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第3話 十秒の勇気、十秒の沈黙

 その話の後、高辻さんが私の漫画を読みたいと言ってきた。


「……無理です」


 思わず断ってしまう。


「1ページだけでも。ダメ?」


 その時にふと、お母さんの言葉が頭をよぎった。


 漫画家は漫画を人に読んでもらうのが仕事。


 今、そのきっかけを高辻さんが提案してくれている。


 これを断って、漫画家を目指したいなんて言えるんだろうか。


「……1ページだけなら」


 なんとかそう答えると、高辻さんは嬉しそうに笑った。


「ありがとう! 楽しみにしてる」


 その笑顔に、ちょっと背中を押された気がした。



─────────────────────



 家に帰り、タブレットの漫画データをスマホに落とす。


 今ごろになって、とんでもなく恥ずかしくなってきた。


 こんな漫画、読んでもらっても絶対につまらないって思われる。


 なんで見せるって言っちゃったんだろう。


 今からやっぱり無理ですって言おうか。


 でも約束しちゃったし、今から断ったら楽しみにしてるって言ってくれた高辻さんにも申し訳ない。


 取り敢えず1ページだけだし、反応がいまいちならそれで終わればいい。


 そう自分に言い聞かせた。




 次の日曜日、教会学校と大人の礼拝の間の時間に、タブレットからスマホに落とした漫画を高辻さんに1ページだけ見せてみた。


 ドキドキしながら高辻さんの反応を見守る。


 高辻さんは最初は嬉しそうにしながらも、漫画を目にすると真剣な顔つきになった。


 時間にしたら10秒もなかったと思うけど、この10秒はとんでもなく長く感じた。


 高辻さんの表情からは何も読めない。


 つまらないって言われるか、好みじゃないって言われるか……。


 手のひらがじんわり汗ばみ、息が詰まる思いで高辻さんの反応を待っていると、高辻さんはフッと顔を上げてこちらを見た。


「……続きは?」


「え?」


「これ、まだ続くよね。めちゃくちゃ気になるんだけど。この幼馴染みの二人が恋愛していく話?」


「……はい。10ページくらいなので短いお話ですが」


 すると高辻さんは一気に表情を緩めた。


「そうなんだ。是非読みたい。これ。続きは? 続きは読ませてもらえないの?」


 想定外の高辻さんの圧に怯む。


「えっと……、じゃあ、来週また1ページ持ってきます」


「ありがとう!」


 そう言って高辻さんはにっこり笑った。


 つまらないって言われなかった。


 まずその事にほっとする。


 そして誰かに読んでもらって、続きを待ってもらえる。


 それがこんなに嬉しいなんて、知らなかった。


 この時私は初めて、漫画を読んでもらう楽しさを知った気がした。



─────────────────────



 その翌週、続きの1ページを高辻さんに見せた。


 先週と同様、じっくり読んでくれた上に


「この健斗けんとくんさあ、絶対(あきら)くんのこと小さい頃から好きだよね。こういう一途だけど素直になれない男の子ってかわいい。晃くんもそれに気づいてそうで……」


 と長く感想を語ってくれる。


 健斗も晃も私の中だけで生きていた存在なのに、高辻さんの口から語られるのがすごく不思議な感じだった。


 正直、健斗がいつから晃を好きだったかをそこまで深く考えてなかったんだけど、高辻さんの考察が入ることで新しい発見がある気がした。


「あ、でも、ひとつだけ言ってもいい?」


「は、はい、なんですか?」


「余計なお世話かもなんだけど、コマ割りするときコマの上下の空白は広めに、横の空白は細めにした方が見やすいらしいよ。検証動画を見たことがあるんだけど、見映えが全然違ったの。ちょっとしたことなんだけど、そこがもったいないかなと思って」


「あ、ありがとうございます。意識してみます」


 そう返すと高辻さんはにこっと笑って「続きを楽しみにしてるね」と言ってくれた。



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