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第12話:白黒の反転領域と無言の境界線

昼休みのチャイムが鳴り響くと同時、俺の机の前には当然のように二つの影が並び立つ。一ノ瀬葵と、幼馴染の千歳だ。

もはやこの光景はクラスの誰もが驚かなくなり、「高坂の席、今日のご飯は何だろうな」と遠くからメニューを予想する声すら聞こえてくる。

俺がタッパーの蓋を開けると、ツヤツヤとした深紫(ほぼ黒)の物体と、そこに絡みつくバラ肉の薄ピンク(白)が、濃厚な茶色の味噌ダレをまとって現れた。


「……高坂くん。これは、何かしら。確かに私の要望通り、外側の漆黒と、中の瑞々しい白、そして肉の脂身が見事なコントラストを形成しているわ。色彩の反転が、ひとつの器の中で完璧に表現されているわね」


「一ノ瀬さん、それはただの『ナスと豚肉の味噌炒め』だよ。ナスを乱切りにして、豚バラと一緒に甘辛い味噌で炒めたやつ」


「なすとぶたにくの、みそいため……。ナスという水分保持能力に優れた野菜に、あえて豚の脂と濃厚な味噌を吸わせるという、日本の家庭料理における最高峰の重量級炒め物ね……!」


一ノ瀬さんは、そのタレが絶妙に絡んだナスの断面を、美術品でも鑑賞するような目で見つめている。


「わあ、ナス味噌! しかもお肉めっちゃ入ってるじゃん! 高坂、私のリクエストちゃんと聞いてくれたんだね!」


千歳が横から身を乗り出して、嬉しそうに目を輝かせた。


「このトロトロになったナス、絶対に白米を無限に吸い込むやつだよ!」


「千歳、リクエストに応えたっていうか、これが一番白黒ハッキリしててお肉も使えるから作っただけだよ」


「……高坂くん」


一ノ瀬さんが、すかさずスクールバッグから、これまた見たこともない小さなガラスの容器を取り出した。


「今日の私は、その『濃厚な味噌と脂』の重厚感を完璧に引き締めるため、一ノ瀬家秘蔵の品を持参したわ。……フランス・ゲランド産の、手摘み一番塩フルール・ド・セルよ。この繊細な海の結晶を、その濃厚な味噌ダレの上に一振りしなさい。そして、そのナスと肉の黄金比を二口分、私に譲渡しなさい」


「一ノ瀬さん、本当に頼むからさぁ……! この味噌炒めには、うちの普通の赤味噌とみりんと砂糖で、すでにガツンと濃いめの味が決まってるんだよ。そこにさらに高尚な塩を追加したら、ただの塩分過多で午後の授業中に喉がカラカラになって干からびちゃうから! ナス味噌には、何も足さないのが一番白米に合うの!」


俺が即座にガラスの容器を押し返すと、一ノ瀬さんは「くっ……! 私の海の結晶が、またしても『赤味噌』の包容力の前に……っ!」と、持ってきた容器をぎゅっと握りしめて悔しがった。


「一ノ瀬さん、本当に毎回同じ流れだね」


千歳がクスッと笑いながら、自分のお箸をパチンと鳴らした。


「でも、今日も『休戦協定』でしょ? 一ノ瀬さん、ナスとお肉、半分こずつね」


一ノ瀬さんはハッと我に返り、千歳を見つめ、それから神妙な面持ちで小さく頷いた。


「……そうね、千歳さん。この濃厚な香りを前にして時間を空費することは、胃袋に対する冒涜よ。高坂くん、速やかにその『反転領域(ナス味噌)』を私たちに等分に配分しなさい」


「はいはい、最初からそのつもりで多めに作ってきたよ」


俺が予備の割り箸を二人に手渡すと、二人はそれぞれ、一番味が染みてトロトロになっているナスと豚肉を絶妙なバランスで箸でつまみ、同時に口へと運んだ。

もぐもぐ……ジュワッ。

二人の動きが、またしても完璧に停止した。

数秒の後、一ノ瀬さんの白い頬がじわじわと至福の桜色に染まり、千歳は「んんんーっ!!」と両手で頬を押さえてジタバタと身悶えした。あまりの美味さに、二人とも言葉を失っている。


「……恐ろしいわ……っ」


一ノ瀬さんは、小さく震える声で呟いた。


「ナスを噛んだ瞬間、中に閉じ込められていた豚肉の旨味と、甘辛い味噌のコクが、まるで決壊したダムのように一気に口の中に溢れ出してくる……! 我が家のシェフが作る、ナスのプレッセ・フォアグラ風味とは全く違う、ダイレクトに脳の快楽中枢を刺激する美味さよ……っ!」


「高坂、これマジでヤバい! ナスがトロトロで、お肉の脂を吸ってて最高に美味しい! ご飯! ご飯が足りないよ!」


千歳は猛烈な勢いで自分の白米を口に放り込み、もぐもぐと幸せそうに咀嚼している。


「だろ? ナスは油と味噌と合わせると、一気にお弁当の主役に化けるんだよ」


一ノ瀬さんは、すっかり空になった自分の箸を名名残惜しそうに見つめ、それからスッとゲランドの塩をバッグに回収した。


「今日の色彩調査も、極めて驚異的なデータ(美味)だったわ。……高坂くん、明日は……そうね、もっと『情熱的に燃え上がる』要素がある、真っ赤で、だけど少し刺激的なおかずを期待しているわ」


「だからリクエストするなって!」


「ねえ高坂、明日はデザートに甘い卵焼きも入れてー!」


「千歳、お前はこないだのメニューをループさせようとするな!」


二人の女子の無理難題を交互に浴びながら、俺はすっかり軽くなったタッパーを見つめ、苦笑交じりにため息をつくのだった。

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