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第8話:白い大地の三色旗と幼馴染の宣戦布告

「白い大地を覆い尽くすようなおかず」

一ノ瀬さんのそのリクエストに応え、俺が本日のタッパーにギチギチに詰め込んできたのは、お弁当界における色彩のイリュージョン――『三色そぼろ弁当』だ。

甘辛く炒めた豚ひき肉の茶色。

出汁を効かせてふんわり仕上げた炒り卵の黄色。

そして、茹でて細かく刻んだ、お馴染みの緑の野菜。

白いご飯が見えなくなるほど、きれいに三等分に敷き詰められたそのビジュアルは、まさにタッパーの中の芸術だった。


「……高坂くん」


昼休みのチャイムと同時に、定位置に影が差す。一ノ瀬葵は、今日も寸分の狂いもないポーカーフェイスで俺の前に立っていた。その完璧な瞳が、三色の絨毯をじっと見つめている。


「……見事ね。私の要望通り、白い大地が完璧にゾーニングされているわ。茶色、黄色、そして……その、謎の緑の植物は何かしら」


「一ノ瀬さん、これはただの『ほうれん草の和え物』だよ。ちぎって茹でて、ちょっと醤油と胡麻で和えたやつ」

「ほうれんそう、の、あえもの……。そして、ひき肉と卵。三つの勢力が白い大地を巡って完璧な均衡を保っている……。これはまさに、お弁当の三国志ね」


「大げさだな。まあ、どこからスプーンを入れても美味いように作ってあるよ」


俺がスプーン(そぼろ用)を持ち上げると、一ノ瀬さんの喉がゴクリと鳴った。


「……高坂くん。今日の私は、その『三つの勢力』を調停するため、一ノ瀬家の総力を挙げた等価交換の品を――」


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


一ノ瀬さんがいつものようにバッグに手を伸ばしたその時、教室の静寂を破る大声が響いた。

ドタドタと足音を荒立てて俺の席に突っ込んできたのは、ショートカットがトレードマークの幼馴染・千歳ちとせだった。


千歳は俺と一ノ瀬さんの間に割り込むと、肩で息をしながら俺を指差した。


「ちょっと高坂! あんた最近、毎日毎日、一ノ瀬さんと何コソコソ話してるわけ!? クラスの男子がみんなザワザワして、私に『お前の幼馴染、何やらかしたんだ』って聞いてくるんだけど!」


「いや、何やらかしたって、ただの昼飯の――」


「それに、一ノ瀬さん!」


千歳はくるりと振り返り、学園の最高権力者である令嬢を真っ向から見据えた。


「一ノ瀬さんがなんで高坂の席にいるんですか? こいつ、ただの冴えない弁当男子ですよ? 何か文句があるなら、幼馴染の私が代わりに聞きます!」


教室の温度が数度下がった気がした。あの「孤高の黒髪令嬢」に、一般生徒がここまで食ってかかった例はない。


だが、一ノ瀬さんは眉一つ動かさず、冷徹な美貌のまま千歳を見下ろした。


「誤解しないで頂戴。私はただ、彼の弁当に含まれる『過剰な塩分と糖分』を、一ノ瀬家の人間としてサンプリング調査しているだけよ。そこに他者が介入する余地はないわ」


「サンプリング調査って何それ、ただのつまみ食いじゃないの!?」


千歳の至極真っ当なツッコミが一ノ瀬さんに突き刺さる。一ノ瀬さんは「つ、つまみ食いなどという野蛮な行為ではないわ……!」と、微かに頬を赤くした。


「大体ねぇ、高坂の作る茶色い弁当が、そんなお嬢様の口に合うわけないじゃん! 昔からこいつ、茶色いおかずしか作らないんだから! ほら、今日もこんな……こんな……」


千歳の視線が、俺のタッパーの『三色そぼろ』に落ちた。

醤油とみりんの甘辛い香り、出汁の優しい匂い、そしてごま油がフワッと香るほうれん草。


「……え、何これ、めっちゃ美味しそう」


千歳の目が、一瞬で「食欲」の色に染まった。彼女は部活(陸上部)の朝練上がりで、猛烈に腹が減っているのだ。


「でしょ? 今日はそぼろの味付け、かなり上手くいったんだ」


「ちょっと高坂、私にも一口頂戴! 幼馴染の特権として!」


千歳は俺の机の上にあった予備の箸(※一ノ瀬さん用)を、野生の勘でひったくった。


「な……っ! 待ちちなさい!」


それを遮るように、一ノ瀬さんが鋭い声を上げる。


「何ですか、一ノ瀬さん!」


「その箸は……私が、今日の『三国志そぼろ』の調停に使うために、高坂くんが用意してくれたものよ! あなたが不作法に奪い取っていいものではないわ!」


「なんで一ノ瀬さんが怒るのよ!? 私、高坂とは10年の付き合いなんだけど!?」


「付き合いの長さなど、料理の『データ解析』の前には無力よ! 高坂くん、その千歳という娘を退けなさい! 彼女が乱入したら、今日の三色の比率が崩れてしまうわ!」


「崩れないよ! どんだけ食い意地張ってんのよ、このお嬢様は!」


恋愛の修羅場、かと思いきや。

目の前で繰り広げられているのは、俺の作った『三色そぼろ弁当』をどっちが先に口にするかという、極めて次元の低い「食いしん坊たちの縄張り争い」だった。


「あの、二人とも……冷めるから、早く食べるなら食べてほしいんだけど……」


俺のささやかな呟きは、二人の女子の「そぼろへの執念」の火花にかき消されるのだった。

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