第2話 チーズケーキと秘密の灯(ともしび)
「綺麗に描いてるね」
教会のイースターイベントで卵に絵を描いていると、声をかけられた。
声の主は高辻さん。
今年になって、たまに礼拝に出席するようになった若い女性だ。
教会は年齢の高い人が多いから若い人、それも女性がいると少しほっとする。
にっこり微笑まれたけど、コミュ障の私はまともに顔を見ることができなかった。
「絵を描くの、好きなんで」
なんとかそれだけ伝える。
せっかく話しかけてくれてるのに、愛想良くできない自分が恨めしい。
でも高辻さんは気にしてないようで独り言のように言葉を続けた。
「絵を描くって楽しいよね」
思わず手が止まる。
「私も杏奈ちゃんの歳ぐらいの時は絵を描いてたよ。漫画みたいな絵だったけど。あのときは描くのが楽しくて仕方なかったけど、結局やめちゃったなあ……」
昔、絵を描いてた……。
高辻さんも私みたいに悩んだ時期があったってこと?
そんなことを考えていて手が止まっている私に気づいてか、高辻さんは慌てて言葉を続けた。
「あ、ごめん。邪魔して。うっかり思い出に浸っちゃった」
「いえ……」
とりあえず心を落ち着けて、また卵に絵を描き始めた。
でもその後も高辻さんの言葉が頭から離れなかった。
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イースターから1ヶ月半後、私は勇気を出して高辻さんに声をかけた。
自分から誰かに話しかけたのはいつ以来だろう。
高辻さんは少し驚いたようだったけど、すぐに笑って素敵な喫茶店につれていってくれた。
高辻さんお勧めのチーズケーキを食べながら、実は漫画家になりたいという夢を打ち明けた。
お母さん以外にこの話をするのは初めてだ。
甘いチーズケーキの匂いが、少しだけ緊張をやわらげてくれたせいもあるかもしれない。
BLを描いてるとまでは言うつもりはなかったんだけど、高辻さんに質問されあっさりと答えてしまった。
変に思われるかな……と思ってると高辻さんは
「私も読んでたよ」
とあっさりと答えた。
思わず前のめりになる。
「そうなんですか? BL読む人と話したの初めてです」
「そう? 実際は結構いると思うよ」
あっけらかんと答える高辻さんに少し拍子抜けした感じがした。
自分が好きなものを好きって言うのは、別に悪いことじゃないのかもしれない。
「私がよく読んでた漫画家さん、会社員をしながら同人誌描いてて出版社に持ち込みしたんだって。お母さんも仕事にするのは無理って言ったかもしれないけど、趣味で描くのは止めてないんでしょ? いろんな可能性を残しながら、実力つけたらいいんじゃないかな」
淀みなく、でもゆっくりと噛み砕いて高辻さんは話してくれた。
その言葉で、胸の奥の固まっていた何かが、少しほどけた気がした。
確かにお母さんは別で仕事をしながら趣味で描けばいいと言ったけど、それで人生が決まってしまう訳じゃないんだ。
大人になってからも仕事にできるチャンスはある。
漫画家さんの中には学生デビューをしてる人も多いけど、私は私のタイミングを見て漫画の実力を磨けばいいのかもしれない。
自分の中で、ほんの少し何かが変わった気がした。




