プロローグ:爆死のカウントダウンを止めろ
「―嘘だろ」
それが、十歳になった私が、前世の記憶を取り戻した瞬間に漏らした第一声だった。
頭が割れるような頭痛と共に流れ込んできたのは、東京の化学メーカーで製品開発に明け暮れていたサラリーマンとしての記憶。
そして、今生きているこの世界の、あまりにも残酷な未来の年表だった。
現在の西暦は1560年。
元号で言えば永禄三年。ここは戦国時代。
そして私の名は――松永久通。
「よりによって、松永久秀の息子かよ……!」
私は自らの小さくなった両手を見つめ、絶望に身を震わせた。
歴史に少しでも詳しい者なら、私の父親である松永久秀の名を知らない者はいない。
主君を殺し、将軍を暗殺し、東大寺の大仏殿を焼き払ったとされる、戦国時代屈指の悪名高き「梟雄」だ。
そして、その息子である私の未来は、一言で言えば「大爆死バッドエンド」である。
史実通りにいけば、父・久秀は織田信長に二度も反旗を翻す。
そして最後は、信長が欲しがった名茶器『古天明平蜘蛛』に火薬を詰め込み、城もろとも木っ端微塵に爆死するのだ。
もちろん、その息子である私も無事に済むはずがない。
父親の盛大な花火に巻き込まれる形で、信貴山城で無惨に自害して果てる運命が約束されている。
(ふざけるな。誰がそんな大火力な人生の幕引きを受け入れるか!)
前世の私は、三十代半ばで過労死した。
今世こそは長生きして、美味しいものを食べて、畳の上で大往生すると決めている。
爆死など絶対に御免だ。
しかし、状況は最悪だ。
我が松永家は今でこそ三好家に仕える実力者だが、数年後には織田信長という「時代の化け物」が尾張から怒涛の勢いで攻め上ってくる。
まともに戦えば、松永家など消し飛ぶのは目に見えている。
生存ルートを掴むための方法は二つ。
一つ、信長が来たら即座に土下座し、絶対に裏切らない「最強のイエスマン」になること。
二つ、信長が「こいつは敵に回したくない、絶対に手元に置いて優遇したい」と思うほどの圧倒的な国力と技術力を身につけること。
「やるしかない……。幸い、俺の頭には現代の化学知識がある」
この時代、硝子や火薬、まともな医療や衛生概念は存在しない。
これらを現代の知識で先回りして作り、領地を近代化させれば、国力は十倍にも二十倍にも跳ね上がる。
信長に「手放したくない宝」と思わせれば、父上の爆死フラグだってへし折れるはずだ。
「見ていろ戦国時代。化学メーカー勤務の底力、見せてやる」
こうして、将来の爆死を回避したい一心の少年は、周囲を巻き込む大いなる「勘違い」と「歴史改変」の第一歩を踏み出したのだった。
――のちに織田信長から「魔王の右腕」、諸国の大名から「底知れぬ怪物の親子」と恐れられることになる松永家の快進撃が、ここから始まる。




