第十六話. 新たなる波乱
その後――
わたしたちは、晃くんや盗賊たちの亡骸を遺跡の裏手に埋葬した。
簡素ながらも人数分の墓を建てて、彼らの冥福を祈る。
ここまですることに対し、同行した村人たちからも当然反対意見はあったのだけど、彼らの墓を作ることはわたしから強く願い出たのだった。
墓の目の前で手を合わせ、哀悼の意を捧げる。
もし仮に――今後彼らが新たに人として生を受けるのならば、今度こそ正しい方法で幸福になってほしいと、そう願わずにはいられなかった。
そうして森を抜けたときには、もう朝になっていた。
馬車に乗り込み、村への帰路へと赴く。
曙光の眩い世界での道のりを、一台の荷馬車がゆったりと進む。
ちなみに、わたしの着ていた服は戦いで破けてボロボロの状態であり、そのままでは下着が見えてしまうので、ラグドさんから大きめの上着を借りている。
――馬車の中では言葉がなかった。
屋根付きの荷馬車の中は、まるで火が消えたように沈んでいる。
せっかく人質の子供二人を救出し、奇跡的にも犠牲者は出なかったのだが、煮え切れない後味の悪さがわたしたちの間に残った。
ガタゴトと揺れる馬車の荷台――
乗り合わせている全員、思い思いに休んでいた。
フラッカとジェシカもまた、二人身を寄せ合って眠りについている。
わたしとシルフィも、荷台の隅で並んで座っていた。
膝を抱えて蹲り、俯いたまま無言でいるわたし。
その脳裏では、色々な情報がグルグルと錯綜していた。
せっかく出会えたもう一人の異世界転生者――
彼の前世における無念と、異世界転生した後に辿った挫折の道――
わたしの言葉で、ようやく立ち直りの兆しを見せた姿――
なのに、最後の最後で突然その命を絶たれてしまった。
あの時――彼は一体、何を言おうとしていたのだろうか。
最後に彼は、一体何を見て、そして、なぜ死んでしまったのだろうか。
いくら考えても――答えなんて出ない。
そしてそれは、わたしの失われた記憶に関しても同じだ。
わたしの前世に関する情報も、思い出すどころか、謎が深まるばかりだった。
「…………………………はぅ」
わたしは、隣のシルフィにもたれかかった。
とん、とシルフィの肩に頭を置く。
「お姉ちゃん……?」
「ごめんね……。ちょっと、つかれちゃった……」
「あ、はい……。どうぞお休みになさってください……。あの、お姉ちゃん、大丈夫ですか?」
シルフィは心配するようにわたしの顔を覗き込んでいる。
彼女にそんな顔をさせるほど、今のわたしは疲れて見えるのだろうか。
「うん、すこし眠れば大丈夫だから。おねがい……今だけは――」
なんとかそれだけを口にして、慈悲深い微睡みの中に沈殿する。
そうしてわたしは、少しだけ眠りについた。
*
次に目が覚めたときには、馬車は村に到着していた。
日はかなり高い位置に昇っている。御者が気を利かせたのか、わたしが馬車の中でしっかり休めるよう、速度を落として走っていたようである。
「フラッカ! ジェシカ!」
「おかあさん!」
「うわーん!」
家から出てきたマリアさんと、フラッカとジェシカがお互い駆け寄り合う。
目に涙すら浮かべ、抱擁を交わす母子たち。彼女たちが無事に再会できたことに、心からよかったと思った。
「全員生きて帰ってきたぞ!」
「よかった……、本当によかった!」
いつの間にか、村の者がほぼ全員集まっている。
フランゼル村長もその中にいて、ラグドさんから昨夜の顛末に関する説明を受けているようだった。
「おお! テイル! シルフィ!」
フランゼル村長は、馬車からゆっくりと降り立ったわたしたちを見て、両手を挙げて出迎えた。
「ようやった! よく二人を助け出してくれた! ありがとう!」
他の村人たちも次々とわたしたちの回りに集まり、人だかりができていた。
「テイルが一人で盗賊どもをやっつけてくれたって!?」
「すげえや、まさしく英雄だ!」
「一目見たときから只者じゃないって思ってたんだよ!」
「シルフィも大活躍だったみたいじゃねえか!」
「テイルねえちゃん! 服ボロボロだけど、大丈夫!?」
「おう、そうだ! 盗賊に酷いことされなかったか!?」
熱烈な歓迎だった。
わたしたちに向けて、口々に褒めそやしている。
「いえ、わたしは大丈夫です……」
「その……すみません。お姉ちゃん、疲れているみたいなので、休ませてあげてください……」
シルフィが集まった村人に対してそう話すと、村人たちも波が引くように静かになる。
わたしはシルフィに肩を借りて、ゆっくりと村を進む。
今はただ、少しでも休息が欲しかった。
その時であった。
「――お、おい! 見ろよ!」
村人の誰かが大声を上げ、全員がそちらへと振り向く。
彼らの視線を追ってみれば、遠く街道の向こうから、何やら非常に大勢の人影が、隊伍を成してこちらに向かってくるのが見えた。
それは武装した軍隊であった。騎馬があり、武器を運ぶ御車があり、物々しい兵士たちが列を成して行軍している。
その軍隊は、真っ直ぐにこの村へと向かって進んでいた。
「なんだよ、今頃になって領主の兵が来たっていうのかよ!」
「違う……。見ろよ、あの旗を!」
村の男が、隊列を組んでやってくる騎馬の旗印を指さす。
そこには、翼と盾を象った意匠の、壮麗な紋章が描かれていた。
村の男はそれを見て、慄くような叫び声を上げる。
「プラタール辺境伯の旗でも……ガリア王国の旗でもない。ありゃ知らない軍隊だ!」
その声に対し、周囲の村人たちが色めき立った。
「じゃ、じゃあ、なんだよ!? まさか、他国の軍隊が攻め込んできたっていうのか?」
「一体あれはどこの軍隊なの!?」
口々に騒めきだす村人たち。
村は蜂の巣をつついたように騒然となった。
それにしても――なんと見事な兵たちであろうか。
遠目に見ても、その雄姿は素晴らしいものだ。
人数はおそらく数百名程度――わたしのいた世界でいうところの、一個大隊もの規模があった。
騎馬から歩兵に至るまで全員、巧緻を極めた装備で身を固めており、一糸乱れず行軍する様は、凄まじいまでの練度を伺わせる。
駆けているわけでもなく、ただ歩いて行軍しているだけだというのに、その謎の軍隊は、あっという間に村の麓までやってきていた。
「――全軍、停止!」
朗々たる声を響かせて、隊長格の騎士が命令を出す。
その一言をもとに、やってきた軍隊はピタリと制止した。
実に見事なまでの統率だった。
シン、と静寂が訪れる。
不安と恐怖に凍り付く村人たちに対し、停止した軍隊から一騎だけ離れ、こちらへと向かってきていた。
先ほど命令を下した隊長格の騎士である。
やがて、騎士は村へと入り、下馬すると、わたしたちの近くまで歩いてやってきた。
白銀の全身鎧に身を包み、フルフェイスの兜に覆われた素顔は窺い知れない。しかし、兜の隙間からは清涼たるアイスブルーの瞳が垣間見えた。
そのマントには、やはり旗印同様に盾と翼を象った紋章が記されている。
「つかぬことをお尋ねする。この近辺に、『血に飢えし狼団』と名乗る盗賊の一派が出現していると報告がありますが、相違ないでしょうか?」
若い声であった。
凛としてよく通り、落ち着いた口調で語り掛けるその声色は、歴戦の勇士を思わせる。
フランゼル村長が前に進み出て、面と向かって対峙した。
「確かに、その名前の盗賊団はおりました……。しかし、今となってはもういません。昨晩、その盗賊団は壊滅しました」
「壊滅ですって!? それはどういうことでしょうか?」
「テイルおねーちゃんがやっつけてくれたんだよ!」
そう口を挟んだのはフラッカだった。
「こ、こら! フラッカ!」
マリアさんが慌てて娘の口を塞ぐが、もう遅かった。
「テイル……、それはどなたですか?」
騎士は周りを見渡すが、村人たちは押し黙っている。
やってきた軍隊の目的がはっきりしない以上、なんと言うべきか迷っているようだった。
「……わたしがテイルです」
そんな彼らを押しのけるように、わたしが前へと出る。
ざわ、と周囲がどよめき、騎士の視線がわたしへと注がれた。
「あなたが……? 是非、詳しい事情をお聞かせ願いたい……!」
そこに、フランゼル村長が割って入った。
わたしを庇い立てするように騎士に向かって尋ねる。
「それは構いませぬが……。あなた方はいったい何処の軍でしょうか? 見たところ、ガリアの兵ではないようですが……」
そこで騎士は思い出したように姿勢を正した。
「失礼いたしました。仰る通り、我々はガリア王国の兵ではありません」
隊長らしき騎士は兜を取る。
――驚いたことに、兜の下から現れたのは美しき女性の顔だった。
男性と見間違えるような短髪であるが、その整った顔立ちには、誰もが一瞬心を奪われるであろう。華やかさよりも凛々しさを前面に押し出したような、そんな稀有なタイプの麗人である。
女性は、兜を小脇に抱え、右手を左胸に当てると、敬礼するようなポーズを取った。
明朗たる声を張り上げ、その身分を明かす。
「我々は、西方大陸国際連合組織――」
「国際連合……組織……?」
シルフィが問い返すように呟く。
そうして――次に騎士が放った言葉は、今度こそわたしを震撼せしめたのだった。
「対異世界転生者専門部隊――『セフィラの盾』と申します!」




