第23話:外科医並みの精密さとつまみ食いの刺客
「よし、それじゃあ調理実習スタート! 制限時間は50分! 手際よく班で協力して進めるように!」
家庭科の先生の号令と共に、家庭科室一帯がガチャンガチャンと調理器具を準備する騒音に包まれた。
「高坂くん、指示をちょうだい」
一ノ瀬さんが、ピシッとコックコート……ではなく、学校指定のエプロンと三角巾を完璧に着用して俺の前に立ちはだかった。眼鏡の奥の瞳は、まるで執刀前の外科医のように冴え渡っている。
「私はどのモジュール(作業)を担当すればいいかしら? 包丁の精度、火力の監視、タイマーの秒単位での計測、何でも命じてちょうだい」
「おう、頼もしいな。じゃあ一ノ瀬さんはサラダ用の玉ねぎの薄切りと、ハンバーグ用の玉ねぎのみじん切りをお願いしていいか?」
「了解したわ。……見せてあげるわ、私の『極限のカット技術』を」
一ノ瀬さんが静かにまな板の前に立ち、包丁を握りしめた。
トントン……トントン……トントン……。
寸分の狂いもない、まるで精密機械のような刻み音。
俺がチラッと横目で見ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「……あのさ、一ノ瀬さん?」
「何かしら、高坂くん? 集中を乱さないでちょうだい。今、玉ねぎの細胞壁を傷つけないよう、厚さ0.5ミリ刻みで分子レベルの均一カットを試みている最中よ」
「細かすぎるわ!! それハンバーグの中に混ぜたら存在感全滅して溶けてなくなるから! なんで細胞レベルでみじん切りしてんだよ! 外科手術じゃねえんだぞ!」
「くっ……! みじん切りの限界領域が、またしても『粗みじんの食感』の前に……っ!」
一ノ瀬さんが悔しそうに包丁を置いた。ミリ単位の正確さは凄いのに、家庭料理の「ほどよい加減」が壊滅的なお嬢様である。
「いいか、ハンバーグの玉ねぎは食感が少し残るくらいの『適当さ』が美味いんだよ。よし、俺が代わる! 一ノ瀬さんはその間にボウルに挽き肉とパン粉、牛乳と卵をセットしておいてくれ!」
「了解したわ。正確な計量はお任せなさい」
俺が一ノ瀬さんから包丁を引き取り、手早く玉ねぎを粗みじんに切ってフライパンで炒め始めた、その時だった。
「……ねえ高坂ぁ。このボウルに入ってる生パン粉、なんかフワフワしてて美味しそうだよ?」
背後から、ぬっと忍び寄る影。
ボウルの縁に手をかけ、生パン粉を一つまみして口へ運ぼうとしている千歳だ。
「食べるな!! それはハンバーグの肉汁を吸い止めるための大事な『繋ぎ』だ!!」
俺は間一髪で千歳の腕を掴んで止めた。
「えーっ! だって私、お腹空いちゃって……あ、この牛乳飲んでいい!?」
「飲むな! それもパン粉をふやかすための材料だろ! お前は食材を減らしに来た刺客か!」
「千歳さん、離れなさい!」
一ノ瀬さんが電子スケール(はかり)を片手に割り込んできた。
「牛乳は正確に30ミリリットル! 1ミリリットルでもあなたの胃袋に吸い取られたら、ハンバーグの水分保持率の計算が狂ってしまうわ!」
「高坂が作ればなんでも美味しくなるから大丈夫だよー!」
「だめだ!!」
俺と一ノ瀬さんの声が家庭科室にハモって響き渡る。
(だめだ……目を離すと一ノ瀬さんは分子レベルで食材を刻み始めるし、千歳は生のつなぎを食べ尽くそうとする……!)
俺は額の汗を拭いながら、フライパンの玉ねぎを冷まし、ボウルの中の肉と合わせる準備に入った。
「いいか二人とも! ここからがハンバーグの命運を分ける『練り』と『成形』だ! 一ノ瀬さんは氷水で手を冷やして肉の脂が溶けないように準備! 千歳は手を洗って、肉の空気を抜く『ペチペチ』をやってもらう!」
「「了解!!」」
高坂大樹の怒涛のワンオペ采配と、暴走する二人の手綱引き。
果たして無事に、肉汁あふれる至高のハンバーグは完成するのか——!?




