第十三話. 異世界転生者同士の戦い(一)
戦いは早くも一方的に不利な展開となった。
いうまでもなく、劣勢にいるのはわたしの方である。
『――風よ、剣と成せ!』
カイラスの呪文が発動する。
すべてを両断しようとする風の刃が、餓狼のごとく襲い掛かってきた。
「くっ――!」
わたしはその攻撃に対し、尻尾を盾にして防ぐ。
魔剣の斬撃もかくやという風は、尻尾に当たると弾かれて霧散した。しかし、その風圧の余波ですら、床は抉れ、石柱には無残な傷痕を刻み込む。
「――ははは、どうした!? さっきから防御してばかりじゃないか!」
カイラスの耳障りな哄笑が響く。
だけど、今のわたしには言わせておくしかできない。
実際に、カイラスの攻撃魔法は凄まじい威力を誇っていた。
おそらくは大きく手加減しているのだろう、それでもなお、レッサーデーモンの攻撃とは比較にならないほどの苛烈さだ。
加えて、呪文が発動されるまでのタイムラグは驚くほど短い。
実に一言二言を呟くだけで、次の瞬間には攻撃が飛んでくる。
さらには魔法のバリエーションも多岐にわたり、次にどのような魔法攻撃が来るのか見当もつかない。
わたしは気を張りつつ、魔法に対応した防御を取ることで、なんとか凌いでいた。
しかし反撃はできない。
――ここにきて、わたしの尻尾の弱点が浮き彫りになってしまったのだ。
わたしのこの尻尾の弱点――それは攻撃と防御を同時に行えないということだった。
尻尾での攻撃は、『払う』、『打ち下ろす』、またはパンチみたいに『突き出す』攻撃しかできない。
しかし、隙の多い挙動をすれば、その反対側はガラ空きになってしまい、カウンターに対して完全に無防備になってしまう。
わたしがカイラスに放った初撃がいい例であるように、回避された先で反撃されれば、わたしはそれを甘んじて受けるしかなくなるのだ。
かといって、後の先を取ろうにも、尻尾で敵の攻撃を打ち払って即時反撃することは不可能だった。防御から攻撃に移ろうにも、どうしたってワンテンポ遅れてしまう。
例えるのなら、片腕しかないボクサーのようなものだった。
加えて、こちらの攻撃手段が限られているのに対し、向こうは持ち前の魔法と『瞬間移動』よって、実に多種多様な攻撃を加えてくる。どうしたって、防戦にならざるを得なかった。
結果として、わたしは防御に徹しつつも、隙の少ないリーチが短めの攻撃で反撃を狙おうとする。
しかしそんなことは向こうだってお見通しであり、こちらの接近に対しては躊躇なく後退するか、威力の高い魔法攻撃で迎撃してくる。いくらシルフィのポーションの効果があるからといって、魔法攻撃に対して無敵となったわけではない。まともに喰らえばわたし自身どうなるか、想像もできないのだ。
立て続けに、カイラスは魔法を放った。
『――爆華!』
強力な爆撃の魔法だった。
わたしは、とっさに尻尾で身体を包み、『わたあめガード』を展開して防御する。
尻尾越しに衝撃を感じ取り、熱気が消えた瞬間に防御を解く。
(――いない!?)
またしても『瞬間移動』で逃げたのか――カイラスの姿はどこにも見当たらなかった。
「――どこを見ている? 俺はここだぜ」
背後から聞こえた声に振り返る。
振り返った先に、カイラスの悪魔のような顔があった。
――伸びてきた手が、わたしの服にかかった。
喉元まで迫った手は、服の襟元を掴むと、そのまま力任せに引っ張ったのだった。
ビリビリ、と音を立て、着ていた服が引き裂かれる。
上半身が大きくはだけ、わたしの肌と白い下着が露となった。
「きゃっ――!」
わたしは露出した胸を咄嗟に庇って、腕で隠した。
羞恥に赤くなるわたしに対し、周囲の盗賊たちから無遠慮なヤジが飛んでくる。
「はははははっ! 文字通り一皮むけば、やはり女だな。ずいぶんと立派なモンを持っているじゃねえか!」
したり顔で嘲りの言葉を投げかけるカイラス。
その目が、すい、と細められる。
「ここは戦場だぜ――そうやって女であることを捨てられず、恥ずかしがるくらいなら、最初から出てくるんじゃねえよ!」
腕の使えないこちらに対して、さらなる追撃を加えてこようとする。
だが、その攻撃が今一つ手緩いのは、明らかにこちらを辱める目的だろう。
(今は、耐えるしか――)
勝算は――なくもない。
カイラスが未だに勝負を決める気配を見せないでいる内に、勝てる手段が一つだけ残されている。
だが、それは極めて分の悪い賭けでもあった。
だからこそ、確実に勝てるそのチャンスを待つしかないのだ。
わたしは静かに、その時を待っていた。
*
◆インタールード:異世界転生者、カイラス・フォン・ファーゼンバーグ◆
(ずいぶんと粘るじゃねえか……)
俺は目の前で必死に抵抗する狐耳の女を見た。
狐耳の女には、明らかに耐魔法効果を持つバフが掛かっている。
とはいえ、それでこちらの対応が変わるかといえば、そうではない。
すぐに終わらせるのではなく、じわじわとなぶり殺しにする方法に変えるだけだった。
こんなヤツに本気になるのはみっともないと思うし、手に入れたオモチャは壊れるまでできる限り長く遊ぶのが俺の信条だ。
そもそも、彼我の戦力差から、本気になるまでもないと理解している。
――異世界転生者である俺には、『神の眼』という力が備わっている。
これは、異世界転生者それぞれ固有の力である『ギフト』とは違い、ウィル・ファザードに転生した者であるならば、大抵は使うことのできる特殊技能だ。
それはいうなれば、ステータスとして他者の能力を読み取れる透視能力だった。
この力を用いれば、目の前にいる女の能力でさえ、手に取るように分かる。
『■ステータス
名前:テイル
性別:女
年齢:14
Lv:1
HP:26/48
MP:30/30
・・・
・・
■スキル
なし』
ハッキリ言って弱い。
Lv1であることを差し引いても、一般人より少し強い程度だ。
大したスキルを持っているようにも見えない。
怖れるに足りない。
――だが、不可解なのはあの尻尾だ。
どういうわけか、目の前にいる女とは別ターゲットとして能力を読み取ることができた。
『■ステータス
名前:??????
性別:???
年齢:???
HP:?????????
MP:?????????
・・・
・・
■スキル
◇レジスト・オール・ソーサリー
スキルランク:EX
効果:『魔法』に属する攻撃であるなら、それがどのようなものであろうと無条件でキャンセルする。
◇アンチ・バッド・エフェクション
スキルランク:SSS
効果:ステータス異常を無効化する能力。『害を及ぼす』という概念を持つなら、たとえそれがどのような力であろうと、このスキルの保持者には意味を為さない。更には、このスキルを保持している者と接触している対象にも効果が及ぶ。
◇プロテクション・オブ・ゴッドブレス
スキルランク:EX
効果:神の加護による絶対の防壁。同ランク以上のスキルを持つ者でない限り、このスキルを保持している対象に傷を付けられない。
◇リフレクトダメージ
スキルランク:SS
効果:直接攻撃によるダメージを反射する能力。さらに一定確率で、武器破壊効果を攻撃してきた対象に付与する。
・・・
・・』
――おかしい、能力を完全に読み取ることができない。
今まで、どのようなモンスターであろうと、『神の眼』の前には丸裸も同然に能力を透視することができた。
だというのに、あの尻尾にはそれができない。こんなことは異世界転生してから初めてのことだった。
しかも――かすかに読み取れた、あのチート級のスキルの数々はなんだ?
あの尻尾がこちらの魔法攻撃を悉く無効化しているのは、あれらのスキルによるものなのだろう。今の俺には、あの尻尾に対してダメージを与えることは不可能だった。
(大丈夫だ……それでも俺の方がまだ、強い)
別段、あの尻尾を破壊する必要なんてない。本体である狐耳の女を殺せばそれでいい話だ。
――そうだ、俺は最強なんだ。
異世界転生する前の――弱かったあの頃の俺とは違う。
二度とあの頃には戻らない。
戻ってたまるものか――!
◆インタールード:END◆
*
――防戦は続いていた。
カイラスは相も変わらず遠距離からいたぶるように魔法攻撃を加えてくる。
時折、『瞬間移動』で消えては、死角からこちらに攻撃を加えようとしてくる。わたしは何とか尻尾を使って攻撃を凌いでいた。
尻尾を使えば、デーモンの炎や盗賊たちの弓矢よりも先んじて防御することは可能である。
しかし――どこから来るとも知れない、多種多様な攻撃を完全に防ぐことは不可能だった。少しずつダメージは蓄積され、わたしはボロボロの様相になっていく。
『――氷魔』
カイラスの呪文の発動とともに、白い輝きが遺跡の床を迸る。
輝きが走り抜けた後には、北極の大地もかくやという風に床が氷漬けとなっていた。
(しまった――冷気魔法――!?)
穿いていた長いスカートが地面に張り付き、わたしの動きが縫い留められる。
回避どころか、移動すらままならない。
「これで終わりだ――」
カイラスの勝利を確信した声が響く。
『――雷帝よ!』
とどめとばかりに、雷槍がわたしを貫かんと解き放たれる。
その、直前――
「――このっ!」
わたしは地面を力強く蹴り、床をゴロゴロと転がって魔法の範囲から逃げ切った。
氷によって張り付いていたスカートが破れ、足が大胆に露出するが、気にしている場合じゃない。
「はあっ――はあ――」
わたしは、呼吸も荒く立ち上がる。
はだけた上半身を腕で庇い、ビリビリに破れたスカートを反対の手で抑えつつも、それでも不屈とばかりに倒れることはしなかった。
冷気に凍え、体温が著しく低下する。内股になり、わたしの身体は小刻みに震えだす。
もはや――誰の目にも、勝敗は明らかだった。
「はっ――勇ましいのは最初だけだったな」
覆ることもない勝利を目の前にして、カイラスが見下すような目を向けていた。
「てめえだって同じだろうが……。異世界転生して手に入れた力で、いい気になっているだけのクズじゃねえか。そんな奴が偉そうに高説垂れているんじゃねえよ!」
「………………」
好き放題に言われているが――今は言わせておくしかできないのだろうか。
(いいえ……、そうじゃない……)
ここまでくれば、もう十分だった。
――勝負を決める。
わたしは一瞬だけ瞳を閉じて集中する。
カイラスには見えないだろうが――その瞳からは闘志は消えていなかった。
再度、目を見開く。
カイラスとの距離はおよそ十メートル弱だった。
(一か八か……、チャンスは一度きり)
ごくり、と唾を飲む。
そうして、わたしは覚悟を決めた――
「――はあぁっ!」
尻尾を前面に突き出し――『ふもっふパンチ』を繰り出す。
「――転移!」
カイラスの声が響く。
やはり、『瞬間移動』――わたしの尻尾の攻撃は、あっさりと回避されていた。
「全く、バカの一つ覚えだな!」
カイラスの声が背後から聞こえる。
わたしにとっての最大の死角となる背後に出現したのだ。
――こっちの狙い通りに。
その油断――その慢心こそ、わたしが何より待ち望んでいたものだった。
(――それはこっちのセリフよ!)
わたしは振り向くことなく叫んだ。
「――光よ!」
発動のキーとなる言葉に呼応して、ルーン石が輝きを放つ。
村人から預けられた害獣撃退用のルーン石――それを、さっき床から立ち上がる際に、背後の床に置いていたのだった。
途端、目も眩むような凄まじい光量が解き放たれる。
閃光発煙筒もかくやという光量だった。当然、背後にいたであろうカイラスは、その光をまともに直視してしまう。
「ぐあっ――な、なにィ!」
光が収まると同時に振り返れば、やはり予想通りに目を抑え、もがき苦しんでいるカイラスの姿があった。
わたしは地面を蹴った。
もう破れた衣服を抑え、か弱い少女を演じる必要なんてない。
リーチを詰めると、カイラス向かって勢いよく跳躍する。
――胸が見える?
――パンツが見える?
そんなの知ったことか!
女の子が総じて弱い存在だと思っているなら、そんなの大間違いである。
二人を助け出すためなら、これくらいの恥など、丸めてポイして捨ててやるんだから!
空中で身体を捻り、一回転――。
自分の全体重を遠心力に乗せ、ミサイルのごとく鋭いキックを突き上げるようにぶちかます。
自分でも惚れ惚れするような空中ローリングソバットが、カイラスの顎にクリーンヒットした。
――バボキッ!
顎の骨を打ち砕く凄まじい音が響く。
「――がはっ!」
本場のプロレス選手もかくやというキックを受けたカイラスは、実に十メートル以上もの距離を吹っ飛ばされて転がっていく。
カイラス自身、その認識が甘かったようだが、どんな強大な力であっても、それを扱うのはあくまで人間なのだ。
そして、人間であるのなら、異世界転生者であろうとなかろうと、人体構造上どうしようもない弱点が存在する。さっきの目眩ましも、その典型な例である。
――顎は人体における急所の一つだ。
ここに強力な衝撃を受けたならば、梃子の原理により脳に重大なダメージを受けるため、即座に脳震盪を起こしてしまう。
加えて、顎の損傷がより深刻であれば、口を動かすことすらできなくなる。――呪文が唱えられなくなるのだ。
すなわち――この瞬間に、勝負は決まっていたのだった。




