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第2話:白き四角は、黄金を生み出す

父上(松永久秀)から大和の西側の領地を丸投げされ、開発の全権を与えられた私は、さっそく本格的な「石鹸」の大量生産に乗り出した。


牛や豚の脂(当時は野生の猪や鹿の脂、または植物油を使用)に、灰から作った強いアルカリ液を混ぜて煮詰める。


前世の化学メーカーの知識があれば、一般人には魔法に見える「サボニフィケーション(鹸化反応)」も、ただの簡単な作業工程に過ぎない。 


そうして領内の作業小屋にずらりと並んだのは、湯気と独特の油の匂いを上げる、何千個もの白い四角い塊だった。 

「若……本当にこれが、銭になるのでございますか?」 


私の横で、領内の内政を司るベテラン家臣の柳生が、信じられないといった様子で首を傾げている。


戦国時代の感覚からすれば、ただの油と灰の塊だ。 


泥炭の代わりにしかならないと思うのも無理はない。



「柳生、まあ見ていていろ。これをただの『体を洗う道具』として売るんじゃない。これは――『病を払い、肌を不老不死に近づける南蛮の秘薬』として売るんだよ」


「……ひ、秘薬、でございますか?」 


「そうだ。人間の肌は、汚れたままだと病の素(細菌)が入り込んで腐る。だが、これで毎日体を洗えば、肌は清潔に保たれ、若々しく、病にもかからなくなる。特に、京都の公家や、堺の金持ちの商人、それから――肌の衰えを気にする大名の奥方様たちなら、いくら出しても欲しがるはずだ」


私は不敵に笑ってみせた。なろうの定番、「誇大広告とブランディングによる暴利ビジネス」の始まりである。

 

前世の化粧品開発の知識を活かし、ただの石鹸に少しの薬草の香りを混ぜ、「高級感」を演出した。


名前も『松永特製・清浄白石』と、それっぽいものに変えた。



そして、この石鹸の本当の恐ろしさは、それを売った利益だけではない。


製造の過程で出る「廃液」こそが、私の本命。そこから抽出される成分を使って、裏では着々と「硝石(火薬の原料)」の極秘精製が進んでいるのだ。


つまり、石鹸が売れれば売れるほど、松永家には「莫大な資金」と「大量の火薬」が同時に転がり込んでくるという、完璧な永久機関チートシステムだった。





数日後。私はこの『清浄白石』を携えて、日ノ本最大の商業都市・堺へと向かった。


交渉の相手は、堺の有力商人であり、のちに天下の茶人としても名を馳せる今井宗久だ。 


「ほう……これが、松永の若殿が持ち込まれた品ですか」 


宗久は、目の前に並べられた白い四角い塊を、値踏みするような鋭い目で見つめた。 


さすがは百戦錬磨の商人。


松永の威光にも全く気後れしていない。


「ただの油の塊に見えますな。大和の山奥で、何やら怪しげな作業をしておられるとは聞いておりましたが、これが本当に銭になると?」


「宗久殿。言葉で説明するより、試してもらうのが一番早い」





私は用意していた手桶の湯を宗久の前に差し出し、彼の両手に石鹸を擦り付けた。


「ほう?」と怪訝な顔をした宗久が、手を擦り合わせると――またたく間に白い、細かな泡がモコモコと湧き上がった。 


「なっ……!? これは、何だ! 泡が、消えぬ……!?」


「そのまま湯で洗い流して、手拭いで拭いてみてください」 


宗久は言われた通りに手を洗い、布で拭った。


そして、自分の両手を見つめたまま、完全にフリーズした。



「……手が、軽い。それに、長年染み付いて取れなかった墨の汚れや、油のぬめりが、跡形もなく消えている……。いや、それどころか、肌が絹のように滑らかになっているではないか……!」


宗久の目が、商人のギラギラとした色に変わった。 


戦国時代、まともな洗剤など存在しない。 


誰もが垢や油汚れに塗れて生きている時代だ。


この圧倒的な「洗浄力」と「爽快感」は、一度体験すれば二度と手放せなくなる麻薬のようなものだった。





「若殿……いや、久通様。これは、南蛮の商人が持ってくる『シャボン』というものでございますな? しかし、南蛮のものはもっと黒ずんでいて、獣の臭いがきついはず。これほど白く、香り高いものは見たことがない……! これを、どれほど用意できるのですか!?」


「差し当たり、月に二千個」 


私が指を二本立てると、宗久は身を乗り出してきた。


「すべて、我が今井商会で買い取りましょう! 一個につき、銀一匁……いや、二匁でいかがか!」  


銀二匁。現在の価値に換算すれば、一個数千円から、場合によっては一万円以上の超高値だ。


材料費がタダ同然のゴミから、文字通り黄金が湧き出てくる計算になる。


「交渉成立だ、宗久殿。ただし、一つだけ条件がある」


私は声を潜め、前世の営業マン時代の笑みを浮かべた。




「この石鹸の売り上げの一部は、銭ではなく『鉄砲の弾丸(鉛)』と『南蛮の最新の硝子製品』で支払っていただきたい。それから、我が松永の領地で『おかしな泥の山』が作られていても、何があっても他言無用、ということで」


宗久は一瞬、息を呑んだ。 


そして、私の意図(軍拡と火薬の密造)を瞬時に察したのか、ゾクリとした笑みを浮かべて深く頭を下げた。 


「……ククク、恐れ入りました。兵の命を救う薬(石鹸)を売り捌き、その裏で天下を覆す軍備を整える。まさか久秀様の御嫡男が、御父上以上の『化け物』であられるとは。分かり申した。この今井宗久、松永の影の盟友として、喜んで手を組みましょう」 


(いや、だから、俺はただ爆死したくないだけで、化け物じゃないんだってば……!)


私の心の叫びなど露知らず、堺の巨商までもが私のことを「底知れぬ謀略家」と勘違いし、平伏していた。




こうして、松永家には毎月、数千枚の金貨と、大量の軍需物資が流れ込むことになった。 


領地は潤い、民は病から救われ、松永の財力は畿内随一となる。 


だが、この異常な「急成長」を、周囲のハイエナたちが放っておくはずがなかった。 


「若! 大変にございます! 我が領地の富目をつけ、お隣の筒井家が、兵を動かした模様にございます!」

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