第十話. 潜入、黒碑の森
第一話~第九話の読みにくい箇所、心理描写が下手な個所を順次直していきます。
(ストーリーは変わりません)
拙い文章の中、読んでいただいている皆様には、感謝の言葉を申し上げます。
黒碑の森――ファクトの村から、徒歩で半日ほど離れた場所に広がる森である。
どうして『黒碑』という名がついていることに疑問だったが――
いざ森の中に入ってみて分かった。
森の中に、大小さまざまな黒い石柱が点在していたのである。
そもそもこの地は、かつてダークエルフ一族の隠れ里だったこともあり、邪神崇拝を行っていたという伝説がまことしやかに囁かれているらしい。
そうした太古の遺跡の名残として、風化した石柱などが発見されている――というのが、この森の名前の由来だった。
わたしたちは、村から馬車を使って移動した。
盗賊たちの隠れ家と目される森に辿り着いた時には、すっかり夜の帳が落ちていたのだった。
わたしと、シルフィと、それから村の男たち数名は、準備の後に、森への突入を試みた。
夜の森に入ることに危険を感じないでもなかったが――わたしたちは一刻を争っていたこともあり、朝を待たずに突入を強行したのである。
シルフィを連れてきた理由であるが――神官候補生である彼女の持つ魔法の力が、この場では有用だったからだ(そもそも彼女がわたしに付いていくことを強弁に申し出たのである)。
それは森の中に入るときに、すぐさま実証された。
『揺蕩う風の精霊――小さき我らに祝福を――防護!』
シルフィの呪文が終わると、わたしたちを淡い光が包み込んだ。
光がすぐさま収まり――まるで目に見えない鎧を全身に纏ったかのような、不思議な感覚を抱く。
「ふぅ……、これで大丈夫です。強化魔法が効いている内は、仮に盗賊に襲われて、多少の攻撃を受けたとしても、致命傷には至りません」
「ありがとう」
わたしは微笑んでシルフィに礼を言い、そして森の探索が開始された。
村の男を先頭にして隊列を組み、わたしとシルフィもその後に続いていく。
森は不気味に静まり返り、どのような恐るべき存在が現れたとしても不思議ではない。
本当なら、女の子であるシルフィはここで村に返してもいいくらいだが、この森が本当に盗賊のねぐらだった場合、彼女を一人にしておく方がかえって危険だと判断し、こうして彼女にも同行してもらっていた。
「シルフィ、危なくなったら、あなただけでもすぐに逃げるのよ」
「はい……」
わたしは後ろを歩くシルフィにそう言った。
すると、シルフィは何かわたしに小さく耳打ちしてきた。
「あの、お姉ちゃん。これをどうぞ……」
そっと、彼女がポケットから差し出してきたのは、手のひらサイズの小瓶だった。
「……なにこれ?」
「中の液体を飲んでみてください」
さして疑いもせず、わたしは瓶の中身を飲み干した。
不思議な味ではあったが飲みやすく、すっと嚥下することができた。
「あ、ちょっと美味しい……。で、これって結局何なの?」
わたしが尋ねると、なぜだかシルフィはもじもじとした態度で赤面しつつ、
「その――私の……から出た液です」
――ぶーぅ!
『……』の部分を聞き取ったわたしは思わず吹き出してしまう。
わたしは多少咳き込みつつ、
「な、なんてものを飲ませるのっ! シルフィ!」
「お、落ち着いてください! 正確には、私から分泌した液を調合したポーションです。ちゃんと消毒していますから、安心してください」
『エリクシールの聖女』という特異体質である彼女は、全身から分泌される液体がそのまま魔法薬へと転じられる。
それを調合した薬とあっては、確かに効果を保証できるものではあろうが――だからといって、説明の仕方があるだろうに、最初聞いたときはショッキングのあまり吐き出しそうになってしまった。あいにくと、わたしはこれをご褒美と感じるような、特殊な性癖は持ち合わせていない。
「継続回復と魔法防壁、耐四大属性に加えて、増強の魔法効果がもたらされます。
これでお姉ちゃんは、ちょっとした戦士にも負けないくらいの力を得ているはずです」
シルフィの言う通り、不思議と身体の奥から力が湧いてくるような気がする。
どうやら、飲んだポーションが確たる効果を齎しているらしい。
「あ、でも、安心してくださいね。こういうのを飲ませるのはお姉ちゃんだけですから。――きゃ、言っちゃった!」
なぜだか恥じらうようにそんなことをいうシルフィ。
果たしてそれはどう安心すればいいのだろうか――判断に困る発言であった。
闇夜の中、光のルーン石を明りとして、森をかき分けて進む。
そうして、かなりの距離を進んだところであった。
「――あ、待って!」
わたしは制止の言葉を上げた。
立ち止まる一行のなかで、わたしは地面に落ちていたそれをそっと拾い上げた。
「お姉ちゃん、それって……」
シルフィが指さしたそれは、村でわたしが子供たちに教えていたドングリ独楽だった。
フラッカとジェシカも遊びに加わっていたのだから、二人のポケットに同じものがあってもおかしくはない。つまり、これがここに落ちていたということは――
「間違いない……。二人ともこの森にいる」
ざわ、と一同が凍りつく。
わたしの言葉は、同時にここが盗賊団のアジトであることを裏付けるものだった。
見れば、ドングリ独楽の落ちていた場所の先に、狭い道が続いている。
おそらくは――この先に隠れ家が存在するのだろう。
「けれど――よくこんな小さいの見つけたなぁ」
村の男が感心したように呟いた。
確かにそうだ。森の夜道で、このような小さい独楽を見つけるのは、偶然の助けでも借りない限り無理だろう。
実を言えば、それは――わたしも不思議に思っていた。
レッサーデーモンと戦った直後くらいから、五感が研ぎ澄まされるような状態となっているのだ。
視覚、聴覚、嗅覚――周囲の世界がはっきりと認識できるほど、鋭敏になっている。
いや、五感が特別優れてきているのではない。
引き戻される――昔忘れていた能力が戻るような、不思議な感覚だった。
(わたしの記憶と……関係あるのかしら……?)
不思議には思う――けれど、今は考えている時間が惜しい。
この道の先には、今も二人が助けを待っているのだ。
一同は、一旦明かりを消すと、静かに息を殺してゆっくりと進んだ。
「――しっ!」
先頭にいた男が、人差し指を立てて立ち止まった。
わたしも、さっと背筋を伸ばして静止する。
目を凝らすと――前方に巨大な建造物が聳え立っているのが見えた。
それは古代の遺跡のようだった。
まるで、神殿を思わせる石造りの建物は、栄華の名残を時の流れに置き去りにして、草木が絡まっては、森の中で眠るように佇んでいた。
そして――入口の所には篝火が設えられており、見張りらしき人間が立っていた。
見覚えのある姿から、昼間に来た盗賊団の一派であることが伺える。
おそらくは、ここが奴らの隠れ家なのだろう。
――幸いにも、こちらに気付いている様子はない。
わたしたちは、茂みに隠れたまま息をひそめ、外の様子を伺った。
見たところ、入り口のところには他に見張りはいない。
とはいえ、遺跡内部には当然盗賊の仲間がいるであろうし、異変が起こればすぐさま増援が呼ばれることは想像に難くない。
「どうしよう、お姉ちゃん……?」
「そうね――」
わたしは少し考え――そして、ある提案をしたのだった。
*
「ふあぁ……」
見張りの一人が、大きくあくびをする。
いかにも、『見張りなんて退屈でしかたがない』といった感じだ。
その背後に、するする――と、何かが這うように忍び寄る。
「――ん?」
見張りの男は振り返るが、そこには何もない。
ただただ、夜の静寂が不気味に息づいているだけである。
「…………気のせいか」
再度前方へと意識を映し、その背中は無防備になる。
そこに、巨大な蛇もかくやという極太の何かが襲い掛かり、くまなく全身に巻き付くと、有無を言わさず、力任せに茂みの中に引きずり込んだ。
――まあ、正体はわたしの尻尾なんだけど。
なんかもう、ホラー映画のワンシーンみたいな惨劇の余韻だけを残し、見張りの男を拉致したのであった。
*
「さ、攫ってきたガキ二人は……遺跡の地下に閉じ込めている……。地下へと至る道は二つあって、どっちも見張りがいる……」
しばらくして――
捕らえた見張りをギッタギタのボコボコに締め上げて、わたしたちはフラッカとジェシカの居場所を聞き出すことに成功したのである。
「ご苦労様……。あなたはもうしばらくここで眠っていなさい」
わたしは、ロープで簀巻きにした男に猿轡を噛ませ、茂みの中へと隠した。
ともあれ、攫われた子供二人の居場所はこれで分かった。
あとは救出するだけであるが――
「よし、全員で地下に侵入して、二人を助けよう!」
男たちがそのように意気込む。
けれど、わたしだけはその意見に反対だった。
「いえ、だめです……。場所は遺跡の地下――もしも侵入に気付かれれば、逃げ道を塞がれます。そうなったら袋のネズミです」
「じゃあ、どうやって――」
尋ねる男に対し、わたしはきっぱりと言った。
「わたしが正面から乗り込んで、囮となります。その間に、皆さんは二人を救出してください」
「お姉ちゃん!」
シルフィが驚いてわたしを見る。
他の全員も、一様に正気を疑うような目をわたしに向けていた。
そのような目を向けられるのも無理からぬことだった。遺跡の中に、どれほどの敵が待ち構えているか定かではない。昼間、村に現れた盗賊たちが、敵の総力は限らないのだ。
「わたしは大丈夫。ほら、この尻尾があるし、そんな簡単にやられないから」
ぱたぱたと尻尾を揺らして見せる。
囮となる――子供二人の居場所を聞いた時から、考えていたことだった。
確かにリスクはある。
しかし、救出対象も含めて全員が帰還するには、それが一番可能性が高い策でもあった。
(あの村の人たちで……誰かが犠牲になるなんて、そんなのは絶対に嫌!)
――ふと、自分でもどうしてここまでするのだろうかと思うときがある。
自分には記憶がない。
不安だらけで、何が正しいのかも分からない。
けど、だからこそ――
何もないゆえに、自分の中に沸き上がった気持ちを大切にしようと思うのだ。
自分を受け入れてくれた村の人々を大切に思う気持ち――
盗賊たちの非道を許せないという正義感――
それらは紛れもなくわたしの本心だ。記憶がない中でも、疑いようもない自分自身の断片だ。
ならば、それを信じる。
粉々に砕け散った自分自身の断片を拾い続けていけば――この先、たとえ記憶を取り戻すことがなくても、不安なく前を進むことができるようになるだろうと、そう確信しているのである。
「お姉ちゃん……」
不安そうに見つめるシルフィ。
「そんな顔しないで……、適当に時間を稼いだら、わたしも逃げるから。フラッカとジェシカを助け出して、あとで全員無事に会いましょう」
わたしは安心させるようにシルフィの髪を撫でた。
作戦が決まったところで、村の男がわたしに何かを手渡してきた。
「テイル……。これを預けておく」
「これは――」
「害獣撃退用のルーンだ。いざというときは役立ててくれ。いいか、使い方はな――」
そうして説明を受けた後、わたしたちは二手に分かれた。
勿論、不安だってある。
この尻尾だって、未だにどういう原理なのかもハッキリしていない。
けれど、今の自分にとって、頼りとするのはこれだけしかない。
やるしかない――
二人を、助けたいのだ。
(だから……おねがい、力を貸して)
私は祈るように尻尾を撫で、夜に佇む遺跡を見上げたのだった。




