第15話:放課後のコッペパン狂想曲
「はぁ……。放課後の教室で、購買のパンをアレンジしろってか?」
俺は呆れ半分でため息をつきつつ、通学バッグの底から『それ』を取り出した。
「高坂、何それ? 魔法の道具?」
千歳が目を丸くして身を乗り出す。
俺が机の上に置いたのは、小さな携帯用のマルチケース。中に入っているのは、お弁当の味を微調整するためにいつも持ち歩いている、マヨネーズとケチャップのミニボトル、そして——携帯用の『小型ガスバーナー』、さらにアルミホイルだ。
「高坂くん……。あなた、学校にそんな危険物を持ち込んでいるの?」
一ノ瀬さんが、珍しく少し引いたような目でバーナーを見つめる。
「危険物じゃないよ。料理男子の嗜み、兼、非常用キット。あと、一ノ瀬さんが買ってきたのは『つぶあん&マーガリン』だけど、実は俺、購買の『惣菜パン』が売り切れてた時のために、これを買ってたんだ」
俺は自分のバッグから、もう一つのパンを取り出した。
それは、何の変哲もないシンプルな『ハムカツロール』。
「よし、じゃあこの2つのパンを使って、放課後の即興アップデートをやる。千歳、ちょっとその辺の使ってない机、アルミホイル敷くから手伝え」
「がってん承知!」
千歳が嬉々として机を並べ替える。
まずは、一ノ瀬さんが買ってきた『つぶあん&マーガリン』のコッペパン。
俺はパンをそっと開き、アルミホイルの上に載せた。
「一ノ瀬さん、あんことマーガリンってのはそのままでも美味いけど、冷たいままだとマーガリンが塊のままで重いだろ? だから、こうする」
シュボッ、と小さな音を立てて、バーナーの青い炎が灯る。
俺はアルミホイルでパンの底を包み、上からバーナーの炎を遠ざけながら、絶妙な距離感で表面を炙り始めた。
じゅうううう……。
「っ……!」
一ノ瀬さんが小さく息を呑んだ。
熱を加えられたことで、パンの表面がみるみるうちに香ばしいキツネ色に染まり、中のマーガリンがシュワシュワと溶けて、つぶあんと一体化していく。甘く、どこか懐かしい香ばしい匂いが、夕暮れの教室に一気に広がった。
「表面を軽くコンフィ(※ただの炙り)して、中の脂質を液状化させることで、糖質との融合率を極限まで高める……。なんという熱力学的アプローチ……!」
一ノ瀬さんがノートにもの凄い勢いで何かをメモしている。
「よし、一ノ瀬さんのはこれで完成。『焼きあんマーガリンコッペ』だ。で、千歳にはこっち」
今度は俺の『ハムカツロール』。
パンを開き、中に挟まれた冷たいハムカツの衣に、持参のマよネーズを薄く塗り、その上からバーナーの炎をダイレクトに浴びせる。
バリバリバリッ!!!
激しい音を立てて、マヨネーズの油分が弾け、ハムカツの衣が揚げたてのようなカリカリ感を取り戻してい
く。焦げたマヨネーズの、たまらない酸味と香ばしさが教室を支配した。仕上げに少しのケチャップを足して、パンを閉じる。
「はい、千歳。特製『炙りマヨ・ハムカツロール』」
「うおおおおお! 匂いだけで白飯が食べれちゃうよ!!(※パンです)」
千歳は待ちきれないとばかりにパンをひったくり、豪快にガブッと噛みついた。
バリクッ……!!!
「んんんんんんーーーーーっ!!!」
千歳が白目を剥いてのけ反った。
「やっばい! これやばい高坂! 衣がサックサクで、マヨネーズがシュワシュワしてて、冷たいハムカツが完全に生き返ってる! 悪魔の食べ物だよこれ!!」
「ふん、計算通りだな。さあ、一ノ瀬さんも温かいうちにどうぞ」
俺がアルミホイルごとパンを差し出すと、一ノ瀬さんは緊張した面持ちで、上品にパンの端をちぎり、口へと運んだ。
さくっ……。
もぐもぐ。
「……っ、ん……!」
一ノ瀬さんはハッと目を見開いた後、トロンとした目で自分の口元を押さえた。
「な、何かしらこれ……。パンの表面が信じられないほど軽やかにサクッとしていて、中から温かいマーガリンの塩気と、あんこの暴力的な甘みが同時に押し寄せてくるわ……。冷たい時とは比較にならないほど、口溶けのスピードが加速している……! 美味しい、美味しいわ高坂くん……っ!」
お嬢様にあるまじきスピードで、一ノ瀬さんはパンを次々と口に運んでいく。
「これなら……これなら脳のニューロンが限界を超えて活性化するわ! 数式のゲシュタルト崩壊が止まらない……!」(※よく分からないけど大絶賛しているらしい)
夕暮れの教室で、購買のパンをバーナーで炙って貪り食う、学年トップのお嬢様と陸上部の野生児。
はたから見たら完全に奇妙な宗教の儀式だが、二人の満足げな顔を見て、俺も小さくプロの笑みを浮かべた。
「ふぅ……」
一ノ瀬さんは綺麗にパンを平らげると、ペーパーナプキンで丁寧に口元を拭い、ふっと満足感に満ちた、どこか妖艶な笑みを浮かべた。
「素晴らしいデータをありがとう、高坂くん。購買の安価な小麦塊が、あなたの炎によって、ミシュランの星付きデザートにも劣らない至高の逸品へと昇華されたわ。……決めたわ」
一ノ瀬さんは、何か重大な決意をしたように、フンスと鼻を鳴らした。
「このテスト期間が終わったら……今度は私が、あなたに『お弁当』をプロデュースしてあげるわ。私の頭脳と、一ノ瀬家の総力を結集した、完璧なサンプリングの結晶をね」
「え? 一ノ瀬さんが……弁当を、作る……?」
俺の脳裏に、もの凄く不穏な予感がよぎった。
最高級の食材を使い、最高にズレた解釈で作られるであろう、黒髪令嬢の自作弁当。




