女神の訪れ(ただし噂に限る)
「...ど、どうしよう、どうしよう!...どうすればいいんだ...!まさか、うちの店に魔王がやって来るなんて...!」
「店長...あの、僕の目の錯覚ですかね?魔王じゃなくてあの聖女みたいなべっぴんさんがものすごく食べてるような...」
「馬鹿野郎!あのべっぴんさんはきっと魔王に脅されてるんだ!食べなきゃ殺す、と...!」
「なっ、なんてひどい魔王なんだ!」
「ばっ、馬鹿!大きい声出すんじゃねえ!魔王に聞こえたら俺達は死ぬぞ!」
(...聞こえてるんだなあ、それが)
ゼノは頭を抱えたくなった。
勇者を見付けに来た筈なのに、どうしてご飯を奢ることになっているのだろうか。
レオーネは勇者候補ではあるが、さっきから彼女は、店員の青年に運ばれてくる料理を脇目も振らずに食べ続けているし。
それはもう、見事な食べっぷりである。正直見ていて爽快な程の。
「おーい...もしもし?レオーネさーん?」
ゼノは話しかける。
返事はない。
「おーい...」
返事はない。
しばらくして、空になった皿を置いて、レオーネは水を飲み、非難するような視線をゼノに向けた。
「食べている最中に話しかけないでもらえますか?」
「そ、それは悪かった...が、そのへんで満足してもらおうか」
「はあ?」
「実は、今手持ちがあまりなくて...」
「何を言っているのですか。魔王なのですから、店の人を脅して無銭飲食をすればいいではないですか」
「なっ何てこと言うんだ!そんな酷いこと出来るか!」
「貴方本当に魔王ですか?」
「はっ!ふははははは!!当たり前であろう!我は魔王ゼノ!この世を統べる存在なり!」
「じゃあ無銭飲食なんて楽勝でしょう?」
「それとこれとは話が別だ!美味しいものをこんなに食べさせてもらって、金を払わないなど言語道断!!」
「貴方、魔王を何だと思っているのですか...」
レオーネは理解出来ないというように顔をしかめる。
「お、おま...貴様こそ、勇者を志すのであれば、犯罪行為など絶対にしてはならないだろう!」
「別に私は勇者なんて志していませんが」
「なん...だと...!?」
「私はただ国に命令されたから、貴方を殺しにきただけです。勇者なんて目指してません」
「...な、何てことだ...!」
淡々と、レオーネは告げる。
ゼノは折角見付けた勇者候補が消えたことに、今度は本当に頭を抱えた。
「...仕方ありませんね。今日はこのくらいで我慢して差し上げましょう」
レオーネはため息を吐き、立ち上がった。
「では、お会計よろしくお願いします」
それだけ言うと、レオーネはさっさと店を出て行ってしまった。
ゼノは失意に陥りながらも、カウンターに、レオーネが食べた分の金を置き、店から去った。
「...店長、魔王、帰ったみたいですよ」
「そうか...あれだけの量を食い逃げされたのに、俺達は文句も言えないんだな...」
「...!?いえ、お金は置いてあります!」
「何で!?はっ、そうか...!あのべっぴんさんが慈悲の心で払ってくれたのか...!何て素晴らしい人なんだ!」
「あんな人がいるなんて...!称えましょうっ!末代まで!」
「おおー!さっそく隣のオヤジに自慢してこよう!うちの店に女神が舞い降りたってな!」
そうして、その店の周辺では、慈悲深い女神の噂が流れることになるのであった。




