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異世界転生したらエロ可愛い狐娘になって最強タンクです  作者: 白黒一
第二章. 迷宮都市ダルカナ編
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第七話. 食堂での騒乱(二)

 振り仰げば、そこには二人組の騎士がいた。

 年齢はおそらくはゲルトルートさんたちと同じくらい。比較的若い部類だ。

 しかし、身に着けている服装こそ気品溢れたものであるが、纏っている人間の顔立ちとというか、表情は、失礼ながら、その――


 なんというか、悪党っぽい。

 一山いくらのバーゲンセールで売られていそうな、見るからに噛ませ犬的な雑魚ポジションの人たちだったのだ。


(うっわぁ……これはまた、絵に描いたような……)

 わたしは内心そう呟いた。


 そんなわたしの心内は露知らずとばかりに、騎士二人はこっち――というか、ゲルトルートさんたちを見やりつつ、何がおかしいのか、ニヤつきつつ、聞こえよがしに陰口を叩いている。

 ――ああいや、明らかにワザと聞こえるよう言っているのだから、陰口もへったくれもないのだけど。


 ともあれ、こうもあからさまに悪口を言われて気持ちのいいはずがなく、ゲルトルートさんとマクシミリアンさんの二人は、一気に不機嫌のボルテージが上昇していく。


「けっ、第八騎士隊のお貴族サマどもだぜ。ボンボンどもはお気楽でいいよなぁ。俺たちが女引っかけているように見えるんだからよ」

 ゲルトルートさんは、明後日の方を向いてこっそりと呟く。

 それは本来聞こえるほどの大きな声ではなかったが――


「あ、なんだって? 第十七騎士隊の平民たちは口の利き方も知らないのかね?」

 自分の悪口に対しては地獄耳なのか、騎士たちは怒気を露にする。

 ――ていうか、この場合、どっちも煽り耐性なさすぎというか、沸点低すぎと思うのだけど。


「さすが、女の尻に敷かれている軟弱どもは言うことが違うな」

「隊長が隊長なら、部下も部下ってところか」

「あの隊長にしたって、総帥に色目を使って取り入ったってもっぱらの噂だぜ」


「――聞き捨てならねえな」

 途端、ゲルトルートさんが気色ばむ。

「――サイネリア隊長のことを悪く言うのなら」

 続いて、マクシミリアンさんまでもが腰を浮かす。

 先ほどまでの穏やかな装いを忘れたように、二人とも殺気立っていた。


 それまで様子を見ていたわたしであるが、大体の事情は汲み取れた。

 おそらくであるが、ゲルトルートさんたちが所属している第十七騎士隊と、この騎士たちの所属している騎士隊は、犬猿の仲の関係のようだ。


 ――これは、後になって聞いた話だけど、ゲルトルートさんたちの所属している第十七騎士隊は平民出身の騎士が多く、対して身分の高い貴族を中心とした第八騎士隊とは、いろんな部分で反りが合わないというか、事あるごとに対立しているらしい。


 席を立ち、対峙する騎士たち。

 交差する視線からは火花を放ち、今にも殴り合いに発展しそうである。

 ――というか、ここで止めなければ、数秒後にはまず間違いなくそうなっていただろう。


「ちょっと――まってください!」

 わたしは立ち上がって間に入る。


 対峙する四人の真ん中。

 説明しておくが、ゲルトルートさんやマクシミリアンさん、そしてこの第八騎士隊の人たちもかなりの長身の部類だ。

 ここにいる四人とも、目測であるが、わたしなんかとは三十センチ以上も背丈が離れている。

 加えて、彼らはプロの軍人だけあって、体格だって平均的な男性以上に優れていた。


 例えるなら、全盛期のアーノルド・シュワルツネッガーに四方向から囲まれているようなものだ。

 よぼど修羅場慣れでもしていない限り、そんな彼らが一触即発とあれば、男だろうが女だろうがビビるに決まっている。

 シルフィなんて怯えて声すら上げられず固まっているし、彼らに挟まれたわたしも御多分に漏れず、恐怖の感情がコンコンと湯水のように湧いてくる。


「テイル、下がっていてくれ。これは俺たちの問題だ」

「尊敬する方が侮辱されたのです。騎士として見過ごせません」

 ゲルトルートさんたちに凄まれる。

 けれど、わたしは一歩も引かなかった。緊張に強張る表情を抑え、視線だけは不退転で彼らを見回す。


 そりゃもちろん――わたしだって、避けられない戦いなら戦うべきとは思う。

 例えば、凶器を持って押し入る強盗に対しては、武力を以って制圧するべきとは思うし、世の中の全ての争いが話し合いで解決できるなどという楽観は持っていない。


 けれど――と思う。

 ゲルトルートさんたちの腕っぷしを甘く見ているわけではないが、決闘沙汰となれば、彼らが傷つく可能性だって出てくるだろう。

 恩を受けている身として、ゲルトルートさんたちに傷ついてほしくなんかない。

 無関係と決め込むことはできなかったのだ。

 それに――あくまでわたしの価値観としての話だけど、口喧嘩の果てに決闘沙汰なんて馬鹿らしいとは思う。


 いやまあ、第三者の目から見たら、わたしの行動だって十分馬鹿に映るかもしれない。

 わざわざ面倒に首を突っ込む愚か者、と言われても否定できない。

 確かに、わたしはハッキリと部外者だし、ゲルトルートさんたちが、わたしには理解できないような矜持を持ち合わせており、それが今侮辱されているということも理解している。


 ――あるいはこれが彼らの流儀なのかもしれない。

 騎士たるもの、侮辱されたのならば、その面目を立たせなければならない信条というものがあるのだろう。

 わたしのいた現代世界だって、ヤクザとヤンキーと政治家は、売られた喧嘩は買わなければ立ち行かない人々だ。


 だけど――それでもわたしは無意味な争いごとは好まないし、第一に――


「こんなことで一々騒ぎを起こしたら、それこそサイネリアさんに迷惑がかかるでしょう」

 ゲルトルートさんたちだけに聞こえるよう、こっそりと呟いた。

 年下の女の子にそんな風に言われ、二人ともむっとしながらも黙り込む。


 わたしは、ゲルトルートさんたちに背を向けて、対峙する二人の騎士に向かい合う。

 相対する騎士二人は、容赦なくガンを飛ばしてくる。

 興が乗っていたところに、突然水を差されたようで、いたく不機嫌だった。


(さて、どうするべきか……)

 わたしは素早く考えを巡らせた。

 事ここに至ったならば、向こうだって簡単には引いてくれそうにもない。

 それに、確かに争いごとは好まないけれど、ゲルトルートさんたちの名誉だって守りたいし、できれば今回だけじゃなく、今後とも向こうがちょっかい出してくるのを控えてほしいとも思っている。


(そうね、やり方としては、あまり好みじゃないけど――)

 けど、もしもグレイズ総帥やシルフィがいうことが正しいのなら、この場でわたしにできることが一つだけある。


「変に誤解させてすみませんでした」

 わたしは頭を垂れて、相手の騎士二人に謝った。

 あまりのことに、ゲルトルートさんも、マクシミリアンさんも、シルフィですら呆気に取られる。

 向こうの騎士たちも、いきなり謝られるとは思っていなかったのだろう。

 目を丸く開いて、身体を折り畳んだこっちを見ていた。


 ――ざわざわ。

 さて、そうなると、否が応でも周囲から注目される。

 なにせ、傍目には一人の少女に大人の男性が二人がかりで絡んでいるようにも見えるだろう。

 深々と頭を下げて、しおらしい雰囲気を装う。 

 頭部の狐耳も悄然と垂らして、まるで怯えている小動物みたいに見えるはずだ。

 そこに強面の二人が囲んでいるとあれば――どちらが悪者に見えるのかは言うまでもない。


 わたしはそこでようやく顔を上げた。

 周囲からの視線が十分に集まったのを感じて、そこで自分の顔を衆目に晒す。

 ほぅ、と、周囲からいくつかため息が漏れたのが聞こえた。


 ――予想した通りである。

 どうやらわたしの顔立ちは、この世界の住人にとっては相当な美少女に見えるらしい。

 これなら――と思い、わたしは言葉を続けた。


「ですが、どうか、この人たちを悪く言わないでください。彼らは、修道院に到着して心細かったわたしたちに非常によくしてくれたのです。お蔭で、わたしたちはとても助かりました。本当に、感謝しても足りないくらいです」


 淀みなく出たわたしの声に、周囲から、おお、と称賛の声が出る。

 これは、どちらかといえば目の前の騎士たちではなく、周囲に向かって聞こえるように言った台詞だ。

 若干、芝居ががった言い回しではあるが、こうした言葉も顔立ちの整った少女が言ったのならば、俄然、周囲の人間の受け取りようも変わってくる。


 こうすることで、可愛そうな少女たちと、それを助けてくれた騎士たちという構図を周囲に刷り込ませる。

 ――ゲルトルートさんたちに向けられる周囲の視線が、明らかに変わる。

 そうだ――弱者を助けるのが騎士の本分ならば、今のゲルトルートさんは、まさにその鑑として映っているはずだ。


「く……」

 目の前の騎士たちは、悔しそうに歯噛みしている。

 わたしの説明に、ぐうの音も出ない様子だった。

 ここでヘタに何か言えば、立場を悪くするのは自分たちだと理解しているのだろう。


 このまま放置しても、相手はおそらく退散するだろうが――わたしはここで終わらせるつもりはなかった。

 わたしは、目の前の騎士たちに対して称賛するような声で続ける。


「けれど、流石に栄えある『セフィラの盾』の騎士たちですね。皆、勇壮なだけでなく、非常に紳士的で立派な方です。あなた方も、貴族だけあってとても気品あふれた方々、さぞ人徳に溢れた御仁なのでしょう」


 ――我ながら、なんともワザとらしい言い回しだと思う。

 うーん、流石にあざとすぎないかなぁ――などと思いつつも、相手を伺う。


「え、あ――」

「まあ、それほどでも……」

 なんか、満更でもないように顔を綻ばせた。

 なんというか――チョロい。

『セフィラの盾』は女性の構成員は少ないと聞いているし、女性慣れしていないのであれば、美少女――自分で言うのもなんだが――に煽てられるのは、効果覿面だった。

 こうかはばつぐんだ。


 わたしは更に声を弾ませて。

「よかったぁ、さすがは尊き血筋の方々。部外者のわたしたちに対する丁寧なもてなし、感謝を申し上げます。きっと相手が誰であっても、分け隔てなく振舞うのですのね」


 言外に、今後は相手が平民だろうが女性だろうが、もうナメた態度取るなよ――と含んでいる訳ではあるが――


「と、当然だな。我々は貴族だ、常に優雅にふるまうのは当然じゃないか」

「差別だなんて――尊き者からしたら唾棄すべきものだ」

 などと、堂々と口にする。


(うわ、チョッッッロい!)

 内心を面に出さないよう気を付けつつ、心の中で呟いた。

 男の人って、こうまで可愛い女の子の言うことを聞いてくれるものなのだろうか。


 ――そう、これでいいのだ。

 ただ単に相手を悪者にしただけでは、かえって怨みを買ってしまう。

 けれど、煽てることで気分よく帰ってもらえるのなら、禍根となることもない。

 見たところ、この人たちは『騎士』とか『貴族』だとかに、やたらと執着やプライドを抱ているようにも見受けられる。

 そこを擽られることは、この人たちにとっても悪い気はしないはずだ。

 争いの原因がどっちにあったかはともかくとして、相手もこちらも傷つかないのならば、それに越したことなんてないのだ。


 わたしは、トドメとばかりに、ニコリと微笑んで彼らにお辞儀した。

 きっとこの時ばかりのわたしには、狐ではなく、小悪魔の尻尾が生えていたことだろう。

 案の定、目の前の騎士たちは赤面してそっぽを向き、多少狼狽した様子を見せ、

「ま、まあそういうことなら、我々にも非があったよ。悪かったな、邪魔をして」

 などと、自らの非を認めるまでに至ったのである。


 わたしは、ほっと胸を撫で下ろした。

 ――これが正解とは思わない。

 けれど、これで無用な争いが避けられ、双方の名誉が守られたのならば、それが何よりと思っている。


(うーん、けどやっぱりこういうの、柄じゃないというか……)

 正直、こういう誰かを誑かすようなことは、なんだか相手を騙しているような気がするというか、なんかずるい感じがするのだ。

 もっと言えば、相手に悪いとすら思ってしまう。


 それに、今回はたまたま上手く行ったけど、次も上手くいくとは限らない。

 やっぱり、こういう女の武器を使うような事は、今後は控えるようにしよう。

 わたしは心の中で、そのように結論付ける。


 ――そう、この時ばかりは知る由もなかった。

 このときの出来事が、後のわたしに、重要な決断を迫らせることになろうとは――


 と、ようやく状況が平和的に解決しようとした所である。

「エドガー、ベルンハルト、何を騒いでいるんだい?」

 突如として横手からかかった声に、その場にいた全員が振り向く。


「あ、隊長――」

 第八騎士隊の一人が、そのように口をする。


 現れたのは、これまた二十代前半くらいの、若い騎士だった。

 サイネリアさんと同じ年齢くらいだろう。

 細面で、カールの入った金髪をしており、傍目にはかなりの美形の部類である。


 ただし、キザったらしい印象というか、妙に気取った感じがするのは気のせいだろうか。

 中世貴族みたいなフリフリの付いた豪奢な衣服を身に纏い、あろうことか胸元にはバラが付けられている。

 ……ぶっちゃけ、お前はどこの〇シュマー・セロかと言いたくなる。

 いかにもナルシストっぽい二枚目であるが、先ほどの彼らの言葉から、目の前の青年が何者なのか察するに至った。


 ゲルトルートさんが、こっそりとわたしに耳打ちする。

「……第八騎士隊の隊長、フリデール・サマル・オリアン。西方大陸でも有数の大貴族、オリアン家の嫡子だ。見ての通りというか、自己愛が服を着て歩いているようなやつだよ」

 などと、周囲に聞こえないように教えてくれた。


 第八騎士隊の隊員騎士たちは、隊長に尋ねられたことで若干姿勢を正し、

「ああいえ……ちょっと他の隊ともめちゃいまして」

 しどろもどろになりつつも、彼らの上官にそう伝えたのだった。


 第八騎士隊の隊長――フリデールさんは、その言葉にゲルトルートさんたちを見回し。

「――ほう、第十七騎士隊の者たちか。サイネリアは元気にしてるかい?」

 と、なんか、妙に馴れ馴れしく話しかけている。

 しかも、呼び捨てにしていることから、サイネリアさんとは懇意なのだろうか。


「あの……サイネリアさんって、この人と親しいのですか?」

「親しいというか――俺たちに言わせれば腐れ縁だよ。サイネリア隊長の家と、オリアン家は古い付き合いだそうだ。当人同士も幼馴染らしいけど、どちらかといえば、向こうがサイネリア隊長に一方的に絡んでいる感じだな」

 こっそりと、そのように情報を交わすわたしたち。


「一体何をヒソヒソ話しているんだい?」

 などと、向こうはさも空気が読めない様子で、相変わらずの気取った感じの口調で話しかけてくる。

 ゲルトルートさんとマクシミリアンさんを順に見回し、そこでようやく、彼は視線をわたしへと向けて――


 どきゅーん、と何かの擬音がした……気がする。

 ――なんか、随分とユカイなオノマトペが聞こえたような気がするのだ。

 例えるなら、ハートを拳銃で撃ち抜かれた感じの。

 そんでもって、周囲に一気に花が咲いたような、そんな雰囲気に包まれる。


「――――」

 フリデールさんは、表情を硬直して、食い入るようにわたしを見ている。

 しかし、見るからに顔を紅潮させ、熱っぽい視線でこちらを見ているのだった。


(えーと、これはやっぱり……)

 数秒後の展開を予想したわたしに対し、その人は我に返ったかのように佇まいを直す。


「ふっ」

 などと、ワザとらしく髪の毛をかきあげる。

「突然失礼しました、美しいお嬢さん」

 そうして、わたしに対して畏まった。

 ――ちなみに、ゲルトルートさんやマクシミリアンさんは、いかにも眼中にないという感じだ。


「ああ――それにしても、なんと美しい方なのでしょう。透き通る白い肌、流れるように美しく長い髪、そして、宝玉のような瞳――あなたこそ、天上の神々がこの地上に遣わした至宝。かような出会いの運命に対し、この身体は歓喜に震えております」

「えっと、まあ、ありがとうございます」

 今までになかったパターンに対して、わたしは戸惑いつつもそれだけを口にする。


 フリデールさんは、まるで踊るように気取ったポーズを取って褒めそやす。

 聞いているこちらが恥ずかしくなりそうな口説き文句だ。

 そうして、フリデールさんのオモシロダンスをしばし観察していたが、

「察するに、この修道院に着いて間もないお方と見受けられる。よければこの私目がが案内いたしますが、いかがでしょうか」

 などと迫ってくる。


 わたしは、悠然とした表情を浮かべて。

「ありがとうございます。せっかくですが、今日はもう遅いですし、またの機会でお願いしたいと思います」

 それは、遠回しな断り文句だったのだが――


「おお、お受けしていただけるとは恐悦至極。私は一向に構いません。愛する二人を前に、時間など無意味でしょう」

 などと、自分に酔った感じで、都合のいい解釈をした。

 というか、ちょっと支離滅裂な感じがするのは気のせいだろうか……。

 京都式のぶぶ漬け食ってけ的な拒否では通じないのか、フリデールさんはわたしの答えを好意的に受け取ったようだ。


「ええと、だから――」

(まいったな。この隊長さん、人の話を聞いていない……)

 この世界に目覚めてから、今までにも異性にアプローチされたことは何度かある。

 それこそファクトの村での求婚騒ぎもそうだったし、その度に何とか断ってきた。

 けれど、ここまで押しの強いのは初めてだった。

 なんと言って断るべきかと思ったが――


「フリデール様、おやめください」

 そのとき、窘めるような声が届いた。


 見れば、銀の甲冑に身を包んだ女性騎士がこちらへと駆けつけてくる。勿論、わたしの知らない顔だった。


 女性――といったところで、年齢はおそらく十代の半ばくらい。

 おそらく、わたしとそう変わらないくらいの少女だ。

 あまり飾り気はないが、凛として引き締まった顔立ちといい、艶やかな唇といい、中々に可愛らしい女の子だ。


「ドミニク、ああ、これは――」

 すると、フリデールさんの顔から余裕が失せる。

 なんかタジタジの様子だ。


 少女はそんなフリデールさんに構わず、周囲に対して頭を下げる。

「すみません。ウチの隊長が失礼しました」

 そして、フリデールさんに向き直ると、強気の姿勢のまま問い詰める。


「隊長、オリアン家の長子たるものが、見ず知らずの女の子にコナをかけるのはみっともないですよ。それに本部への報告書の提出はもう済ませました? こんなところで油売っている場合じゃないでしょ」


 その様子に、クスクスと忍び笑いが漏れる。

「おいおい、オリアン家のお坊ちゃん、あんな女の子に言いくるめられているぜ」

「女の尻に敷かれているのはどっちなんだか」

 などと、周囲の声が聞こえてくる。


 そうしてドミニクと呼ばれた少女は、次にわたしに向き直った。

「ごめんなさい。私のところの隊長、見ての通りのドラ息子なので。空気が読めないんです

「ありがとう――正直言うと、ちょっと助かっちゃった」

 随分と明け透けにものをいう女の子だと思いつつも、わたしは苦笑して少女に微笑んだ。


「いいえ、私とて、末席とはいえオリアン家に連なる者。身内の不始末は見過ごせません。

 ――申し遅れました、私はドミニク・ラ・フォルジュ・オリアン。フリデール隊長の妹です」


 なんというか、チャラい感じの兄とは違って、こちらはしっかりしている妹さんという感じだ。

 幼いながらも、ノブレス・オブリージュを意識して行動しているようにも見受けられる。


「テイルよ。よろしくね、ドミニク」

 わたしは笑顔で名乗り、握手を求めるべく手を伸ばす。


 そのとき、空気が変わった。

 目の前の少女の表情が曇る。


「――テイル?」

 静かなドミニクの声。

 それが、わたしの名前を確かめるようにも聞こえ、わたしは戸惑いつつも応える。

「え、うん、そうだけど」


 その時、目の前の少女の顔が昏くなる。

 なぜだか、背筋が凍えるような寒さを感じた。


「そう――あなたが例の異世界転生者の……」

「あの――」

 わたしが何かを言おうとした時である。


 ビュン――

 何かが素早く宙をよぎった。


 あまりに突然のことで、咄嗟に身動きを取ることができない。

 まず、額に衝撃。

 次いで、パシャリ、と冷たい何かが浴びせられる感覚。

 最後に――パリンと、地面に落ちたガラスが割れる、渇いた音。


「え…………?」

 シン――と、周囲が凍り付く。

 ……理解が追い付かない。

 ドミニクが、何かを投げ放ったようなポーズをとっている。

 そこでようやく思考が動き――水の入ったグラスを投げつけられたのだと理解した。


「――――」

 ポタポタと水滴が滴る音。

 グラスを満たしていた水は、わたしの髪や上半身を重く濡らし、滴る水はわたしの立っている場所を中心として、床に水たまりを作っていく。


 ――わたしは、呆然とするしかない。

 ドミニクは、氷点下の表情でこちらを睨みつけていた。

 彼女の瞳には、殺意すら生ぬるく思えるほどの、煮えたぎるような憎悪を宿らせていたのだった。 


「痛っ……」

 遅れてきた鈍痛にわたしは呻いた。

 額から生暖かい液体が流れ、頬に一条の線を描く。

 グラスが頭に当たった際に、切ったのだろう。

 わたしの頭部は静かに流血し、頬を赤く濡らしていた。


「――テ、テイル!」

 驚いて真っ先に動いたのはシルフィだった。

 表情を蒼白にさせ、傷を負ったわたしに駆け寄ってくる。


「ド、ドミニク……君は一体何を!?」

 フリデールさんが妹の豹変ぶりに驚愕する。


 声をかけられた少女は、そんな兄を見向きもしない。

 その双眸は、ただ一点――わたしに対して向けられていた。

 沈黙していたドミニクは、依然として憎悪に満ちた視線でわたしを睨みつつ、


「――なんだ、意外だったわ。異世界転生者の血って赤いのね」


 そのように、酷薄な声で告げたのだった。

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