シーン6
――3月22日――
もう数えきれないくらい上り下りしている階段を上り切ったところで、「ふ~……」と大きく息をしながら抱えていた段ボール箱を降ろした。
「おつかれ、それで最後だよね?」
「ああ、ちゃんと部屋まで運ぶよ」
昼過ぎに届いた立夏の荷物は思ったよりは少なく重たいものはひとつだけだった、父さんは仕事だし母さんや立夏に運ばせるのも男として情けなく思い、結局はほとんどを俺一人で運んだ。
「でも、整理は立夏だけでやってくれよ? 俺……男に見られたくないものもあるだろうしさ」
「ん? あ! あはははは……そーだよね」
言われて気が付いたらしい、そういう事に無頓着なのか単に俺を男として意識してなかったのか……。
「でもさ? せーやはその……ボクの下着とか……そういう目で見るの?」
実際のところ洗濯の取り込みなんかで母さんの下着を見たところで特に意識する事もないし、相手が立夏でも同じ気はする……というか、立夏の下着があるから洗濯関係はこれからは手伝わないというわけにもいかないだろう。
というと聞こえはいいが、実際のところは頼まれれば手伝い程度でそんなに真面目には家の手伝いをしてもいない。 立夏も立夏でそういう事なら俺が見たり触れたりしても嫌がるとかそういう事もないと思う。
まあ、だからと言って自分から見せてくださいという風な真似をするわけにいかないだろう。
「いや……見ないとは思うが……だからって率先して見る変態男でもないからな」
「む~~~?」
至極まっとうな事だったはずだが、立夏は何故か面白くなさそうな様子だ。 まあ……立夏にしてみたら自分が女の子として見られていないように思えるのか。
「……さて、さっさとこいつを運んでしまうか……」
「うん、お願いね~」
立夏の手伝いを終えた後は適当に過ごしていた。
そうこうしていて十五時近くなると小腹が空いてきたのだが、運の悪い事に菓子の買い置きが切れていた。 仕方なく何かつまめる物を買おうとふらっとやって来たコンビニで「おや? 晴夜か?」と冬子姉さんに声を掛けられた。
「……冬子姉さんもおやつか何かを買いに?」
「いや、私の場合は酒のつまみだな」
そう答えたものの、冬子姉さんは休日でも昼間から酒を飲むような性格でもないのは知っている、だから単にストックが切れたからだろう。
ちなみに姉さんの家から見ればこの店は最寄りというわけではないのだが、おそらくは好物が売ってる店が近くにないのだろう。
「酒ねぇ……」
同級生の中には早く大人になって酒やたばこを嗜みたいという者もいるが、今のところ俺はそういうものに関心はなかった。
「その反応……お前は相変わらずか?」
「先生の目の前で生徒が酒を飲みたいとか言うのも問題だろう?」
棚の菓子類を見繕いながら答えると、「そうなのだがな……」と肩を竦める姉さん。
九割方は冗談なのだろうが、残りの一割は本気で俺に酒を飲む気がないか気にしているのだろう。 誰かに迷惑を掛けない限りは多少のルールからの逸脱には目を瞑るくらいの融通はきくし、あるいは男なら少しくらいはヤンチャしてみろという事なのかも知れない。
それから互いに買い物を終えて店を出る、互いの家は逆方向なのだが姉さんは俺と並んで歩く。 急ぐ理由もないし送っていくがてら話でもしようという事だろう。
「どうだ、昨日の今日だが立夏の様子はどうだ?」
「ああ、今頃は届いた荷物を整理してるんじゃないかな?」
やはりだ、姉さんとしても教師としての責任もあるし立夏の様子を気にしないわけはいかないのだろう。
「お前自身はどうなんだ……その……あいつの事もあるしな……」
「……大丈夫だよ、立夏は立夏であの子とは違う。 同じように俺の家に住んで同じ部屋を使ったとしてもあの子みたいになるはずはない……」
姉さんはまだ何か言いたげに俺を見下ろしていたが、結局何を言う事もなく小さく息だけを吐いた。
「……ところで話は変わるが、お前は次の日曜は暇だな?」
「……なんでいきなり決めつけるんだよ……まあ、予定もないけどさ」
「なに、せっかく立夏も帰って来たのだしな、今年はみんなで花見でもしようかと思ってな?」
みんなというのは間違いなく幼なじみ五人の事だろう、それ自体はいいのだがどうして急に?と疑問に思い聞いてみた。
「立夏の歓迎会も兼ねてという奴だ、あるいは再会を祝ってでもいい」
自分が飲み食いしたいだけだろうという考えは姉さんの場合ほぼない、性格もそうだが、少なくとも生徒の前では模範的な大人であろうと努める努力をこの人はしている。
だったら俺に対する悪戯まがいの事もやめてほしいものだが、対象が俺一人というだけあって、先生と生徒ではなく幼なじみとして接する範疇という事なのだろう。
「千秋には私が伝えておく、春香と立夏は任せたぞ? 特に主役の立夏がいなくては始まらないからな?」
全員にメールなりすれば簡単な話なのだが、冬子姉さんだけでなく俺や春香もお互いに携帯電話を使うという習慣はなかった。 もちろん、夜遅い時間だったり、どうしても急ぎの用事があれば別だが、昔からのその気になればいつでもすぐに会えるという感覚がそうさせているのだろう。
「立夏が嫌だって言わなければね。 まあ、言わないだろうけどさ?」
「ああ、お前がするはずもないがな。 絶対に無理強いはするなよ?」
そこでちょうど家の間に来たので、「分かってる」と頷いて冬子姉さんと別れて中に入った。




