第24話:崩壊する比較対象と絶品のワンチーム
家庭科室には、それぞれの班が直面する試練の音が響いていた。
「ギャー! 焦げた! 真っ黒!」
「こっち、中が生だよ! 全然火が通ってない!」
他班の調理台からは悲鳴が上がり、黒焦げの謎の物体や、肉汁ではなく生肉の汁が溢れるハンバーグ(?)が量産されていた。
家庭用コンロの火加減と、厚みのあるハンバーグの火入れの難しさに、クラスメイトたちは次々と討ち死にしていった。
「ふふ、他班のアルゴリズムは完全に崩壊しているわね」
そんな地獄絵図を横目に、俺たちの第4班の調理台では、一ノ瀬葵が不敵な笑みを浮かべていた。
「けれど、我が第4班は違う。高坂くんの完璧な采配のもと、全ての工程がミクロン単位の精度で進行しているわ」
一ノ瀬さんの言う通り、俺の指揮のもと、俺たちは手際よく動いていた。
一ノ瀬さんが氷水で冷やした手で肉の温度上昇を防ぎながら素早く練り、千歳が「ペチペチ! 空飛ぶハンバーグだ!」と楽しげに肉の空気を抜き、俺が成形と火入れを担当する。
「よし、焼きに入るぞ」
俺はフライパンを熱し、ハンバーグを投入。
ジュワァァァァッ! という、これまでの他班とは明らかに違う、食欲をそそる芳醇な音が響いた。
両面に焼き色をつけたら、弱火にして蓋をする。
ここでのポイントは、絶対に触らないこと。蒸し焼きにして、中にじっくりと火を通す。
その間に、千歳にレタスを手でちぎらせ、一ノ瀬さんにドレッシングの計量を(正確に)やらせる。
「……高坂ー、なんか、いい匂いがしてきたよ……!」
千歳がレタスを握りしめたまま、フライパンの蓋をじっと見つめてよだれを垂らしている。
「待て、まだだ。……よし、今だ!」
俺は蓋を開け、竹串をハンバーグの中央に刺した。
スッと入り、抜くと透明な肉汁が溢れ出す。
「――完璧だ。ソースを入れて、煮込むぞ」
デミグラスソースとケチャップ、ウスターソースを合わせた特製ソースを投入し、とろみがつくまで煮込む。
ソースのコクのある香りと、肉の焼ける匂いが混ざり合い、第4班の調理台の周りだけが、まるで高級洋食屋さんのような空気に包まれた。
「……アメイジングだわ……っ!」
一ノ瀬さんが、ソースを纏って輝くハンバーグを見つめ、うっとりとため息をついた。
「この、完璧な形状……そして、ソースと肉汁が織りなす圧倒的な色彩美……。皿という無限のキャンバスの上に、今、至高のアートが完成したわ……っ!」
「高坂! 食べる! 食べる!!」
千歳がマイ箸(調理実習用)を構えて足踏みしている。
「はいはい、配膳するぞ。サラダも盛ってくれ」
俺たちは自分たちの席につき、完成した『ハンバーグとサラダ』を目の前に並べた。
「「いただきます!!」」
三人の声が重なり、同時にハンバーグへと箸が伸びる。
パクッ。
「……んんんんんんーーーーーっっっっっ!!!!!」
千歳がのけ反り、テーブルをバンバンと叩いた。本日一番の激しいリアクションだ。
「何これ! 柔らかい! 口に入れた瞬間、肉汁がドバーッて出てきて、ソースと絡まって……ご飯がマッハで消える!! 高坂、これ、今までで一番美味しい!!」
一方の一ノ瀬さんは、静かに目を閉じ、噛みしめるように味わっていた。
頬が極上の桜色に染まっていく。
「……至高だわ……っ!」
一ノ瀬さんは、震える手でスプーンを握りしめた。
「外は香ばしく焼き固められているのに、中は驚くほどふっくらと瑞々しい。そして、このソース……! 肉汁の旨味とソースのコクが完璧に融合して、口の中で味のビッグバンを起こしているわ……。タッパーの中の『完成された冷たさ』も素晴らしいけれど、できたて熱々の煮込みハンバーグの破壊力……! データのサンプリングが追いつかないわ……っ!」
二人が猛烈な勢いでハンバーグを胃袋へ収めていく。
「どれどれ、第4班は……お、お前たち……!」
そこへ、各班の出来栄えを見て回っていた家庭科の先生がやってきた。
先生は、俺たちの皿を見て、目を見開いた。
「な、なんという無駄のない、完璧な仕上がり……ッ! 他の班が全滅しかけている中で、お前たちの班だけが、まるでプロの洋食屋のようなハンバーグを……! 高坂、お前……うちの家庭科の教員にならないか?」
「いや、先生、そんな大層なもんじゃ……」
「先生、理解していただけたかしら?」
一ノ瀬さんが上品に口元を拭きながら、誇らしげに胸を張った。
「これが、私が毎日学校でサンプリングしている高坂くんの『アルゴリズム』と、それを完璧にアシストした我が第4班のワンチームの成果よ」
(いや、ほとんど俺がワンオペで二人を制御してただけなんだけど……)
俺は相変わらずのシュールな状況に苦笑いしながら、綺麗に空になった皿を片付けるのだった。
だけど、自分たちで作った料理を一緒に食べて、お腹をいっぱいに満たして満足げな二人の笑顔と、それを指揮した俺の日常は、少しだけ誇らしいものになった。




