶とはどこにあると思う?」
「それは――海馬とか前頭葉とか――脳細胞にあります」
「そう、脳ミソ。正解だ。だがそうなるとヘンではないか? 異世界転生者は一度死んで生まれ変わっている。つまり、生前の脳細胞は失われているはずなのに、なぜ前世の記憶を持ち越しているのだ?」
「あ…………」
確かに、言われてみればそうだった。
記憶があることを当たり前のように受け入れていたが、生前の肉体が失われているのなら、記憶がないことの方が当たり前なのだ。
「ここで、先ほどの魂の話が生きるってわけだ。これが話のミソってわけだ。脳ミソの話だけにな。あっはっはっは」
「…………」
女性研究者の寒いジョークには取り合わず、わたしは結論を急いだ。
「つまり……魂が記憶を覚えている、ということですか?」
「その通りだ。うむ、理解の早い子で助かるよ」
女性研究者はコホンと、一つ咳ばらいをした。
「魂というものは、生前の記憶――さらにその前の記憶すらも刻み込んでいる。輪廻転生を超えて持ち越されるヒトの記憶の結晶体だ。ただ、普通ならば、生まれ変わるごとにそれが思い出せないようなっている。ところが異世界転生者は、魂をそのまま移し替えているがゆえに、魂に刻まれた記憶がそのまま持ち越される」
そうして女性研究者は部屋の隅に移動すると、戸棚を開けて何かを探し始めた。
「君が記憶を失っているのは、二通りの可能性が考えられる。一つはこの世界に生まれ落ちる際に、何かしらの事故があって魂の記憶に欠損があったか。もしくは、何者かの手が介入して、あえて記憶を奪われたか――いずれにせよ。魂に何かしらの状態異常が起こっている可能性が高い」
そこで――と、女性研究者はようやくそれを見つけ、戸棚から取り出す。
瓶詰めの蓋を開けて、わたしに差し出してきた。
「これをお前にやろう」
差し出されたソレを目にする。
瓶に入っていたのは、謎の液体だった。
医薬品っぽくはあるものの、見るからに人体に有害そうな色合いをしており、毒とも薬ともつかないシロモノだった。
「魂を活性化させるための秘薬だ。ただし、まだ試作段階で、どこまで効果があるかは不明だが、試してみる価値はある」
「えーと、そんなあやふやでいいんでしょうか?」
もしや、体のいい実験体にする気ではなかろうか。
差し出された液体に対し、冷や汗を垂らしつつ、わたしは小首を傾げた。
「成功すれば、アンタの記憶は蘇るだろうさ。ただし――失敗すれば廃人になるがね」
「ちょっと! なんですかそのリスクはっ! そんなものを簡単に人に飲ませようとしないでください! 本当に大丈夫なんですか!?」
「うん、ダイジョーブ!」
「死ぬほど棒読みじゃないですかっ!」
わたしは改めて目の前の薬を眺める。
これを飲むことは、清水の舞台から飛び降りるどころじゃない勇気が必要だった。
(けれど、今更後戻りなんてできないし……)
えーい、ままよ! と内心で決意し、江戸っ子もかくやという勢いで、ぐいっ、と一気飲みしたのだった。
すべて飲み干して、ふぅと一息付く。
「ほう、潔いことだ……。で、何か変調はあるかい?」
「いえ……。ただ、妙に頭がぼーっとするというか」
「ふむ……。まだまだ様子見が必要だな。魂が活性化するといっても、すぐに元通りになるわけじゃない。しばらくして、突然思い出すこともあるだろう。何かあれば、またここに来るといい」
*
そうして、その場は解散となった。
研究所の待合室に戻ると、心配顔のシルフィに出迎えられる。
わたしは若干熱に浮かされた思考で、彼女に応じた。
時間の感覚もあやふやのまま、夜になり、自室で眠りにつく。
「う……ん……」
魘されるようにわたしの声が漏れる。
――夢を見ていた。
それはただの夢か、それとも自分の記憶なのか。
美しい女性がいる。
まだ少女ともいうべき年齢の、年若い女性だった。
顔ははっきりと見えない。なのに――なぜ自分はその人を美しいと思ったのか。
「――、――」
女性が、自分の名前を呼んでいる。
はっきりと聞き取れない。
鈴の鳴るような声に、ただ聞き惚れるだけだった。
そうして、ようやく気が付いた。
女性の頭部に――狐の耳があることに。
そうして、ようやく夢から目覚める。
ぼうっとしたまま、わたしは朝日を迎えた。
何か、大切な何かを思い出していたような気がするのだ。けれど、それが何なのか、どれほど記憶を探ろうと判然としない。
そんな不明瞭なまま、わたしは着替えを終え、総帥の執務室へと向かう。
グレイズ総帥に呼ばれたのだった。
そう――その日、わたしは『セフィラの盾』に来てから、初めての指令を受けることになるのだった。




