④朝日新聞・夕刊
真野茂樹(東大教授・国文学)
宮本教授が亡くなられた。若い研究者は目を丸くするかも知れないが、宮本教授の存在は一時期、国文学界ではタブーであった。
国公立の大学に属さず自由に研究・発言を続ける宮本教授をアカデミズムは長く黙殺してきた。しかし、大学紛争やニューアカデミズムの台頭で学問の世界が揺らぐと、自由な立場で独自の説を展開されてきた宮本教授は評価されてきた。地元東海地方の私大の特任教授も務めるようになった。(もっともタレント教授の先駆けという面も否めなかったが)
また北朝文学研究も、研究者や文学者に浸透してきた。これも若い研究者はびっくりするだろうが、「玉葉」「風雅」、伏見院、永福門院は宮本教授が紹介されるまで、今ほどメジャーではなかったのである。
宮本教授のような奔放な人材をしっかり使いこなせなかったアカデミズムのあり方はもっと見直されないといけない。
私は東大の教官だが、宮本教授はこだわることなく、何でも懇切丁寧に教えて下さった。
微笑ましいエピソードだが、私が若い時、私大でバイトをしていて、先生の所に女子大生を連れて行った。そのうち一人が「『好きこそものの上手なれ』って、何で『なれ』って終わるんですか?」と尋ねたら、宮本教授は大喜びして、係結びを熱心に教え、私にしきりに「この子に目をかけてやりなさいよ」とおっしゃった。
その時の少女が、先日、サントリー学芸賞を受けた松田姫子さんである。




