第十二話. 救出
◆インタールード:神官候補生、シルフィ・ラドグリフ◆
遺跡の地下は、陰鬱とした闇に支配されていた。
黴臭い、一方通行の通り道で、松明の炎だけが無聊を託つように揺れている。
私たちはできるだけ気配を抑えつつ、地下へとたどり着く。
見張りがいると聞いていたが、地下には無人だった。
上階では、遠くに騒ぎ声が聞こえている。
(おそらくはお姉ちゃんが戦っているんだ……)
この騒ぎを聞きつけて、立ち番は全員出払っているのだろう。人質を救出するなら、今が絶好の機会だった。
(急がないと……、せっかくお姉ちゃんが作ったチャンスを無駄にはできない)
通路の奥に、これ見よがしに分厚い扉が一つ存在していた。
他に部屋らしきものは見つからず、他に人質を捕らえるような場所は見受けられない。
おそらくは――ここに二人がいるのだろう。
コンコン、とドアをノックした後、屈強な体つきの村人――ラグドさんが呼びかけた。
「フラッカ、ジェシカ、そこにいるのか?」
「…………誰?」
かすかに、女の子の声が聞こえた。
間違いなくフラッカの声だ。
私は、希望に目の前が明るくなる思いを抱いた。
しかし助けようにも、扉には鍵がかかっている。
「この扉、どうやって開ける?」
「ちょっと待ってくれ……。大丈夫だ。これくらいの鍵なら」
村で鍛冶職人をしているマシュウさんが、出番とばかりに前に出た。
彼は仕事上、錠前を作成することもあるので、鍵の構造には熟知しているのだろう。細い針金を取り出すと、解錠作業に取り掛かった。
しかし、いくら扉の構造が単純とはいえ、針金一つだけでは解錠に少し時間がかかった。
地下の空間に、カチャカチャと音が響き渡る。
「まだか……、まだ開かないのか?」
ラグドさんが焦る気持ちを口に出す。
その焦燥感は私も同じだった。こうしている間にも、盗賊に見つかるかもしれないのだ。不安に思わない筈がない。
そして、その不安は見事なまでに的中した。
「ああっ! テメェら! 何してやがる!」
通路の奥から、階上から降りてきた盗賊団に発見されてしまった。
激高した様子で剣を振りかぶり、こちらへと殺到してくる。
その数、三人。
対して、こちらは村人の男が五人だった。
いくら数の上でこちらが有利といっても、こちらは完全に戦闘は素人、それに対し、向こうは戦い慣れした盗賊である。勝ち目などあるわけがない。
「オラ! とっとと死んでおけや!」
盗賊刀を大上段に振りかぶって、廊下で瞬時に距離を詰める盗賊の男。
――そこが、私のねらい目だった。
「――――いでっ!」
「うおわっ!」
先頭を走っていた盗賊の男が、突然躓き、通路半ばにてすっ転んでしまう。
後続の盗賊たちも走ってきた勢いを殺しきれず、重なるようにうつ伏せに倒れ込む。
――彼らからすれば不可解極まりないだろう。
何せ、何もないように見える空間から突然足払いをかけられたのだから。
「な、なんだ――でっ!」
――スコーン!
盗賊の男は、突然殴られた痛みに後頭部を押さえつけた。
「いてっ、だっ――一体何なんだこりゃ!?」
不可視の打撲攻撃はなおも続いている。
――そうして彼らに攻撃を加えているのは、実は私なのである。
「えーいっ!」
狭い廊下に私の声が響いた。
勢いよく振りかぶった杖が、盗賊の頭蓋骨に直撃して、カーン、と気持ちのいい音を出す。
盗賊の三名は、特大のクエスチョンマークを浮かべて混乱しているが、そこを見逃す村人たちではなかった。
完全に怯んだ盗賊たちに、村人たちが殺到する。
持ってきた農具の攻撃で袋叩きに合い、盗賊たちは大人しくなった。
そこでようやく――私の魔法の効果が消えた。
薄暗い廊下の中で、私の姿が露になる。
『透明化』のポーション――私の持つ中でも、とっておきの霊薬だった。
製法が難しく、一人分しか用意できなかったが、身体に振りかけることで、しばらく透明になることができる。
遺跡に突入する直前に私はこれを自分に使って、先行して内部の様子を探ったり、こうして不意を突かれたりしたときのために控えていたのである。
「ふー、助かったぜ。シルフィ」
ラグドさんが礼を言い、そこで私は、ほぅ、と安堵のあまり深く息を付いた
(こ、怖かった……)
いくら透明になっているからといって、杖を使って足払いをかけたり、盗賊に殴りかかったりするのは、やはりとんでもなく勇気がいる。
(お姉ちゃんは……こんなのと戦っているんだ……)
改めて、あの人の勇敢さに尊敬する。
いくらあの無敵の尻尾があるからといって、それ以外は普通の女の子、しかも記憶喪失なのだ。複数の大人の男にああして立ち向かえるのは、並大抵のことじゃない。
私がそのように考えた直後、ようやく解錠に成功する。
「よし、開いたぞ!」
扉を開けると、そこにはやはりフラッカとジェシカの二人が、心から救われた笑顔を浮かべていた。
わっ、と泣き声を上げて、村の男たちにしがみ付く。
(――よかった。二人とも無事だ)
「よし、今のうちに脱出するぞ」
だが、そうして安心したのも束の間――
その瞬間、大きな振動が聞こえた。
(い、今のは……?)
そのとき、倒れていた盗賊団が口を開いた。
「――親分の……魔法だな。へへへ、あの女はどのみち終わりだ。勝てるわけがねえ……。親分は『神』に選ばれた異世界転生者だ……」
(神……?)
盗賊の言葉は不可解だったけれど、私はいてもたってもいられず、駆け出した。
「お、おい、シルフィ!」
「皆さんは先に脱出していてください!」
私はそう言い残し、階上に向かって走り抜ける。
確証はない。けれど、直感で不吉を感じ取ったのだ。
――今のお姉ちゃんじゃ勝てない。
今、この上には、決して相手をしてはならない敵がいるのだ――と。
(急がないと……。このままじゃ、お姉ちゃんが……)
◆インタールード:END◆




