第1話:悪名高き爆死の家系に生まれて
「若君。また、そのような怪しげな白い粉を煮詰めておいでで」
呆れたような声を上げて部屋に入ってきたのは、我が松永家の古参の家臣だった。
私は額の汗を拭い、土鍋の中でぐつぐつと泡立つ液体を見つめながら苦笑する。
「怪しげとは失礼な。これは我が松永家の、いや、この日ノ本の命運を握る聖水だよ」
私の名は、松永久通。戦国時代に詳しい者なら、その名字を聞いただけで顔をしかめるだろう。
私の父は、天下の三悪事(主君殺し、将軍暗殺、東大寺大仏殿の焼き討ち)を働いたとされる戦国屈指の梟雄――松永久秀だ。
そして私、久通の未来は悲惨の一言に尽きる。
史実通りにいけば、父と共に織田信長に反旗を翻し、名茶器『古天明平蜘蛛』と共に爆死……は俗説だとしても、信貴山城で無惨に自害して果てる運命にある。
(冗談じゃない。誰がそんな大火力なバッドエンドを迎えるか!)
前世でしがない化学メーカーの製品開発部員だった私は、10歳で前世の記憶を取り戻した瞬間、生き残り作戦を開始した。
松永家が滅ぶ最大の原因は、圧倒的な「国力の不足」と「織田信長との軍事力の差」だ。
ならば、信長が台頭する前に、現代の化学知識を使って誰も真似できないチート領地を作り上げるしかない。
私が今作っているのは、石鹸。
そして、その製造過程で出る廃液から抽出する、硝酸カリウム。
つまり、火薬の原料だ。
当時の日ノ本において、硝子や火薬は南蛮からの輸入に頼る超高級品。
だが、成分さえ知っていれば、この時代の身近な泥や灰、糞尿からだって「硝石」は作れる。
「若……。大殿様がお呼びです。何やら、厳しいお顔をされておりましたぞ」
家臣の言葉に、私の背中に冷たいものが走る。ついに見つかったか。
子供が部屋に引きこもって泥や灰を弄くり回しているのだ。
普通の親なら「うちの跡取りは狂ったか」と激怒するだろう。
ましてや相手は、あの冷酷無比な松永久秀である。
手打ちにされても文句は言えない。
私は覚悟を決めて、父の居室へと向かった。
部屋に入ると、そこには凄まじい威圧感を放つ男が座っていた。松永久秀。
鋭い眼光、綺麗に整えられた髭。
彼が少し視線を動かすだけで、部屋の空気が凍りつくのがわかる。
「久通よ。近頃、何やら妙なものを囲い込んで作らせているそうだな」
低い声が室内に響く。私は平伏した。
「はっ。父上、弁明の機会をいただきたく存じます。私は決して遊んでいるわけでは――」
「面を上げよ」
私は恐る恐る顔を上げた。
父の前に置かれていたのは、私が試作した「真っ白な四角い塊」――石鹸だった。
「これを、我が領内の手負いの兵や、病に伏せる民の体に塗って洗わせたそうだな。するとどうだ。傷口が腐る者が劇的に減り、流行り病であっけなく死ぬ者が消えたという。……久通、これは何だ」
「……『石鹸』と名付けたものにございます。泡で体を清めることで、目に見えぬ病の素(細菌)を洗い流す効果がございます。兵の生存率が上がれば、それだけ我が軍の練度は高まります」
私がそう答えると、父はしばらく沈黙した。
怒られる。そう思って身を構えた瞬間――。
「――素晴らしいッ!!! さすがは我が息子よ!!!」
バン! と父上が激しく畳を叩いた。
え、怒ってない?
「まさか『敵を殺す』のではなく、『自軍の兵を死なせない』という逆転の発想で軍を強化するとはな! しかも民の心まで掴み、松永の求心力を高めるとは……。なんという恐るべき謀略! 凄まじい執念! お前は生まれながらの梟雄だな!」
「は? いえ、ただの衛生管理の知識でして……」
「謙遜するな! さらにこれだけではない。お前が石鹸を作る裏で、大量の『硝石』を極秘裏に精製していることも、この父の目は誤魔化せぬぞ!」
しまっていなかった。
火薬の自給自足計画までバレている。
「お前は、南蛮寺(キリスト教会)や堺の商人を通さず、我が松永単独で鉄砲隊を組織するつもりだな? 兵の命を救う『表の顔』の裏で、天下を焦がす火薬を密造する……。ククク、これぞ松永の血よ! 見事だ、久通!」
「いや、あの、私はただ信長様が攻めてきた時に生き残れるだけの国力をですね……」
「ほう? 尾張の織田信長か。確かにあの男は傑物。お前は早くも、未来の覇者となる男を見据え、その先手を打っていたというわけか。底が知れぬな、我が息子ながら」
久秀は、ギラギラとした歓喜の目を私に向けている。
完全に勘違いしている。
私はただ、数年後にこの家が爆発四散するのを防ぎたいだけの、平和主義な現代人なのだが。
「よし、久通! 大和の西側の領地はすべてお前に任せる! 好きなだけその『化学』とやらで領地を改造するが良い! 銭が必要なら、ワシが商人から毟り取ってきてやろう!」
「は、ははっ。ありがたき幸せに存じます……(あ、これ信長に目をつけられるやつだ)」
こうして、私は意図せぬ形で父からの全面バックアップを取り付けてしまった。
生存ルートを目指して始めた内政チートが、のちに織田信長から「松永の息子、恐るべき怪物なり」と警戒され、戦国時代の歴史をめちゃくちゃに変えていくことになるのだが……
この時の私は、まだ知る由もなかった。




