第十一話. タンクとしてできること
「すー、はー」
わたしは目を瞑って大きく深呼吸をする。
そうして数秒間を置いて、心を落ち着かせる。
――――だっ!
わたしはアジトの入り口に向かって全力で駆け出した。
本来はもっと慎重になるべきかもしれないが、関係ない。
自分の目的は陽動だ。なら、殴り込みは多少派手な方がいい。
ヤクザ映画で敵陣にカチコミをかける鉄砲玉のような心境で、わたしは遺跡への突入を行った。
案の定、中にいた盗賊団とあっさりと鉢合わせになる。
「な、なんだテメェは――ぐげほっ!」
そいつをあっさりと尻尾で張り倒し、わたしはアジトに対してさらなる追撃をかける。
「て、敵襲だ!」
「あいつ……っ、昼間見た狐耳の女だ!」
続々と盗賊団が殺到する。
「捕まえろ! いや、殺せ!」
前方から十人余りの盗賊団が現れ、それぞれ獲物を手にした状態で、わたしに向かって襲い掛かってきた。
わたしは怖じる気持ちを押さえつけ、押し寄せる暴漢どもを迎え撃つ。
「――連続ふもっふパンチ!」
ドドドド、と音すら立てる勢いで放たれた尻尾による百裂拳は、無数の残像を生み出し、襲い掛かってきた盗賊団を一人残らず殴り飛ばす。
――とはいえ、レッサーデーモンを相手に使った時は違い、今回は手加減している。
事実、吹っ飛ばされた盗賊たちは、気絶して目を回していたものの、原形は留めていた。
「く、くそう! おい、弓を持ってこい! 遠距離から仕留めろ!」
わたしは、さっと逃げるフリをする。
遺跡の中を駆け巡り、殺気に満ち溢れた怒号と足音が、背後から迫ってくるのを聞いていた。
「逃がすかボケッ!」
逃げ道の先にあった曲がり角にて、回り込んだ別の盗賊たちが躍り出た。
弓を番え、一斉にこちらに狙いを定めている。
わたしは速度を緩めず、ポケットから一掴みの石を取り出した。
それは、村人たちから預かった害獣撃退用のルーン石である。
前方の盗賊二人に向かって投げつけ、発動のキーとなる言葉を紡ぎだした。
「――音よ!」
わたしの言葉に呼応して、盗賊たちの近くにてそれは炸裂し、直後、耳をつんざくような爆音が反響する。
たまらず、盗賊たちは構えていた弓すら取り落とし、耳を庇った。
ちょっとしたスタングレネードに匹敵するほどの高周波数の音が炸裂したのだ。立っていられないほどの衝撃が、盗賊たちの脳内を駆け巡る。当然、その隙を見逃すわたしではない。
わたしはそいつらに肉薄すると、尻尾の一振りで打ち払った。
「ンの野郎――!」
「畜生、あの女――絶対殺す! 生きて捕らえたら、この上なく犯した上で殺してやる!」
仲間が倒されたことに激高し、さらに猛烈な勢いで追い回そうとする盗賊団。
くわえて、先ほどの音によって、遠くからも盗賊たちが駆けつけてきていた。
それを見てわたしは踵を返す。
(狙い通りだ――)
わたしの目的はあくまで時間稼ぎ。シルフィや村のみんなが、フラッカとジェシカを救出するまでの間、囮となって盗賊たちをこの場に足止めしておけばいいのである。
そのためには、相手を倒しすぎないことだ。
もし仮に、ここで敵を追い詰めてしまっては、窮地に陥った奴らが人質を盾にするかもしれない。
だから、適当に逃げてはピンチを演出する必要があった。
自分に任された仕事は、迫りくる敵の脅威から他の全員を護ること――いうなれば、盾としての役割に過ぎない。
ならば、終始それに徹する。
目的は盗賊団を殲滅する事じゃない、全員の生還が第一優先だ。
わたしはそうやって逃げ惑うフリをしつつ、時には反撃して盗賊団を攪乱していた。
そうして、しばし時が過ぎた後――
「――何してるんだ、てめえらは」
静かに、ぞっと響くような声が聞こえた。
その瞬間、その場にいた盗賊たちがびくりとして振り返る。
声の主は、ゆっくりとした足取りで遺跡の階段から降りてきて、その姿を現した。
「……ったく、おちおち眠れもしねえ」
明らかに不機嫌そうに舌打ちをし、それを聞いた他の盗賊たちが怯えて縮こまっている。
「お、お頭……」
「カイラス親分……」
お頭――すると、この者が盗賊団のリーダーなのだろうか。
そして、盗賊団の言葉を信じるなら、彼こそがもう一人の異世界転生者――
わたしはカイラスと呼ばれた男を仰ぎ見た。
まだ若い――おそらくは二十歳に届いていないだろう。
比較的整った顔立ちに、魔道士風の黒装束に身を包んでおり、ともすればインテリめいた青年という感じに見受けられる。
しかし、その目――まるでこの世のすべてを見下し、軽蔑しきったかのような目つきは、年齢相応とは程遠い、擦れ切った鈍い輝きを宿していた。
「こいつが狐耳の女か。――へえ、めっちゃ俺好みだよ。いいねえ」
無遠慮にわたしをジロジロと眺めてくるが、わたしはそれに頓着せず、彼に向って問いかける。
「あなたがこの盗賊団のリーダーで相違ないの?」
「ああ、カイラス・フォン・ファーゼンバーグだ。アンタの名は?」
「テイル――ただのテイルよ」
わたしにはどうしても確かめなければならないことがあった。
意を決し、断乎とした表情で彼に向き直る。
「教えて――あなたも異世界転生者っていうのは、本当なの?」
「……『も』? ってことは――まさか、アンタもか?」
カイラスが驚きに満ちた表情を見せる。
わたしは鷹揚に頷いた。
「ええ……、あなたも地球からやってきたの?」
ざわ、と周囲が動揺する。
カイラスはしばし声を失っていたものの、やがて哄笑を轟かせた。
「は――はは、ははははは! まさか、こんなところで同郷者と出会えるとはな! ああそうだよ、地球生まれの日本育ちだ!」
日本――わたしには自分に関する記憶がないけれど、どうしてだか親しみのある響きだった。
もしかすると、わたしもその国で生まれ育ったのだろうか。
カイラスはひとしきり笑った後、
「なあ、お前に一つ提案があるんだが――」
すっと表情を消して、悠然とした佇まいで打診してきた。
「俺と組まねえか? なぁに、悪いようにはしねえよ。自分で言うのもなんだが、俺はこの世界に転生して、英雄クラスの実力を持つ魔道士になった。大概の脅威は力ずくで排除できる。
考えても見ろよ。同じ世界からやってきた異世界転生者同士が、飛ばされた先の世界で出会えたんだぜ。苦しいのも辛いのも同じだ。傷を舐め合う相手としては、これ以上のものはない。俺たちは最も互いのことが分かり合える存在だ……。違うか?」
カイラスの申し出に対し、わたしは一度目を伏せ、そして質問を返した。
「どうして――?」
「あん?」
「どうして、異世界転生をして――それほどの力を持ちながら、盗賊に身を窶しているの?」
すると、男の表情がさっと曇った。
「いいだろ、別に。お前には関係ねえ……!
ああ――なるほど。あんた、そういう系か。悪いことをしているやつが許せないとか、そういうヒーロー気取りの奴?」
カイラスの声色からは、明らかに侮蔑の色が含まれていた。
わたしには、記憶がない――
それでも、自分が前世で培ったであろう道徳心は健在だった。
わたしだって、人間が持つ欲望自体を否定するほど子供ではないけれど、他者を顧みず悪事を行うことには義憤を抱くし、それが人として正しい在り方だと信じている。
ましてや、同じような現代の価値観に触れた者であるにも関わらず、異世界にて悪徳なる生き方をしている者に対しては、問わずにはいられなかった。
「あなたにどんな事情があるのかは知らない……。けれどこんな風に、他者から不当に略取することに、自分が育て上げた力を使う必要もないでしょう?」
「は――何甘いことを言ってやがる」
わたしの言葉に対し、嘲弄するような声を上げた。
「この世界は弱肉強食だ。そしてそれは、元いた世界だって同じだったじゃねえか。
正義なんて、力のあるやつが決めるルールでしかない。いつだって、強いものが弱いものから略取する、それが全てだろ。だったら、生まれ変わって力を手に入れた今だからこそ、奪う側に回るんだよ――それくらいの権利は俺にだってあるはずだろ?」
わたしはかぶりを振って否定した。
「その結論の果てが盗賊だっていうの? ――そんなの絶対間違っている。たとえ現実や社会がどうであろうと、人として最低限守るべき良心というものがあるはずよ。それを最初から無視して、犯罪を正当化するのは、ハッキリ言って筋違いよ」
わたしがそう言い切ると、ぎり、と歯の軋む音が聞こえた。
カイラスは、顔を赤くして睨みつけてきた。
「……俺はなぁ――前世において、強いやつにずっと搾取されて生きてきた。そいつらのせいで、俺の人生はずっと暗いままだった。
――そいつらの身勝手のせいで俺の人生が台無しにされたのに、そいつらはのうのうと生きていて、俺だけがどうして我慢しなけりゃいけないんだ! そんなの許せねえじゃねぇか! 不公平じゃねえか! テメエなんかに俺の何が分かんだよ!」
その魂からの咆哮に、今度は逆に、わたしのほうが言葉を無くしてしまう。
この男が、一体どのような過去を背負ってきたのかは定かではない。けれどそれは、彼が世の中を憎むに足るだけの、わたしには及びもつかないような辛い出来事だったことは、犇々と響きから伝わった。
けれどそれでも――わたしは、悪を肯定することはできなかった。
わたしは、怒りと悲しみが半々に混じり合った視線をカイラスへと向ける。
「――あなたが前世で、どんな絶望や憎悪を抱いたのかは知らない……。『気持ちは分かる』みたいな言葉、わたしなんかが気安く言ってはいけないものだって理解できる……。
けど、せっかく異世界転生した身なんでしょう! だったら、こんな風に自分が受けた不幸を他人に押し付けたりしなくたって、本当の意味で自分を幸せにする方法を、あなたは知っているはずじゃないの!
自分さえよければ他はどうなってもいいなんて考え方は間違っている! いつか、より強い力を持った他の誰かに、同じように奪われるだけじゃない! 同じことの繰り返しじゃないの! 今からでも間に合う……盗賊団を辞めて罪を償えば――」
「黙れ偽善者!」
その場にいた盗賊団全員が竦み上がった。
ただ一人、わたしだけがカイラスと真っ向から視線をぶつけ合う。
「テメェみてえなヤツを見てっとイライラする――やっぱ仲間にするのはやめだ。これ以上にないってくらい屈辱的な死に方を与えてやるよ。それでも最後まで同じことを口にできるか、試してやる!」
カイラスは武器を構えなかった。完全に徒手空拳であり、魔道士らしい杖も持ち合わせていない。
もっともそれは、わたしだって同じだった。わたしのこの尻尾がそうであるように、相手も異世界転生者とあれば、どのような攻撃が飛んでくるか想像も付かなかった。
カイラスは、ちらりと配下の盗賊団に目配せする。
「おい、お前ら。念のため、地下の方に何人か行ってこい。こいつが囮の可能性があるからな」
その言葉を受け、頭目の意を組んだ盗賊たち数人が、遺跡の奥へと走り去っていく。
(――まずいっ!)
このまま行かせては、今も人質の救出に行っているであろうシルフィたちと鉢合わせしてしまう。そうなれば、犠牲は免れそうにもなかった。
そうさせないためには――
「――ふもっふパンチ!」
先手必勝とばかりに、カイラスに向かって必殺技を放った。
尻尾は形を変えて膨らみ、真っ直ぐに鉄拳を撃ち放つ。
その一撃が男に触れる瞬間――
「――転移!」
カイラスの声が発せられた。
その声が響くと同時に、魔道士の姿は跡形もなく消え失せていた。
「えっ……、ど、どこ!?」
わたしは咄嗟に周囲を見渡す。
次の瞬間、わたしの背後――思わず血の気が引くほどの間近から、冷たい声が響いた。
『――雷帝よ!』
カイラスの呪文が解き放たれる。
直後、凄まじいまでの雷撃が出現し、銃弾のごとく一直線にわたしを射抜いたのだった。
「が――――はっ!」
あまりの出来事に、尻尾で防御することすらできなかった。
心臓を破壊されたと錯覚するような衝撃が全身を駆け巡り、わたしはうつ伏せに倒れ込んでしまう。
全身が動かない。手足は痙攣し、立ち上がることすら叶わない。
わたしは、視線を巡らせた。
驚くことに、わたしの背後にカイラスが移動していたのである。
(けれど……一体、どうやって!?)
どれほどの高速で動いたところで、ああも一瞬で移動するなんて芸当は不可解だった。
まるで、瞬間移動したような――いや、瞬間移動そのものである。
男は悠然と笑みを浮かべつつ、わたしを見下ろしていた。
「ハ――ざまあねえな。さあて、お楽しみのショーはこれから――」
そうしてわたしに手を伸ばそうとした時である。
「――ええいっ!」
わたしは、カイラスを払うように尻尾を叩きつけようとした。
ところが尻尾の一撃は難なく察知され、カイラスは大きく飛び退いてしまう。
――気が付けば、全身に感覚が戻っていた。
わたしは、何とか手足に力を入れて立ち上がり、カイラスを睨みつける。
カイラスは驚いた様子でわたしを見やりつつ、
「へえ、こいつは驚きだ。手心を加えたとはいえ、普通だったら丸一日は立ち上がれないはずなんだがな……」
その言葉を聞いて、わたしは思い至る。
おそらくは、シルフィがくれたポーションのお蔭だろう。
聖女特性のポーションの効果によって、先ほどのカイラスの攻撃魔法は威力を半減されていたのだ。それがなければ、先の一撃で勝負は終わっていただろう。
カイラスは、わたしの尻尾を見つつ、小さく鼻を鳴らした。
「ふん、どうやらその尻尾がお前の『ギフト』か」
「ギフト……?」
わたしは何のことか分からずに問い返すが、カイラスはさも意外とばかりに言い返した。
「何を言っている? 異世界転生者は何かしらの特殊能力を与えられているはずだろう。例えば俺の場合――」
次いで、先ほどと同じようにカイラスの身体が掻き消える。
直後、カイラスはわたしの目の前に出現した。
空間を渡った――そうとしか思えないように、何もない場所から現れたのだった。
「『瞬間移動能力』ってやつさ。――ホラ、先ほどの偉そうな威勢はどこに消えた?
俺が生前に受けた絶望――強大な力に一方的に奪われる痛みを、フルコースで味わわせてやるよっ!」




