第十四話. 異世界転生者同士の戦い(二)
――しーん。
それまでとは打って変わって場が静まり返る。
乾坤一擲の覚悟による会心の一撃――決着の一手としては、それは十分すぎた。
カイラスはもはやぴくりとも動かない。
「ば、ばかな、お頭が……」
周囲を取り巻いていた盗賊の誰かが、信じられないとばかりに漏らす。
他の盗賊たちも、誰もが唖然呆然として動けないでいる。
その中で、わたしだけが膝を付いて、深く呼吸を繰り返していた。
「いたた……」
全身に受けたダメージもそうなのだが、胸の付け根に痛みがあった。
(うう……。この身体で激しく動くと、胸が揺れて痛いんだけど……)
もし仮に、今後このような戦闘の機会があるならば、事前に装備は考えておかなければならない。
――できれば、そんな機会は一生涯ないことを願いたいけれど。
ふと、倒れた敵を見る。
カイラスは相変わらず動かないでいる。
脳震盪により、気を失っているのだ。仮に意識はあったとしても、しばらくは指一本動かせないだろう。そもそも、顎の砕けた今となっては、口を動かすこともできない筈である。
(舐めプなんてせず、初めから全力で来ていれば、勝っていたのはあなたの方だったでしょうけれど……。敵を過小評価していたのが、あなたの敗因よ……)
――それもしても、と思う。
先ほど、カイラスを一撃で昏倒せしめた蹴り。あんな高度な体術を、どうして自分が使うことができたのかは不思議ではあった。
実のところ、無我夢中で放つことができた技だった。過去に手に馴染んだ技術が、突然思い出せたような感じだったのだ。
(どうして……わたしが、あんな技を――わたしは、いったい何者なの?)
いや――今は、考えても仕方がない。
ともあれ、これで最大の脅威を退けることはできた。
わたしはすぐさま立ち上がる。
立ち上がったわたしの姿を見て、周囲にいた盗賊たちは小さく悲鳴を漏らした。
地下にはシルフィたちがいる。カイラスの命令で地下に行った盗賊たちを追いかけなければならない。
着ていた服は相変わらずボロボロで、スタイリッシュ痴女な状態だったけれど、もはや隠すこともしなかった。
即座に駆けだしそうとした、その時である。
ドクン、と何かが脈打つのを感じた。
ぞくりと、全身の毛が逆立つような怖気に見舞われる。
「ぐ――」
そのとき、盗賊団の誰かが呻きだした。
そしてそれは一人だけでなく、もう一人、また別の一人と、次々に伝搬する。
「ぎゃあああアッ!」
「があああああああっ!」
「痛い、痛いいいいいぃ! あああああああっ!」
やがて全員が突然苦しみ出し、口々に悲鳴を上げ続けた。
よく見れば、盗賊団の額、腕、喉元など、盗賊団の身体の一部から小さな紋様のようなものが浮かび上がっている。
盗賊たちの悲鳴が唱和して、地獄のオーケストラもかくやという光景を生み出していた。
「え……、な、なに!? これは!?」
わたしは訳も分からず、ただ困惑するしかできない。
「た――たすけ、て――」
盗賊団の一人が、わたしに向かって手を伸ばしてきた。
わたしは、あまりに突然の事態に見舞われ、敵であることも忘れて、助けを求めてきた手を握った。
「だ、大丈夫!? しっかりして!」
「ぎ――」
盗賊の悲鳴は、そこで終わった。
瞠目するわたしの目の前で、盗賊の男の身体が、水風船か何かのように膨れ上がり、破裂し、弾けるように鮮血を撒き散らした。
パン、パン、とまるで加熱したポップコーンのように、次々と弾ける周囲の盗賊たち。
さしたる時間もかけず、その場にいた盗賊団全員が、血と肉片に変じたのだった。
血だまりと化した遺跡の床。
その中で、ゆっくりとカイラスが立ち上がる。
「保険をかけておいてよかったぜ……」
自らの成した惨劇に対し、さして誇る様子もなく、陰鬱に語っている。
「こいつらに魔法をかけておいたのさ。俺が重傷を負った時は、その命を糧として魔力を送り、傷を癒すって魔法をな。もちろん、こいつらは知らなかっただろうが……」
さも当然のごとく口上を述べるカイラス。
わたしは、ぶるぶると手が震えていた。
助けを求めてきた盗賊の手――たとえ非道の盗賊ではあったとしても、他ならない信頼していた頭目の手によって、このような仕打ちを受けていい理由にはならない筈だった。
「そのために――彼らを犠牲にしたの!? あなたの仲間なんでしょう!?」
怒りをぶつけるように詰問するわたしに対し、カイラスは昏く沈んだ声で、
「――俺に仲間なんていねえよ」
そのように、確かに言ったのだった。
ドン、と衝撃が走る。
見えない壁に突き飛ばされたかのように、わたしは地面を転がっていく。
「さっきは悪かったな。お前のことを正直舐めていた」
稲妻と魔法陣の光が、カイラスを中心として広がる。
それはファクトの村で見た魔物召喚の儀に似ていた。
だがそのプレッシャーたるや、過去に見たレッサーデーモンとは、天と地ほどにも違いがある。
「今度は手加減抜きだ……。全力で――殺してやるよ」
刃物のごとく冷厳なカイラスの宣言。
わたしは仰ぎ見た。
遺跡の天井すら埋め尽くさんとするほどの巨大な魔物が姿を現しつつあった。
「魔神召喚さ。おまえのその尻尾には魔法が無効化されてしまうみたいだしな。けどよ、実体化したこいつの攻撃なら話は別だと思うぜ」
そうして――その姿が露となる。
ぶよぶよと水死体のごとく膨れ上がった青白い四肢。
ロールプレイングゲームのラスボスもかくやという巨大な体躯。
例えるなら――童話の中に登場するようなランプの魔人――否、ランプの魔王とも言うべき存在がそこにあったのだ。
魔神が腕を振りかぶった。
わたしは咄嗟に尻尾で防御する。
――ドゴォ!
わたしは衝撃のあまり、木枯し風に煽られた落ち葉もかくやと吹き飛ばされ、林立する遺跡の支柱に叩きつけられる。
「――は――ぁ――」
口から血が漏れた。
視界がチカチカと点滅する。
尻尾で防御したにも関わらず、その衝撃は全身を砕かんばかりにわたしの身体を突き抜けていった。
一方で――殴った方の魔神の腕も損傷している。
かつてレッサーデーモンの直接攻撃を尻尾で跳ね返したように、魔神もまた、尻尾を殴ったことでダメージを受けていた。
しかし――瞬時に傷が再生される。
まるでフィルムの逆再生を見ているようだった。
「反射スキルによるダメージだろうと、こいつの再生力をもってすればどうってことはねえ。さあ、魔神よ――その女を潰せ」
カイラスがなおも魔神に命令を下す。
再度、魔神の腕が振るわれる。
雨あられと襲い掛かる攻撃の連続――
わたしは尻尾を使って防御し、必死に耐え忍んでいた。
防戦――しかし先ほどとはその意味合いがまるで違う。
先刻のカイラスに対する防戦は、あくまで機を待つべくしての防戦だったのに対し、今度の戦いは勝機が全く見出せない。
魔神の猛攻はすさまじく、攻撃に転じようとすれば、その前に即座にわたしは潰されてしまうだろう。
尻尾を盾にすることで、ダメージの大部分を防ぎつつも、次々と繰り出される魔神の腕による攻撃に、ギリギリ意識を保っていることで精いっぱいだったのだ。
「――最上級のドラゴンすら殺す攻撃を受け続けて、なおも立っていられるとはな」
カイラスが何かを言っているが、わたしには、もはやそれが何かを理解する余裕すらない。
何度目かの衝撃――
遺跡の壁すら突き破って吹き飛ばされ、さながら蹴り飛ばされた空き缶のように床を転がっていく。
「うぅ……」
ダメだった。
もう、立ち上がることすらできない。
いかに気力があっても、肉体がいうことを聞いてくれない。
隣の空間まで吹き飛ばされ、カイラスがこの場にやってくるのには猶予がある。
しかし、それが何の慰めになろう。もう立ち上がれないとあれば、次には魔神の攻撃を無防備に受けるしかない。
(わたし……死ぬのかな……)
このまま、自分が何者かも分からないまま、異世界にて倒れるのだろうか。
一歩ずつ迫り来る死の気配。犇々とそれを感じつつも、まるで他人事のように恐怖がなかった。
記憶のない、空っぽな自分自身。生に執着する特別な何かを持ち合わせているわけではない。
むしろ、記憶のない恐怖にこれからも苦しめ続けられるのなら、ここで眠るように自身の死を受け入れることが、救いになるのではなかろうか。
――闇に沈むように、自分の死を受け入れかけた時だった。
たったった、と足音が聞こえた。
次いで、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「――お姉ちゃん!」
「シ……ルフィ……」
わたしは、かすかに目を開ける
近くに、泣き出しそうな目でこちらを見ているシルフィの顔があった。
「シルフィ……ごめん、お母さんの服、ボロボロにしちゃった……」
わたしは、なんとかそれだけを伝えた。
「――んん? 仲間がやってきたのか? まあいい、一人であの世に行くのも寂しいだろう。そいつも一緒に送ってやるよ」
カイラスの声が遠くから聞こえる。
もう敵がそこまで来ているのだ。
わたしは、最後の力を振り絞って立ち上がる。
「シルフィ……。あなただけでも逃げて――できるだけ遠くに。わたしが時間を稼いでいる、その間に……」
自分がここで倒れるとしても、せめてシルフィだけは生き延びて欲しかった。
「お姉ちゃん……」
シルフィの手がわたしの肩にかかった。
次の瞬間、あまりのことに、思考が十億光年先への彼方へと吹き飛ばされる。
――唇と唇が重なる。
振り向いた先で、わたしは突然シルフィにキスをされていたのだった。
*
◆インタールード:エリクシールの聖女、シルフィ・ラドグリフ◆
私の唇とお姉ちゃんの唇が重なる。
「ん――――!?」
お姉ちゃんは目を丸くして驚いている。
突然のことにびっくりしているだろうけど、今は説明している時間すら惜しい。
私はお姉ちゃんが逃げないようにしっかりと両腕を抑えつけてキスを続ける。
閉じた唇を割って、私は舌を挿入した。
艶めかしいお姉ちゃんの舌の感触を味わいつつも、私は蹂躙するようにお姉ちゃんの口内を動く。
「ん――ふぅ――」
舌同士を絡ませて、重なった唇から声が漏れる。
あまりのことに、敵の魔道士もポカンとして攻撃を忘れている。
――だけど、これははだの奇行じゃない。
『エリクシールの聖女』たる私は、こうやって粘膜を交換することで、自分の魔力を直接相手に送り込むことができるのだ。
そうして、私の魔法が発動する――
お姉ちゃんの身体に淡い光が纏い、魔法が確たる効果を発揮していた。
(――勝って、お姉ちゃん!)
立ち上がったお姉ちゃんは、先ほどまでのダメージなんて存在しないかのように、堂々とした佇まいだった。
「すごい……力が溢れるように湧いてくる」
お姉ちゃんは、自らに纏った力を確かめるように手を握りしめている。
傷の回復だけじゃない――今のお姉ちゃんを纏っている魔力は、先ほどまでとは比べ物にならないほど濃密なものだった。
見習いとはいえ、神官である私には、他者の持つ魔力の総量を感じ取る力があった。
そんな私にも分かる。今のお姉ちゃんに内在している魔力は、目の前の魔道士よりも遥かに上回っていた。
その有様に、敵の魔道士も驚きを隠せないでいる。
「これは……一時的なレベルブーストの魔法か!? だ、だがっ、なんだこの出鱈目なステータスは!?」
私がお姉ちゃんにかけた強化魔術――それは『解放』の魔法だった。
これは、その者が持つ秘められた力の一端を一時的に覚醒させる魔法で、あの魔道士が言っているレベルブーストという表現も、あながち間違いじゃない。
(つまり……これが、お姉ちゃんの本当の力?)
私自身、これほどの力がお姉ちゃんから発現されるなんて思いもしなかった。
「ありがとう、シルフィ!」
今の状況が、完全に私の魔法によるものだと思っているお姉ちゃんは、私に向かって礼を言って、敢然と魔道士に立ち向かっていく。
「魔神よ! その女を殺せ!」
魔道士の命令の元、魔神が腕を振り下ろす。
対するお姉ちゃんはカウンターとばかりに尻尾を突き出した。
打ち合わされる魔神の腕と、お姉ちゃんの尻尾。
しかし、衝撃によって吹き飛ばされたのは魔神の方だった。
魔神の肩から先が跡形もなく消失する。
「こ、この威力は――!? しかも、魔神が再生できないだと!?」
魔道士が驚愕に狼狽える。
お姉ちゃんは追撃とばかりに跳躍した。
遺跡の天井近くにまで高度を上げ、回転して尻尾を振り下ろす。
――それは、幻想だったのだろうか。
私の目には、お姉ちゃんの尻尾が黄金に光り輝いて見えたのだった。
まるで、剣だ。
その姿を、私はかつて本にて見たことがある。
神話に登場する伝説の勇者――
聖剣を掲げ、魔の者に果敢に立ち向かう雄姿――
「ばかな……。俺の魔神が負ける……? この力――レベルブーストの力じゃない!? これが、あの女の本当の力だというのか……? く、くそおおおおおおおおおっ!」
そうして、お姉ちゃんの尻尾が斬撃を描いた。
魔道士の魔神は一刀両断に切り裂かれ、跡形もなく消滅したのである。
◆インタールード:END◆




