第13話 2/11 ペンは剣より強いのか?
SIDE:総理大臣 阿武 隈岳
証人喚問終了翌日、午後からの総理官邸での記者会見を前に、合津副総理と打ち合わせをしていた時のことだ。秘書からの報告を受けテレビをつけると、臨時ニュースとして記者会見の様子が流れてきた。
まずいことになった。こちらの会見をする前にまさか山本君が先に会見を開くとは。しかもテレビ局全社が生放送ときた。地震だろうが何だろうが緊急ニュースをしないことで有名な某局ですら中継するとは思わなかった。しかしなぜ山本君は記者会見を引き受けたのだろう。無視してもよさそうなものだが。
会見を見始めたのは途中からであったが、おそらくランキングマッチトーナメントのことを話そうとしたのではないだろうか。昨日話した内容が出ていたのでそう思った。出場できない件を聞いたときは笑ってしまった。この程度の問題であれば総理権限を使って出場させることもできるだろう。疑惑を払しょくするために出場してもらうといえば納得できるはずだ。
など思っていたが、最後まで記者会見を見終わると目の前が真っ暗になるようだった。山本君は終始正しいことしか言っていない。レイプなど彼の性格で行えるわけがない。問題になるのはせいぜい最後の『殺す』発言くらいだ。それだって理不尽に彼の家族に迷惑をかけようとする発言をしたやつがいたからだ。
なぜ山本君の話しを聞こうとしない。なぜ実力を確かめようとしない。なぜテイムモンスターを一目見てから考えようとしない。
短絡的な連中が群集心理で一人をたたくという醜悪な様子。
ただ、たたかれているたった一人が、この国を圧倒する力を持っている。
権力などものともしない圧倒的な暴力。シンプルゆえに対策するには同じ暴力じゃないとどうしようもない。そしてその暴力に対抗できる暴力は国内に存在しないだろう。S級探索者を集めたところで12年前までS級ダンジョンの氾濫を抑えられなかったんだ。
それをあの記者どもは勘違いしている。ペンが剣より強いと信じているのか?そんなもの実際に戦ったことのない奴らの妄言でしかない。12年前ダンジョン氾濫が起きていた時、ペンで氾濫地域が解放できたとでもいうのか?
あのモンスターどもを駆逐したのは圧倒的な暴力だ。たった一人の探索者と、お供の10匹のテイムモンスター、それだけで1万は超えるであろうモンスターを薙ぎ払っていく様子。巨大なボスモンスターを一蹴する様子。遠目で見ただけでも世界観が変わる。あの時の様子をせめて映像に残しておけばよかった。そうすれば今のようなことにはならなかったであろう。
「阿武ちゃん、山本君に連絡取れるかい?」
後悔の念に沈んでいるところに合津さんの声がしてハッとした。そうだ、まだやれることはあるはずだ。
「今電話します!」
急いで電話をかける。おそらく空間転移で記者会見の場から離れたであろう。携帯電話に掛けるとすぐにつながった。
「もしもし、阿武です。山本君今いいかい?」
『あ、どうも。今ですか?大丈夫ですよ。』
電話越しに山本君の声を聴いているが、普段と変わった様子はない。後ろの方から動物の鳴き声がするがこれはテイムモンスターか?いろいろな種類の鳴き声がするのでどのモンスターかまではわからない。
「記者会見を見せてもらったよ。ひどい記者ばかりで災難だったね。」
『ええ、全然人の話を聞かない連中でしたね。疎通取れない連中相手で疲れましたよ。』
軽口から入ってみるが、山本君は落ち着いている様子だ。落ち着いている?家族の話をした時には『殺す』とまで言ったのに?ちょっと探りを入れてみるか。
「最近は記者も質が落ちてきてね。失言をさせて言葉だけ拾うためにいるような連中もいるのだよ。まったく。それよりこれからどうするかね。ランキングマッチトーナメントまでまだ日にちは空いているが。」
『それなんですが、トーナメントは出ないことにしました。』
実力を示すためのトーナメントに出ない?今の山本君の力を示すために必要なはずだが…。嫌な予感がする。ほかに何か手段があるのか?
「トーナメントに出ない?ではどうするのかね?」
『ダンジョンの間引きを辞めます。』
「なっ!?」
思わず大声が出てしまう。その反応を見て隣にいた合津さんも顔色を変える。聞こえていたわけではないだろうが、私の様子を見て何事かあったと悟ったようだ。
『どうやら世間一般で俺は詐欺師扱い。ダンジョンの間引きをしていたことを訴えても聞き入れてもらえない。なら間引きをしないとどうなるか、その身に叩き込んだ方がいいと思いまして。』
想定の中で2番目に悪い結果だ。落ち着いた感じは覚悟を決めているからか。一番悪い予想の虐殺にならなかっただけましか…。
「そうか…いやそうなっても仕方がない。それだけのことが起きているからね。だが山本君一つだけ言わせてほしい。」
『なんですか?』
これだけは言っておかねば。この国を守る、国民を守らなくてはいけないが、彼だって国民だ。
「少なくとも私と合津さんは君の味方だ。どのような結果になろうと君を信じている。今までこの国を守ってくれてありがとう。」
『…こちらこそ、ありがとうございます。』
落ち着いた声が初めてぶれた。そうか、彼には信じてくれる人がいなかった。本当はもっと彼の功績を表に出していくべきだった。今更後の祭りだが。
そんなことを考えていると隣の合津さんが話しかけてきた。
「阿武ちゃん、電話変わってくれねぇか。俺も山本君に言っておきたいことがあってよ。」
そう話してくる合津さんだがなぜか凄みを感じた。合津さんも何か覚悟した様子に思える。
「山本君合津さんに電話を変わってもいいかな?話しがしたいそうだ。」
『…ええ、大丈夫ですよ。』
電話を合津さんに渡す。何を言う気だ?
「もしもし、合津だ。今回の一件いろいろとすまねぇな。」
『いえ、謝らないでくださいよ。合津さんも阿武さんも何も悪くないんですから。』
受話器に耳を寄せて話しを聞く。合津さんがいやそうな顔しているが無視だ無視。
「ところで阿武ちゃんとの話しなんだが俺には聞こえていなかったんだ。改めて何をするか聞いていいかい?」
『ああ、ダンジョンの間引きを辞めるって話したんですよ。』
「かっかっか、そうかい、そうかい。そいつはよかった。」
笑って話す合津さん。なにが『よかった』ですか!笑える内容じゃないんですが!?
『…まさか笑われるとは思いませんでした。引き止められるものかと。』
「いやいや、てっきり『逆らうやつら皆殺し~』ってなるかと思ってたんでな。穏当な対応でうれしかったんだよ。」
『穏当ですか…』
山本君の戸惑う声が聞こえる。確かに皆殺しと比べれば穏当だ。比較対象がおかしい気がする。
「俺も考えていたんだよ。山本君がどれだけこの国に貢献してくれたかも知らずにギャーギャー騒いでいる連中の浅ましさ。安全なところから非難することしかしない連中。12年前までのことを忘れちまったのかってな。」
『…』
「だからさ、山本君。君は動かなくていい。ダンジョンが氾濫しようが、大勢の人間が死のうが決して動くな。すべて君のせいじゃない。感謝を忘れた連中のせいだ。そいつらの責任を君がとるんじゃない。自分の責任は自分で取る、取らせる。だから君は動くんじゃない。」
思わず合津さんの顔をまじまじと見てしまった。本気の顔だ。本気で怒っている。ふがいない自分に、恩人を守れない私たちに、恩知らずの国民に、怒っているんだ。
『合津さん、ありがとうございます。』
「気にするな、といっても君のことだ気にするだろうな。」
『全員が全員嫌いになれれば気にならないんでしょうがね。そこまで達観できません。でも合津さんの言葉、忘れないようにします。』
山本君も何か吹っ切れたようだ。これでこの国は1年後氾濫が決定した。それまでできることをしていこう。責任を取らないとな。
「それじゃあ阿武ちゃんに戻すよ。山本君、ありがとうな。」
『はい、ありがとうございました。』
そう言って合津さんが電話を渡してくる。
「すまないね山本君。合津さんが言ったことは私の気持ちでもある。」
『いえお気になさらず。総理ですから国民第一にしないといけませんしね。』
なんて気配りだ。こういった人柄が政治家に必要なのではないか。どこぞの燈九や一色に足りないものだ。
「山本君政治家にならないか?」
『はいっ!?』
いかん、つい口に出してしまった。
「ああすまん。その気配りがうれしくてつい言葉に出てしまった。」
『いやいや気配りだけで政治家になんてなれませんって。』
隣で合津さんが声を殺して笑っている。笑顔は愛嬌あるんだよな。普段は殺し屋みたいな顔なのに。
「そうそう間引きの件だのだがね。こうなったら徹底的に止めてほしいんだよ。」
『徹底的?』
「今まで『C倉庫』に魔石を入れてくれていたじゃないか。それも止めてくれて構わない。」
『間引きしなくなるからとれる魔石も減るのでいいですけど。インフラに使ってますよね。電気とか、ガソリン代わりに。大丈夫ですか?』
こんな状態でも心配してくれることに喜びを感じる。大丈夫、彼は優しさを保っている。それが少しうれしい。
「心配はいらない、大丈夫だ。問題ない。」
『そうですか。ではしばらくは押し入れダンジョンの保管庫に入れておきますね。どうしようもないときは連絡してください。』
「…山本君…ありがとう。本当に…ありがとう…。」
年を取ると涙腺が弱くなってかなわない。泣くな阿武 隈岳!彼に心配させるな!
「それではこの辺で失礼するよ。いつでも遊びに来てくれて構わないからね。お母さんによろしく伝えてほしい。それじゃあまた。」
『はい、阿武さん、ありがとうございました。合津さんにもよろしくお伝えください。では失礼します。』
電話が切れる。静まり返る室内。
「さて、責任を取るとしますか。」
合津さんが明るく話し出す。この人には頭が上がらないな。
「そうですね。差し当たって午後の会見について話しをしましょうか。国民にも責任を取ってもらわねば。」




