第4話:父上、息子の初陣に大はしゃぎする
木下藤吉郎という「戦国一の出世頭」を応接間に待たせたまま、私は奥の広間に呼び出されていた。
そこにいたのは、我が父・松永久秀である。
いつもなら冷徹なオーラを放ち、周囲の家臣を震え上がらせている天下の梟雄が、今はどういうわけか、幼子のように目をキラキラと輝かせていた。
「久通! やったな! 聞いたぞ、筒井の鼻をあかしたそうではないか!」
ドガァン! と、久秀は持っていた高級な茶器(平蜘蛛ではないが、それに準ずる名品)を畳に叩きつけるようにして立ち上がった。
いや、割れるからやめてほしい。
「一兵も損なわずに敵の三千を壊滅! しかも、地を爆らせ、謎の泡で敵の足を奪い、生かしたまま捕虜にして我が領の肥やし(※ただの硝石丘の労働力です)にするとは……! ククク、ははははは! 痛快、実に痛快よ!」
高笑いする父の後ろで、初陣に同行した老臣の柳生が「若殿のあの冷酷な采配、まさに大旦那様を凌ぐ器にございます……」と、これまた余計な追証を述べている。
「待ってください父上、柳生! あれはただの防衛策です! 私は平和的に、かつ低価格で領地を守りたかっただけでして……!」
「分かっている、分かっているとも!」久秀は私の肩をがっしりと掴み、深く頷いた。「『戦わずして勝つ』。これぞ兵法の極意! お前はただ勝つだけでなく、筒井の兵たちに『松永の若殿は、触れてはならぬ恐るべき怪異(化け物)』という恐怖を植え付けた。これで当面、周囲の大名は我が領地を攻めあぐねる。なんと深い謀略だ、久通……!」
「いや、ただの化学反応ですし、恐怖を植え付けるつもりなんて毛頭――」
「さらに見事なのは、捕虜の扱いだ!」
久秀は私の弁明を綺麗にスルーし、さらにテンションを上げた。
「普通なら首を刎ねるか、身代金を取るところを、あえて『泥の山』で強制労働させるとはな! 敵の労働力で、我が松永の『雷の粉(火薬)』を生産させる……。つまり、筒井の兵が働けば働くほど、我が軍の火薬が増え、筒井は二度と松永に逆らえなくなる! これぞ、悪の永久機関! お前、本当に十歳か!? 中身はどこぞの老獪な策士ではないのか!?」
(ぎくぅっ!!!)
一瞬、心臓が止まるかと思った。
中身が三十代の元サラリーマン(化学メーカー勤務)であることがバレたかと思ったが、どうやら父の中では「生まれながらの超弩級の悪党」として処理されたらしい。
危ない危ない。
「よし! 久通、初陣の褒美だ! お前が以前から欲しがっていた、堺の最新の硝子器具と、大和の鉄鉱山の一部の支配権をすべてお前にやろう!」
「えっ、本当ですか!?」
これには私も役員面接で内定をもらった時並みにテンションが上がった。
ガラス器具があればより純度の高い薬品の精製ができるし、鉄鉱山があれば鉄砲の弾丸だけでなく、いずれコンクリートや蒸気機関の基礎となる鉄鋼チートができる。
「ありがたき幸せに存じます、父上!」
「うむ! 好きなだけその『化学』とやらで松永を強くするが良い! そして……」
急に、父上の目がいつもの鋭い「梟雄」のそれに戻った。
彼は楽しげに口元を歪め、応接間のある方向を視線で指した。
「尾張の『うつけ者』が、早くもお前の技術を欲しがって、猿を寄こしてきたようだな?」
「はっ……。木下藤吉郎と名乗る者が、織田信長様からの招待状を持って参っております」
「どうする、久通? 織田は今、今川義元を桶狭間で討ち取って勢いに乗っている化け物だ。断れば敵とみなされよう。かと言って、ノコノコ付いていけば、お前の『化学』をすべて毟り取られるやもしれんぞ」
父は試すような目で私を見つめている。
普通の十歳なら泣き出すか、父親に助けを求めるところだろう。
だが、私の脳内にある現代のビジネス知識が、瞬時に最適な「生存戦略」を弾き出していた。
「――いえ、父上。これは絶好の機会です」
私はニヤリと、前世で競合他社をコンペで叩き落とした時のような、いかがわしい営業マンの笑みを浮かべた。
「織田信長は、日ノ本で最も『新しいもの』を好む男と聞きます。ならば、我が松永の技術を『奪われる』のではなく、信長様が全財産を投げ打ってでも『買いたくなる』ように、こちらから仕掛けてやれば良いのです。織田家を、松永の『最大の優良顧客』にして御覧に入れます」
私の言葉を聞いた久秀は、一瞬呆然とした後――。
腹を抱えて、この日一番の、狂ったような大爆笑を爆発させた。
「ハハハハハハ! 時代の覇者を『お得意様』だと!? 織田信長を商売相手にするというのか! 素晴らしい! やはりお前は松永の血を引く、最高にイかれた私の息子だ!!!」
(いや、だから、俺はただの平和主義な元サラリーマンなんだってば……!)
こうして、父親のさらなる大勘違いによる全面的なお墨付きと軍資金を得た私は、いよいよ「魔王」織田信長との直接対面に挑むべく、木下藤吉郎と共に尾張へと旅立つことになったのだった。
(第4話・了)




