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シーン5


          

 「…………あれ? 眠っちまってた……?」

 まだぼーっとする意識のままゆっくりと体を起こしながら、自分のベッドの上にいるのだと思い出してくる。 春香達と少し遅めの昼食を採った後、少し眠気が襲って来たので自分の部屋に戻ってベッドに横になったのだった。

 目覚まし時計を見ると十六時ちょい過ぎ、二時間くらい眠ってたのかと分かった。

 「春香はもう帰ってるよなぁ……」

 おそらく……いや、間違いなく洗い物などの片づけまでしてくれているだろう。 部屋に戻る前に片づけは俺がやるからいいよと言い忘れたのを悪いと思った。

 立夏は新しい自分の部屋、つまりはこの壁の向こうの隣の部屋で荷物の整理でもしているのかとも思ったが、母さんも留守でいないなら午前中に届いてるとも思えない。 おそらくは届くのは明日になるように手配していそうな気がする。

 「……まあ、部屋まで運ぶのくらいまでは手伝えるか……」

 これが男ならその後の整理整頓まで手伝ってもいいのだが、女の子となると着替え……もっというと下着とか男が見ていいものではないものもあるだろうしそうもいかないだろう。

 そう考えながら立ち上がり、床に無造作に放ってあった学生鞄から自分の携帯を取り出した。 白い折り畳み式の携帯電話を開き留守電なりメールなりが来てないかチェックし、それらがないと分かると再び閉じた。

 「……あの時にこれがあったならあるいは……いや、考えても仕方ない」

 親が買い与えようと思えば持てなくもなかった道具だが、あえて子供が持つような物でもなかったのも事実だ。 そもそも、どんなに考えたって時間は決して巻き戻らないのだから。

 その時にドアをノックする音がし、続いて「せーや~起きてる~~?」という新しい同居人の声。 「ああ、起きてるよ……」と答えるとすぐにドアを開いて立夏が入って来る。

 「せーや、ボクちょっとコンビニに行って来るけどせーやも行く?」

 「コンビニか……俺は特に用はないな」

 そう答えると少し残念そうにしながらも、「うん、じゃあちょっと行って来るね~」と言って部屋を出て行った。 こういう鉄砲玉のように元気なところといい、自分の事をボクという呼び方をするとこといい昔はどちらかと言えば男の子と遊んでいるような感覚だったのを思い出す。

 ふと窓ガラスを叩くような音が聞こえて顔を上げると、窓の向こうに小さな黒い影が見えた。 そこまで歩きゆっくり窓を開けると、そこには予想通りの黒い猫がいた。

 「やっぱりアインか……」

 ルビーのように紅い瞳で俺の顔を見上げてくるこの猫の名前はアイン、春香とは反対側のお隣さんである時坂ときさか 永遠とわおばあさんの家の猫だ。 しかしながら、当人曰く飼い猫ではなく一緒に暮らす友達らしい。

 そのアインは、不意に踵を返して屋根の上に跳ぶと、一度こちらを振り返る。

 「……ついて来いって……?」

 小さく呟くのにアインは頷いたような気がした、そして再び駆け出すと屋根から跳び下りて姿を消した。

 「……やれやれ……」

 俺は部屋を出て玄関へ向かい、そこから靴を履いて玄関を出た。 そして門を出ると永遠さんの家へと向かった。 コンクリートの壁ではなく今では珍しい生垣に囲まれた、これまた今は珍しい木造の平屋建ての家だ。

 見かけこそ古いが実のところ数年前に、永遠さんが引っ越して来る時に建てられたもので、この外観は彼女の趣味という事らしい。

 「……おや? 晴夜じゃないかい?」

 垣根の向こうに見える縁側に腰かけているおばあさん、この人が永遠さんだ。

 「こんにちは……えっと……なんだかアインに呼ばれたような気がして……」

 普通ならなんだいそれは?となりそうなものだが、「ああ、そうかい。 じゃあこっちへおいで」と、当然のように言うのがこの人だった。

 永遠さんの家の門を潜り庭へ向かうと、永遠さんが勧めてくれるままに隣に腰かけると庭に植えられた一本の木が目に入った。 五、六割は開いているピンク色の花びらたちは、もう数日で見頃になるだろう。

 「……ところで晴夜、今日は何かあったのかい?」

 「……え?」

 「何となくあんたの家が賑やかになったような気がしたんだがねぇ?」

 当たり前だが立夏が来たからと言って騒いでなどいない、しかも極秘にしてたなら永遠さんに立夏の事を話しているはずもない。 しかし、こういう微妙な気配の違いというものを感じ取れる勘の良さが永遠さんなのだ。

 「……実は……」

 立夏の事をざっくりと説明すると、「ああ……そういう事かい……」と静かに頷く。

 「一緒に暮らす家族が増えるっていうのは良い事じゃないかい?」

 「まぁ……そうなんですけどね?」

 「春香……千秋……冬子……それに立夏か、全員があんたにとって大事な子達じゃないのかい?」

 大事なという言い方にギョッとなって、「ど、どういう意味?」と思わず聞き返した。

 「……ん? 家族でもあり友達でもあるかけがえのない存在……違うのかい?」

 まるで揶揄うように答えてくるのに、俺は「そ、そうですけど……」と少しぶっきらぼうに返した。 普段はのんびりと過ごしているごく普通のおばあさんなのに、時としてこちらの心を見透かしたような言葉を投げかけてくる。

 もしも、魔女なんて存在がいたらきっとこういう人なんだろうという気がする。

 「……でもね? あんたもあの子達もいずれは大人になる……いや、冬子だけはもう大人だったわね? そして、あんたは男の子であの子らは女の子だよ」

 「……春香達は幼なじみです……それはこの先もずっと変わりません」

 いや、変わってはいけないのだ。 あの子との約束を裏切り他の誰かと恋人同士になるわけにはいかない。 永遠さんもあの事故の事は知っているだろうが、俺とあの子の約束までは知ってはないはずだ。

 「……それはね、きっとあんたにとって辛い事になるのかも知れないよ?」

 なのに、まるでそれを知っているかのように言ってくる。

 「そうだとしても……それはきっと俺が受けるべき罰なんですよ」

 永遠さんの茶色の瞳が俺を見つめてくる、それはまるで俺の心の奥底を覗かれているように思えてひどく居心地が悪くなる。 だから、「俺……帰りますね」と立ち上がっていた。

 「……誰がそれを望んでいるの?」

 俺はその永遠さんに答えないで、逃げるように駆け出した。

 


            ――ニ十分前――

       

 コンコンと窓ガラスを叩くこの前脚は僕のものじゃなく彼女のもので、あくまで彼女の意志で行われている行動だ。 僕は彼女が見えるもと同じものを見ているし、聞こえる音も聞こえているけど、それだけなのだ。

 窓が開き「やっぱり……か……」と顔を出したのは、僕が大好きな男の子の顔だ。 その背丈が大きく見えるのは彼が成長したからだけじゃなくて、ボクの視点が文字通り小動物並だからだ。

 次の瞬間に彼女がくるりと反転すると僕の視界も自動的に男の子とは反対の方へと向くけど、僕は僕で男の子の方へと視界を戻す事は出来る。 ややこしいけど、彼女は今は男の子は見てないけど、僕は見ているって事だね。

 『ちょ……どういうつもりなの?』

 僕は間違いなく声を発しているけど男の子には聞こえない……というか、聞こえてくれるなら何の苦労もしないんだよねぇ……。

 彼女が一度顔だけを男の子に向けると、「……ついて来いって……?」と彼が呟くのが聞こえた。

 『……勘のいい子ですねぇ……』

 彼女は彼女で感心したように呟くと再び歩き出し、そして屋根から飛び降りた……。

 

 

 

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