第十話. 求婚されちゃいました(女の子に)
クリスティーヌ・ハンネ・ヴィルヘルミナ・キシュワード――
キシュワード王国の第一王女、ただし、もともと男尊女卑の気質が強いキシュワードにおいて、彼女が王座を継ぐ可能性は低く、実質的な王位継承権は彼女の兄たちのものであると言っていい。
そしてその奇行ぶりは、別の国にまで評判になるほど突き抜けている。
曰く――幼少の頃に、勝手に王宮を抜け出し、全裸の姿で近隣の森を三日三晩徘徊していたとか。
宮廷にて行われた社交界で、どこからか連れ込んだ虫や動物たちを解き放ち、パーティを滅茶苦茶にしたとか。
別段、気性が激しいというわけではない。
しかし、とにかくその破天荒さは目に余るとされ、彼女の教育係は心労のあまり一年で頭髪が抜け落ちてハゲになり、彼女の世話係は常に胃潰瘍が絶えないだとか、そんな伝説がまことしやかに囁かれる有様だったそうだ。
そのような彼女だからこそ、宮廷の貴族たちにとっては物笑いの対象であった。
着飾って黙っていれば、男が鈴なりになるほどの美貌の持ち主であるにも関わらず、同年代の貴族の子女たちからは嘲笑を受け続けてきた。
まるでわたしのいた世界でいうところの、織田信長のような幼少時代だ。
――愚か者のクリスティーヌ。
――野生児のクリスティーヌ。
――虫や動物しか友達のいないクリスティーヌ。
そのような陰口を散々叩かれていたらしい。
そんな彼女が、異例のスピードで聖騎士の称号を得たのは十三歳の時だった。
彼女が最初に騎士になると申し出た際も、周囲の人間はまたも彼女の奇行の一つとしか受け取らなかった。そもそもキシュワードにおいて、一般的に騎士とは男性がなるものであり、女性がなるものではない。とんでもないという声は当然あったが、最終的には認めることとなった。どうせすぐに辞めるだろうと、周囲は高を括っていたからだ。
別名『騎士の国』とも呼ばれるキシュワードは、西方大陸でも名だたる騎士を輩出した武術大国である。
キシュワード国内では、年に何度も武術大会が披露され、その規模は、大陸中の騎士たちがこぞって参加するほどのものだ。
それにも関わらず、自国の騎士たちが毎年のように優勝していることから、その実力は疑いようもない。
わけても『聖騎士』とは、騎士の中でも最高位の者に与えられる称号であり、武芸、知識、品格のすべてにおいて審査の基準は厳しく、たとえ一国の王族であったとしても易々と与えられるものではない。
審査は公平にして厳格――けれどそれは逆に言えば、他を圧倒するような才覚と実績さえあれば、出自を問わず取得できるということでもあり、実際、彼女が従騎士として従軍するようになってから僅か三年で築き上げた功績には、誰もが認めざるを得なかったのである。
当然ながら、このニュースは当時のキシュワードの騎士たちのプライドを粉みじんに砕ききったとされている。
彼らが羨望してやまない聖騎士の称号を得たのが、自分たちが散々馬鹿にしてきた年端も行かない女の子であったなどと、一体誰が許せるであろう。
――その後、何があったのかは分からない。
ゲルトルートさんたちもそこまで詳しく知らなかったので、教えてくれなかった。
ともあれ、クリスティーヌ王女は、聖騎士の称号を得てから一年足らずでキシュワードを追放処分となっている。一説には、無実の罪を着せられたともされており、国王から直々に絶縁されたのだった。
だが、当の本人はそのことをまるで意に介した様子もなく、『セフィラの盾』にやってきてからも、風聞に違わぬ奇行ぶりを見せていた。
メイド服を着て、他の従者に紛れて雑用をしている理由も――『可愛いから』。
聖騎士なのに、闇を思わせる漆黒の装束を着ている理由も――『カッコいいから』。
感性が独特過ぎて、かつ自由気ままに生きており、そのくせ能力だけは他の追従を許さないほど圧倒的なものだから、誰もが扱いに困って近づこうとはしなかった。
とまあ、そんな前情報はさておいて――
現在のところ、わたしはかつてない程の貞操の危機に見舞われていた。
*
深夜――誰もが寝静まった宿舎。
自室のベッドで安眠していたわたしは、突如として覆いかぶさってきた人影に目を見開いた。
「わっ、だ、誰っ!?」
わたしは驚いて誰何の声を上げる。
そうして窓から洩れる月明かりに、ベッドに入り込んできた侵入者の顔が判然となった。
「――テイル、来ちゃった」
「クリス!?」
本日、わたしたちの護衛として紹介された少女騎士がそこにいた。
あろうことか――ベッドに潜り込んできた彼女は、衣服は何も身に着けていない。
年齢不相応に発育し、艶めかしくも健康的な肢体が、月明かりの下に露となる。
「なんですっぽんぽんで、わたしのベッドにいるの!?」
「夜這いに来たから当然」
「女の子同士じゃない!」
「大丈夫、愛があれば関係ない」
「関係あるよっ!」
愛なら仕方ない、などと許容できるはずもない。
そもそも部屋には鍵をしていたはずなのに、どうやって入ってきたのか。
彼女はわたしの両手を抑えつけ、デンジャラスビーストモードで迫ってくる。
振り解こうにも、その細腕の一体どこにそんな力があるのかと不思議に思うほど力が強く、わたしの腕はぴくりとも動かない。
もはや完全に這いよる混沌と化したクリスは、目をとろんとさせて、
「大丈夫……いっぱい気持ちよくしてあげるから」
などと囁いてくる。
いやあああああ――と声にならない悲鳴を上げるわたしに対し、クリスの手が、わたしの衣服にかかったその時である。
「ああああああっ、やっぱり!」
ばたん、と扉を開け放ち、シルフィが大音量で騒ぎ立てる。
「……邪魔者が来た」
「邪魔者ってなんですかっ!」
ぶすっと不満を呟くクリスに対し、シルフィは駆け寄ると、わたしからクリスを引き離すように間に入る。
「嫌な予感がして来てみれば……クリスさんっ! あなたは護衛なんですから、必要以上にテイルに近づかないでって言ったじゃないですかっ!」
「あなたには関係ない。えっと……名前何だっけ?」
「シルフィです! とにかく、テイルは私の友達なんですから、私の目が黒いうちはそんなことはさせませんっ」
シルフィは『私の』を強調しつつ、がーっと怒鳴る。
いや、シルフィ、元から碧眼だし、などというツッコミが脳裏をよぎったが、口を挟むのは躊躇われたのだった。
ヒートアップするシルフィに対し、クリスは眼中にないとばかりに淡々と対応する。
結局のところ、「あなたたち! 静かにしなさーい!」とエリーシャさんが怒鳴り込んでくるまで、このプチ修羅場は続いたのだった。
*
翌朝――
わたしたちは女性宿舎にある食堂で朝食を取っていた。
修道院の敷地内には、聖フェリクス食堂以外にも、各宿舎に食堂がある。
とはいえ、全員が一堂に会するには手狭であり、調理場はあるものの、給仕の人間はいない。あくまで個人が趣味で食事を作ったり、ささやかな食事会を行ったりする程度にしか利用されず、そのため、修道院内の人間は聖フェリクス食堂の方を利用するのだ。
先日に起きたこともあり、わたしたちは聖フェリクス食堂で受け取った食事をこっちに運んで食べていた。
わたしたち以外には人はおらず、テーブルにはわたしとシルフィ、そして向かいに座ったクリスだけである。
傍目には寂しく思える光景であるが、わたしの心中的には騒がしいくらいである。――主に、目の前で座ったクリスとシルフィの間で飛び交う、見えない視線の火花のせいで。
「残念……あと少しだったのに」
「勝手なこと言わないでください! そもそもそんな……不潔なこと、許されるわけないじゃないですか!」
「大丈夫、テイルと私は結婚するから」
「絶対に認めません!」
などと、朝っぱらから喧しく喧嘩するシルフィとクリス。
……うん、人がいなくてよかった。
クリスは、相変わらずダークサイドっぽい漆黒の衣服を着て、優雅に食事を口に運んでいる。もとは高貴なる身分であるだけに、テーブルマナーは完璧らしい。
「ねえ、クリス。あなた、王女様なんでしょ。そんな簡単に結婚とか……立場とかいろいろあるんじゃないの?」
「どうせ勘当くらっている身だから、どうでもいい」
「えっと……そもそもわたしたち、年齢的にも結婚は早いというか」
「大丈夫。私は児童婚にも理解がある。女性同士だとか、子供同士だとか、関係ない」
などときっぱり口にする。
事前にゲルトルートさんたちから聞いてはいたが、思った以上に不思議ちゃんだった。
「本当だから」
「え………?」
あまりに唐突な声だったので、聞き逃した。
クリスは真正面からわたしを見据えて。
「好きになったのは、本当だから」
「――――」
静かな声。
けれど、これ以上ないというくらいの、真剣さでクリスは言った。
シルフィですら、驚いたように反論できずにいる。
その好意に、わたしは若干たじろぎつつ。
「あなたの気持ちはわかった……。けれど、夜中にベッドに忍び込むとか、ああいうのはもうやめてね。無理矢理相手に愛情を強いるなんて、褒められたことじゃないんだから」
「本当ですよ……。聖騎士というか、性騎士の間違いなんじゃないですか、この人?」
シルフィも同意する。
――というか、シルフィも結構毒舌いうのね。
「ま、まあ、それは置いといて……。わたし、結婚とかそういうのは……。ううん、女の子同士がそこまで悪いとは言わないけど――友達ならいいから」
そう言うと、隣でシルフィが、がーん、とショックを受けたようにわたしを見た。
「テ、テイル、あんなのを友達に加える気ですか?」
「悪い子には見えないし。まあ……ちょっとエキセントリックなところはあるけれど……。よかったら、シルフィも仲良くしてあげて」
「はい……テイルがそういうのなら……」
納得がいかない様子で、シルフィは俯く。
クリスは一つ頷いた後。
「分かった」
よかった、分ってくれたみたいだ。
「初めは友達から――」
なんか、分っていなさそうだ。
その目が獲物を見る肉食獣めいているのは、果たして気のせいだろうか。
「聖騎士のフレンド――私の事は、略してセフレって呼んでくれていいから」
「意味違うから、ソレ。二度と人前で口にしないで」
そうして、クリスは一息ついたあと。
「食べ終わったら、一緒に出掛けよう」
「え……また良からぬことをするんじゃ……」
シルフィはあくまで不信な目でクリスを見ている。
「そうじゃない」
クリスはじっとわたしを見つめている。
「記憶、取り戻したいでしょ」
「え………?」
そうしてクリスは、ハッキリと口にした。
「総帥の許可は貰っている。連れて行ってあげる、異世界転生の研究所――『セフィラの盾』の研究錬へと」




