第五話. 宿舎へとやってきた(二)
ばしゃ、と頭から湯をかぶる。
プルプル、と子犬のように耳や尻尾を震わすと、水気が飛沫となって飛び散った。
「ふぅ……ありがとう、シルフィ」
「はい、お粗末様です」
おかげでサッパリした。
さて、そうなると、今度はわたしがお返しをする番だ――
「よし、じゃあ今度はわたしがシルフィの背中を洗ってあげるね」
「え、でも……」
「いいからいいから、ホラ、背中向いて」
そうして、位置を変えてわたしはシルフィの背中に向かい合った。
「それじゃ、その、よろしくおねがいします……」
おずおずとしたシルフィの声。
わたしの目の前には、白いキャンパスのように無垢な背中が露となっている。
とろり、とボトルからポーションを取り出し、少女の背中に塗りたくった。
「ん…………」
わたしの手が触れた途端、くすぐったそうにシルフィの声が漏れる。
洗剤を泡立てて、シルフィの背中を撫でていく。
(うう……シルフィの肌、すべすべもちもちで気持ちいい……)
――って、こんなこと考えているの、まるでヘンタイみたいではないかと、煩悩を振り払う。
しかしまあ、こうして間近で身体を洗っていれば――
シルフィの小さな背中とか、綺麗なラインのうなじとか、否が応でも視界に飛び込んでくる。
幼い身体つきなのに、ぞくりとするような色香を感じられる。
(……なんだろう)
なんか、すごくイケナイ気分になってくる。
背徳感を誘う、シルフィの小柄な背中。
それに掌を這わせ、痺れるような陶酔を味わう。
「はぁ……」
シルフィは、小さく息を吐いた。
自分の身体を自分で洗うのには慣れても、他人に身体を洗われるのは慣れていないのだろう。表情はどこかぎこちなく、身体は緊張したように固くしていた。
「ふぅ……」
けれども、すぐさま表情は恍惚としたものへと変わる。
シルフィは気持ちよさげに目を細めている。
まるで、顎を撫でられている子犬のようだった。
しかし一方で、わたしの方は内心落ち着きがなくなっている。
それというのもシルフィの身体が柔らかすぎるのだ。
そのつもりはないのに、否が応でも劣情を催すというか――。
うーん、正直、気が気でなくなってしかたないというか……。
「あ、そうだ」
わたしは、一つ思いついたように手を打った。
しっぽに洗剤を塗りたくり、泡立てる。
そうして尻尾をブラシがわりにして、シルフィの身体をこすりつけた。
「ひゃあ――テ、テイル! これっ!?」
「いいでしょ。これなら隅々まで広く洗えるし」
伸縮自在の尻尾だからこそできる芸当だ。
背中だけとは言わず、尻尾は全身を撫でまわすようにシルフィの身体を隅々まで洗いつくす。
「ひゃうっ――」
尻尾の先端がわきの下をなぞると、シルフィはびっくりしたような声を出した。
尻尾はまるで触手か何かのように彼女の身体に絡みついて、不規則にしごいていく。
それこそ脚の指先に至るまで、侵食するようにその身を這わしていく。
最初こそ驚いていたシルフィだったが、もはや成すがままになっていた。
「はぁ……、ふぅ、あっ――」
――あれ。
気のせいか、シルフィの声が艶めかしいものに変わっていくような……。
なんか、喘ぎ声一歩手前みたいな声がシルフィの口から漏れている。
――なんか、凄いドキドキしてきた。
考えてみれば――これって、かなりえっちなことなのでは?
いや、気づくのが遅いのかもしれないけれど。
珍妙な特徴のせいで時々忘れるけれど、この尻尾だってわたしの身体の一部だし、言い換えれば、わたしは泡まみれになった自分の身体をシルフィにこすりつけている訳で。
そう考えると、まるっきりソレ系の店ではないか。泡とかお風呂系の。
(いやいやいや、違う違う――これはそんなことじゃなくて)
わたしは頑なに心の中で否定する。
これは純粋にシルフィの身体を洗ってあげているだけなのだ。
決して不純な気持ちで疑似触手プレイしているわけではないのだ。
だってわたしとシルフィは友達だし。
友達に対してそんな不純な感情抱くなんてありえない。
無だ。心を無にするのだ。
宇宙と同一するかのように、無心となってシルフィの身体を洗ってゆく。
「はぁ……はっ……、ん……はあ……」
一方でシルフィは、細い毛先で身体を弄られるごとに小さく吐息を漏らしている。
気持ち良さそうに目をつむり、まるで酔ったように頬を染めていた。
(まずい……)
この雰囲気に当てられたのか、なんかわたしの尻尾も感じるようになってきた。
男女問わず、人間の身体の一部は性的に興奮すると敏感になると聞くし、犬などの動物でも、尻尾の先端部分はわりと過敏と聞くから、自然な事なのかもしれない。
わたしは、尻尾越しにシルフィの肌触りを感じ取る。
そこから神経を伝わって、なんともいえない官能が、さざ波のようにわたしの身体を広がった。
例えるなら――自分の性器をシルフィの肌にこすりつけているような感覚だ。
「う……」
なんか、わたしの口からも甘美な声が漏れだすようになってきた。
これは、まずい――
なにがまずいかって、このままじゃ後戻りできないような危機感すら覚えている。
そこまでハッキリ判っているのに、ブレーキが壊れたように身体が止まりません。
もういっそこのまま犯罪者にでもなってしまおうか――などと悪魔のささやきが脳内を掠める。
(――ってダメダメ! シルフィは友達なんだからっ!)
ていうか、それ以前に女の子同士なんだしっ!
そうして尻尾に力を込めた、その時だった。
「ああっ――」
すると突然、シルフィは大きな声を出した。
次いで、くたりと糸の切れた人形のように脱力する。
「シルフィ……どうしたの?」
わたしは心配になって呼びかける。
彼女は何やら赤面して黙りこくっていた。
「シルフィ……?」
返事がない。
しばし彼女は俯いてリンゴのように赤面していたが――
「――も、もう大丈夫ですから!」
誤魔化すようにそういって、突然立ち上がる。
それがいけなかったのか――
「あっ――」
勢いよく立ち上がった拍子に、泡で滑って背中から地面に落ちようとしていた。
「シルフィ!」
咄嗟にわたしは身体が動いた。
どたんと倒れ込むシルフィを庇い、わたしは下敷きになる形で受け止めた。
「あ…………」
そうして、シルフィと目が合う。
目の前には、わたしに覆い被さって密着するシルフィがいる。
キスしそうなほどの間近に少女の顔がある。
しかもお互い産まれたままの姿なのだった。
なんとも気まずいまま時間が過ぎる。
ぴちゃん、と水滴が落ちる音。
――ガラッ。
浴場の扉が開く音。
そのとき、絶妙なタイミングでサイネリアさんが入ってきた。
ぴたり、と停止するサイネリアさん。
わたしたちと目が合う。
彼女の目に映っているのは――泡まみれでくんずほぐれずの状態となっている全裸の少女二人。
「…………」
「…………」
「………………」
「…………しつれいしました」
テレビの逆再生のように去ろうとする
「待ってぇえええ! 言い訳させて!」
サイネリアさんはこっちと決して目を合わせようとせず、
「あの……ここは仮にも修道院の宿舎なので。そういう公序良俗に反する行いは」
「違うの! 誤解! 誤解だから!」
*
「ふう~~」
「気持ちいいです……。わふぅ」
先ほどまでの珍事は忘却の彼方に置き、シルフィと二人で湯船につかる。
とりあえず、必死の弁解もあって、先ほどのことは不慮の事故だとサイネリアさんに納得してもらった。
――いやまあ、半分はわたしの自爆だったわけだけど。
「ふぅ……」
そのとき、身体を洗い終えたサイネリアさんも湯船に入ってきた。
彼女が近づいたことで、わたしの視界にそれが映った。
サイネリアさんの身体――その胸には、火傷にも似た大きな傷痕があったのである。
わたしの視線に気が付いたサイネリアさんが恥じ入るように胸元を隠す。
「これは……お見苦しいものを……」
「いえ、そんな……」
じろじろ見ていたこっちが悪いのだ。
むしろ彼女がその傷を気にしていたとしたら、むしろ悪いのはわたしの方だ。
彼女が畏まる必要なんてどこにもないはずである。
「気になりますか? この傷のこと」
ふと、サイネリアさんがわたしに尋ねてきた。
「えっと……」
わたしは答えに詰まる。
まったく気にならないといえば嘘になるが、わたしなどが踏み込んでいいのかと躊躇われる。
すると、サイネリアさんがこちらの答えを聞くよりも先に続けてきた。
「いえ……あなたにはぜひ聞いておいてほしいのです。三年前、私のいた祖国は帝国に攻め入られました。この傷は、その時についたものです」
サイネリアさんは語り始めた。
三年前――となると、グレイズ総帥の話だと、帝国の西方大陸侵略が始まったときではなかったか。
「その時に私は、帝国の異世界転生者の圧倒的な力を目の当たりにしました。その姿は、まさに悪魔そのものでした。国も、家族もその時に失いました」
サイネリアさんは、そこで一度言葉を切る。
その表情が険しいものへと変わる。
「私は――帝国の異世界転生者が許せません。私のようなものを増やしてはならない――そのように考えたからこそ、私は『セフィラの盾』へと入ったのです」
――と、そこで我に返ったようにわたしに視線を向ける。
「あ、もちろん、テイル殿のことを責めているわけではありません。しかし、セフィラの盾に所属するものの多くが、異世界転生者に対して、大なり小なり複雑な感情を抱いております。それだけは知っておいてほしかったのです」
それまで聞いていたわたしは、こっそりとサイネリアさんに尋ねた。
「その、サイネリアさんは、総帥の正体は知っているんですよね……?」
「異世界転生者であることでしょうか?」
「はい、その……総帥の事は、どう考えているんですか?」
するとサイネリアさんは、ふっと微笑んだ
「確かに彼も異世界転生者です。ですが、これだけは言えます。あの方は素晴らしいお方です。彼のためならば、この命を投げ出すことすら、惜しくはありません」
そこには、単純な敬慕の情だけでない、淡い感情が見え隠れしていた。
思春期の少女のような表情を浮かべて、サイネリアさんは虚空を見つめている。
そこでハッと我に返ったかのように慎んだ。
「すみません、口が過ぎました。どうか今のことはお忘れください」
まるで恋する女の子のように照れて、そそくさと出て行ってしまう。
取り残されてわたしとシルフィは、呆然としつつも、それを見送った。




