第三十話 稽古
風を切る軽快な音。
少年の振る剣がリズム良く、心地良い音色を奏でている。
「なかなか筋がいい。」
ポツリ。
と、ホムラが呟く。
ここはユウトの家。
庭でホムラがユウトの稽古をつけてくれている。
「あ、ありがとうございます!」
緊張しながら答えるユウト。
しかしその表情には隠しきれない喜びが見え隠れしていた。
尊敬しているホムラから誉められたのだ。
やっぱり嬉しいに違いない。
(誉められたからって気を抜くなよ?ユウト。)
「分かってるよっ」
ユウトは再びキッと気を引き締める。
これまで見たことのないほどに、真剣に稽古に打ち込んでいる。
始まってまだ30分と経っていないがユウトの動きは少しそれっぽくなってきた…気がする。
やはりホムラに頼んだのは正解だったな。
とは言えホムラが指導者向きなのは、さっきステータスを確認して分かってたんだが。
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【名前】ホムラ
【契約】なし
【性別】♂
【年齢】32歳
【種族】ヒューマン Lv4
No.1 言語理解 Lv3
No.2 道具利用 Lv1
No.3 趣味(彫刻) Lv1
No.4 思想(守護) Lv4
【ステータス】
体力:F+ 攻撃:E 防御:F+
敏捷:F 精神:D- 魔力:F
【称号】
◼サラマンダーの右腕
No.1 火の右腕 Lv2
No.2 火の守り Lv5 (max)
No.3 火剣 Lv4
◼守護者
No.1 防御 Lv5 (max)
No.2 防衛 Lv3
No.3 鼓舞 Lv2
No.4 守護 Lv3
◼師匠
No.1 素質把握 Lv4
No.2 信頼 Lv3
No.3 導き Lv2
◼―
◼―
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堅牢。
そんな言葉が似合いそうな男だ。
ステータスが高いのかどうかは…よく分からないなぁ…
木こりの門番もこれぐらいだったか?
俺はまだこの世界の人をあまり見ていない。
こればっかりは、今後どんどん見ていくしかなさそうだ。
そして目を引く称号は"師匠"。
この中でも"資質把握"が高い。
おそらく騎士の若手などを指導しているんだろう。
さっき話した感じでも十分に信頼に値する男だと感じた。
きっとユウトを良い方向に導いてくれるだろう。
後は───いつか彫刻作品でも見せてもらおうかな。
「次は俺が打ち込むから避けてみろ。防いでもいいぞ。」
「はい!」
朝の村に 元気の良い返事が響いてゆく。
何とも健康的で爽やかな朝だ。
◇
ユウト君が、俺の太刀筋を大きな動きで避わす。
(やはり...良い目をしている。)
この少年には剣術の経験が殆どない。
動きもまだまだ無駄が多く、技術的には決して誉められたものではない。
しかし一つ、特筆すべき点がある。
それは"目の良さ"だ。
彼は避けながらも相手の剣の動きを確認している。
これは中々出来ることではない。
不恰好でも"避わせる"。
それは命を懸けた戦場において最も重要な事だと俺は考えている。
人間は脆弱な生き物だ。
相手の攻撃を食らえばすぐに動きが悪くなっていく。
そうなってしまえば力の強さ、攻めの巧さなど全くの無意味。
後に待つのは死。
守りの拙い新兵は、その多くが初陣にて死んでいく。
生き残った者達だけが、初めての戦闘と"仲間の死"を経験して成長出来るが、自分が死んだら成長も何もない。
死ねばそこで全て終わり。
それだけだ。
だからこそ彼には教えなければならない。
もう一つの重要な事を。
◇
ホムラさんとの稽古を続けるにつれ、段々とその動きに慣れてきた。
─────楽しい…!
今まで訓練の相手はベガしかいなかった。
ベガは速過ぎるし手加減もしない。
当たる気なんか全くしなかった。
稽古を続けるうちに、自分の動きが目に見えて良くなって行くのが分かる。
正直これまでは、自分が成長したなんて実感が全然持てなかったんだ。
(避けるばっかりじゃない…僕だって攻めるんだ!)
僕が打ち込んで来たら、ホムラさんビックリするかな──────?
そんなことを考えながら剣を避わし、自分が打ち込む隙を伺おうとした。
が。
次の瞬間。
目前には剣の切先。
右目の前で止まっている。
それも睫毛に触れようかと言う位置で。
遅れて顔を叩く風。
突然の事態に身動き一つ取れない。
一体何が─────?
「何が起きたか…理解出来たか?」
ゆっくりと首を横に振る。
それしか出来なかった。
ホムラさんの様子が違う。
ヒリヒリとした空気。
息をするのも困難なほどに。
こちらを見据える視線。
怒っている?
悲しんでいる?
落胆している?
その表情からは何の感情も読み取れないが、有無を言わせぬ何かを感じる。
何も見えず、何も分からなかった。
ただ僕は、剣が振り下ろされた後に攻めようとして─────
「油断して死んだ。それだけだ。」
ゾワリ、と。
体を何かが駆け巡る。
全身からは冷や汗が吹き出した。
「僕が…死んだ?」
あぁ、とホムラは当たり前のように答える。
ドクドクと、胸の音がイヤに大きく聞こえる。
死んだ…?
だってまだ僕は…
「戦場での死はアッサリしたものだ。死んでいった者達の多くは、最後の瞬間まで死ぬ事に気付かなかっただろう。」
ホムラさんの話が理解出来ない。
いや、理解したくない。
「そして今君は、自分が死んだ事にすら気付かなかった。そうだな?」
「…………はい…」
昔、誰かが走馬灯の話をしてくれた。
死にそうな瞬間には時間がゆっくりと流れて、家族や大切なものや昔の想い出なんかが流れていくんだって。
でも今の僕は。
そんな事を感じる間もなかった。
これが本番だったなら、何も感じる間もなく僕は…
「自分の死は、もっと崇高なものだと思っていたか?」
答える言葉が見つからない。
自分の死?
だってそんなこと…
「死ぬなんて…考えてなかったです…」
自分の思いを言葉に出すと涙が勝手に溢れようとする。
言ってしまった後で、とても情けない気持ちになった。
泣いちゃダメだ。
僕は竜騎士になるんだ。
泣いちゃダメだ。
竜騎士は強いんだから。
泣いちゃダメだ。
僕は…強くなるんだから。
「────怖くなったか?」
やっとホムラさんの空気が戻る。
そう感じて安心してしまった途端、涙が止めどなく流れ落ちた。
「………はい………すごぐ怖ぐなりましだ…」
涙で前がよく見えない。
鼻水だって駄々漏れだ。
こんなカッコ悪い所、見せるはずじゃなかったんだ。
「君は…正直者だな。」
ポンポンとホムラさんが頭を撫でる。
違う…
僕は強くなりたいんだ。
メソメソ泣きたいわけじゃない!
慰めて欲しいわけじゃないんだ!!!
どんなに強く願っても。
それ以上は何も言葉にはならず、自分の泣き声に隠れて消えていった。
◇
「…今日はここまでにしよう。明日以降もまだやる気があるのなら、今度は君自身が頼みに来なさい。」
ユウトが少し落ち着いたのを確認し、ホムラはそう言い残して去っていく。
俺はユウトの肩に登り、ユウトと共にホムラの背を見送る。
(お前はきっと強くなるさ、ユウト。)
凹んでいるだろうユウトの顔を覗きこむ。
しかしすでに涙は枯れ、真っ赤な瞳はしっかりとホムラの背中を見据えていた。
おやおや。
いらん心配だったみたいだな。
「ありがとうございました!」
ユウトの挨拶が響く。
片手を上げて答える男の背中は。
とても、とても大きく見えた。




