第5話:魔王を顧客にする方法
尾張・清洲城。
広間の上座に座るその男から放たれる威圧感は、大和の梟雄である父のそれとは全く異質のものだった。
織田弾正忠信長。
桶狭間で今川義元を討ち取り、今まさに天下へ名乗りを上げんとする「時代の化け物」だ。
鋭い眼光が、十歳の私の体を値踏みするように射抜く。
広間の空気は完全に張り詰めており、同行した木下藤吉郎も平伏したまま微動だにしない。
「――お前が松永の倅、久通か。面を上げよ」
低く、だが芯の通った声が響く。私はゆっくりと顔を上げた。
「筒井の三千を指一本触れずに泥へ沈め、南蛮の商人も驚く『清浄白石』なる秘薬を作り、さらに泥から純度の高い火薬を密造していると聞いた。……十歳の童子が、妖術でも使ったか?」
信長の目は笑っていない。
もしここで「ただの偶然です」などと怯えれば、技術をすべて奪われて終わりか、最悪の場合はここで手打ちだろう。
(やるしかない。相手は日ノ本一のカリスマ経営者だ。ならば、こちらは現代の『トップ営業マン』として商談に臨むまで!)
私は懐から、あらかじめ用意していた「ある二つの箱」を取り出し、畳の上に滑らせた。
「信長様。妖術などではございません。これは『科学』……すなわち、物の理に過ぎませぬ。まずは、我が松永からの『挨拶代わりの試供品』にございます」
「ほう?」
信長が顎で指図すると、小姓が箱を回収し、信長の前で蓋を開けた。
一つの箱には、純白の最高級石鹸。
そしてもう一つの箱には、透き通ったガラス瓶に入った、黒い細粒――私が調合した、最高純度の黒色火薬だ。
「その火薬、南蛮から輸入されるものと何が違う?」
「お試しください。そこの中庭へ向かって、鉄砲を一発」
信長の合図で、近習が鉄砲を持ってきた。火薬を詰め、中庭の的に向かって引き金が引かれる。
――轟音ッ!!!
通常の鉄砲とは明らかに違う、高音の鋭い破裂音が響き、的が木っ端微塵に弾け飛んだ。
さらに、従来の火薬なら銃口から大量に立ち込めるはずの「黒煙」が、ほとんど出ていない。
「……! 煙が薄い。それに、弾の勢いがまるで違うな」
信長の目が、一瞬で鋭い「軍人の目」に変わった。
戦国時代の鉄砲戦における最大の弱点は、連射すると黒煙で前方が見えなくなること。
そして、南蛮火薬の品質にバラつきがあることだ。
私の作った火薬は、化学変化をコントロールして不純物を極限まで除いた「無煙火薬」に近い代物だった。
「これほどの質の火薬を、泥から作ると言うのか。久通、その製法を今ここで俺に差し出せ。さすれば、松永のこれまでの無礼(三好家への加担)を許し、織田の家臣として取り立ててやろう」
魔王からの、事実上の「技術略奪」の宣告。
だが、私は怯まず、フッと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「お断りいたします、信長様」
「……何だと?」
広間の空気が、一瞬で氷点下まで凍りついた。
藤吉郎の背中が恐怖で激しく震えているのがわかる。
「製法をお教えしたところで、織田家では作れませぬ。あれには我が松永が独占する『特殊な硝子器具』と『厳密な温度管理(化学知識)』が必要だからです。無理に作ろうとすれば、清洲城ごと大爆発して消し飛びます。……ですが、信長様。製法ではなく、『製品の独占供給契約』を結ぶというのはいかがでしょう?」
「独占供給……契約?」
信長が眉をひそめる。
戦国時代には存在しない、現代のビジネス用語だ。
「はっ。我が松永は、この最高品質の火薬、そして兵の流行り病を防ぎ、生存率を劇的に上げる『石鹸』を、他国(武田や上杉、筒井など)には一切売らず、織田家だけに『最安値』で優先的に卸します。 その代わり、織田家には我が松永の経済活動を全面的に保護していただきたい」
私は一歩も引かずに、信長を見据えた。
「信長様が天下をお望みなら、我が松永の技術は最強の矛であり、盾となります。松永を『家臣(部下)』にして技術を腐らせるか、それとも『最大の技術提供者』として天下を爆速で駆け上がるか……。どちらが合理的か、日ノ本一の新し物好きであられる信長様なら、お分かりのはずです」
静寂が、広間を支配した。
十歳の子供が、織田信長を相手に対等な「ビジネス商談」を持ちかけているのだ。
信長はジッと私を見つめ、やがて――。
「――クハ、クハハハハハハ!!!」
信長は、喉を鳴らして大笑いした。
父上の爆笑とは違う、地響きのような、愉快極まりない笑いだ。
「面白い! 松永の久秀め、とんでもない怪物を育ておったな! よいだろう久通、その『けいやく』とやら、俺の金と力で買ってやる! ただし、約束を破り、他国へ色目を使えば、松永の一族郎党、一人残らず叩き潰すと思え!」
「商売における信頼は絶対でございます、信長様(よし、生存ルート確定!!!)」
こうして、私は現代の営業スキルをフル活用し、最悪の魔王・織田信長を「最強の優良顧客」にすることに成功した。
松永家の爆死バッドエンドの未来が、音を立てて書き換わった瞬間だった。
しかし、信長との契約が成立したことで、私の内政チートはもはや一領地(大和)の規模に収まらなくなり、戦国時代全体の歴史をさらにあり得ないスピードで近代化させていくことになるのだが……。
(第5話・了)




